陰謀論・疑似科学と生徒の距離感
お久しぶりです。いい加減、noteを更新しはじめます。Voicyだけで発信しているのではなく、文字でも書いていこうかなと。
陰謀論と生徒の距離感について
学校現場で生徒たちが陰謀論やそれに近いものを信じてしまうことがあるんですね。陰謀論とまでは言えないかもしれませんが、真偽が不十分な情報を信じることが多いと感じています。
特に、地震に関する話題が多いです。たとえば、「いついつに地震が起きる」とか「何日に地震の予言があった」といった話を信じている生徒がいます。大きな地震が起きた後や、そういった情報が流れてくると、彼らはそれを信じてしまうことが多い印象です。
また、陰謀論ほどではないですが、疑似科学的なもの、たとえば血液型による性格診断なども信じている生徒がいます。
共通点として感じるのは、何かを他のせいにしてしまう傾向があることです。性格を血液型のせいにしたり、地震が起きるのも何かのせいにしたり、因果関係がはっきりしないものを何でも他のせいにしてしまうようです。
でも、コントロールできないものに関しては、他のせいにしても仕方がないですし、そういったことに時間を使うよりも、いまどうするの?と次どうするの?を考えることが大切なんじゃないだろうかと感じます。
ただ、こうしたことの入口に、学校現場が子どもたちを立たせているんじゃないかと感じることがありまして。
たとえば「ちくちくことばとふわふわことば」というのがあってですね。。。
それ自体をどうのこうのと言いたいわけではないのですが、「その言葉をゴミ袋にいれて、捨ててゴミ捨て場で燃やしたら戻ってきちゃう」といった非科学的なことを教員が伝えてしまうってのはどうなんだろうかと。
そうしたことをそれっぽく伝えてしまって、受け取ることを子どもたちがして育っていくなかで、どうなってしまうんだろうかと。ということは思っています。