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絵で読む『源氏物語』これはどんな場面~源氏物語手鑑 空蝉

和泉市久保惣記念美術館デジタルミュージアム

中の品の女性と中川の家で

帚木の巻の冒頭、〈雨夜の品定め〉で男たちから経験談を聞かされて、源氏の君は中の品の女性に興味をもちます。父の桐壺帝の意向により宮中で育てられた源氏の君は、帝のお妃たちや宮中でお仕えする女房たちにいつも囲まれ、亡き東宮のお妃だった六条御息所ともお付き合いして、北の方は左大臣の娘の葵の上。中の品の女性となら、もっと気楽な恋愛ができると思ったのでしょうね。「帚木」巻の後半と「空蝉」「夕顔」「末摘花」巻が、中の品の女性シリーズで、空蝉は一人目です。

〈雨夜の品定め〉の次の日の夜、紀伊守の中川の家に方違えに行って、空蝉の寝所に忍び込んだお話は、↓こちら。

逃げる空蝉

源氏の君は、方違えの夜の最初の逢瀬のあと、空蝉の弟の小君こぎみに手引きをさせて再び訪ねてきますが、空蝉は逢うことを拒みます。

今夜は三度目の訪問、源氏の君は空蝉と軒端の荻が碁を打っているところをこっそりのぞき見しますが、空蝉は、源氏の君が邸にきていることを知りません。

下の絵は空蝉の寝所。さっきまで一緒に碁を打っていた軒端の荻も、今夜はここで寝ることにしたようで、ほかにもたくさんの女房たちが寝ています。

空蝉はひとり眠れぬ夜を過ごしていました。

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空蝉は、源氏の君が自分をお忘れになるのはうれしいことなのだと思いこもうとするけれど、不思議な夢を見ていたようなあの出来事が、心から離れる時はなくて、ぐっすり寝ることができず、昼はもの思いに沈んで過ごし、夜は眠りが浅く寝覚めがちなので、春ではないが〈木の芽がひまがないように、この目を休めるひまもなく〉思い嘆いていたが、一緒に碁を打っていた君(軒端荻)は今宵はこちらでと、当世風の若々しいおしゃべりをして寝てしまった。若い人はなんの屈託もなく、きっとすっかり寝入っているのだろう。すると、ふと気配がして、とてもよい匂いがするので、すこし顔をあげると、一枚だけ布を掛けてある几帳のすきまに、暗いけれど、にじり寄ってくる気配がはっきりとわかる。思いもかけないことに驚きあきれて、なにも考えられず、そっと起き出して、生絹すずしの単衣だけを着て(小袿こうちぎを残して)、外にすべり出た。

女は、さこそ忘れたまふをうれしきに思ひなせど、あやしく夢のやうなることを、心に離るるをりなきころにて、心とけたるだにられずなむ、昼はながめ、夜は寝覚めがちなれば、春ならぬのめもいとなく嘆かしきに、碁打ちつる君、今宵はこなたにと、いまめかしくうち語らひて寝にけり。若き人は何心なくいとようまどろみたるべし。かかるけはひのいとかうばしくうち匂ふに、顔をもたげたるに、ひとへうちかけたる几帳の隙間に、暗けれど、うちみじろき寄るけはひいとしるし。あさましくおぼえて、ともかくも思ひ分かれず、やをら起き出でて、生絹すずしなる単衣ひとへをひとつ着てすべり出でにけり。

原文は小学館新編古典文学全集による。

空蝉は蝉の脱け殻のこと。小袿を残してすべり出たことを、源氏の君はこのように和歌に詠んでいます。

空蝉の身をかへてけるのもとになほ人がらのなつかしきかな
(蝉が羽化して脱けがらを残していった木のもとでは、小袿だけを残していったうつせ身のあの人の人がらがそれでもやはり慕わしく思える)

空蝉の悲しい決意

空蝉の父は右衛門督でした。亡くなる前、娘を桐壺帝に入内させたいと願っていて、源氏の君も父帝からそのことを聞いていました。

ところが入内前に右衛門督は亡くなり、空蝉はずいぶん年上の伊予守の後妻になります。

帚木巻では、二度目に訪ねてきた源氏の君を拒みながら、「伊予介の妻という身分に決まる前なら、亡き父の気配が残っている実家で、めったにない訪れをお待ちするのは、きっと素敵だろうな」(いとかく品定まりぬる身のおぼえならで、過ぎにし親の御けはひとまれる古里ながら、たまさかにも待ちつけたてまつらば、をかしうもやあらまし)と心の中で思っています。

それでも今の自分の運命を受け入れ、情け知らずのひどい女だと思われようとも、拒みつづけようと強く決意していました。

それにひきかえ、源氏の君ですよ。なぜ自分が拒絶されるのか納得がいかず、「じいさんの伊予介のほうが、このぼくよりいいの」(伊予介に劣る身こそ)なんて騒いでおります。ほんと困ったもんだわ。

詞烏丸光広

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