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絵で読む『源氏物語』これはどんな場面~源氏物語手鑑 花宴(二)

源氏物語手鑑 花宴 和泉市久保惣美術館蔵 デジタルミュージアム

内大臣家(弘徽殿女御の実家)で催された藤花の宴。遅咲きの桜も2本描かれています▼。ところで源氏の君、何をなさっているの?(左端)

▼花ざかりは過ぎてしまっているが、「ほかの散りなむ*」と教えられたのだろうか、遅れて咲く桜が二本あってとても心ひかれる。(花ざかりは過ぎにたるを、「ほかの散りなむ」とや教へられたりけん、おくれて咲く桜二木ふたきぞいとおもしろき
*見る人もなき山里の桜花ほかの散りなむのちぞ咲かまし(見る人もいない山里の桜花は、ほかの桜花が散ってしまった後で咲けばよかったのに)→古今集の伊勢の歌

花宴の夜の出会い

宮中で花宴が催された夜、源氏の君は、弘徽殿で出会った姫君と結ばれました。

いつもの〈源氏も歩けば美女にあたる〉的な展開と思いきや、この出会いが、あとあと源氏の君が都から逃げ出す原因になっていきます。美しくも危険な出会い。その続きを。

夜明けが近づき、別れの時間がきました。
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源氏の君が「やはりお名前を聞かせてください。これでは、あなたに文を差し上げることができません。これっきりにしようなどとは、お思いにならないで」とおっしゃると、

うき身世にやがて消えなば 尋ねても草の原をば問はじとや思ふ(わたしの身が、もしこの世からこのまま消えてしまったなら、わたしを探しに、草の原を訪ねたりはしないおつもりですか)

と言う様子が、とてもあでやかで美しい。「もっともなことです。言葉を間違えました」と言って、

いづれぞと露のやどりをわかむまに 小篠こざさが原に風もこそ吹け(どこにいるのかと露の宿りをみつけられない間に、小篠が原に風が吹いて、露が消えてしまったらどうしよう、私は困ってしまいます)

もう関わりあいになりたくないとお思いでなければ、どうして隠すのです。もしやわたしをからかっていらっしゃるのですか」

「なほ名のりしたまへ。いかでか聞こゆべき。かうてやみなむとは、さりとも思されじ」とのたまへば、
 うき身世にやがて消えなば尋ねても草の原をば問はじとや思ふ
と言ふさま、艶になまめきたり。「ことわりや。 聞こえ違へたるもじかな」とて、
「いづれぞと露のやどりをわかむまに小篠が原に風もこそ吹け
わづらはしく思すことならずは、何かつつまむ。もしすかいたまふか」

と盛り上がっていますが、ふたりがいる場所の近くまで、人が出入りする音が聞こえてきたので、扇だけを交換して別れました。

右大臣邸の藤花の宴

弘徽殿女御の妹たちは、花宴を見物しに来ていて、その夜は宮中の姉の殿舎、弘徽殿に泊まっていたようです。源氏の君は、あわただしく別れた姫君の素性を、五の君か六の君のどちらかだろう、六の君は、東宮に入内することが決まっていたはずだが、と推理します。

源氏の君の正妻は、左大臣の娘の葵上。弘徽殿女御は、葵上を東宮の妃にしたいと思って、打診していましたが、左大臣はそれを断って、源氏の君を婿にしたため、弘徽殿女御がひどくご立腹、などという経緯もあって、源氏の君と右大臣家(とくに弘徽殿女御)の関係は良好とは言えません。

右大臣家の系図

宮中の花宴の約1か月後、3月20日過ぎに、右大臣は自邸で藤花の宴を催します。源氏の君が参加すると宴が盛り上がるので、右大臣が何度も熱心に誘い、帝もすすめたので、源氏の君は出かけることにします。

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文様を浮かせた唐織物の白地に紫の裏地を重ねた直衣、葡萄染の下襲、裾をとても長く引いて、他の参加者はみな正装の束帯姿なのに、しゃれた姿で、さりげないけど優美に見えて、丁重に案内されながら入っていらしゃるご様子は格別である。花の美しさは、源氏の君の美しさに圧倒されて、かえって興ざめである。

桜のからの御直衣、葡萄えび染の下襲したがさねしりいと長く引きて、皆人は袍衣うへのきぬなるに、あざれたるおほきみ姿のなまめきたるにて、いつかれ入りたまへる御さま、げにいとことなり。 花のにほひもけおされて、なかなかことざましになん。

葡萄染

本日も絶賛されております。

みんなで管弦をし、それが一段落したあと、源氏の君は酔ったふりをして、女一宮、女三宮がいる寝殿に向かいます。この邸の女性達も宴の様子を見ようと、御簾の近くまで出て来ていました。

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「気分がすぐれないのに、しつこく酒を勧められて困っております。おそれ多いことですが、この御前で、蔭に隠れさせてください」と言って、身体の上半分に出入り口の御簾をかけていらっしゃるので、「まあ、こまったこと。身分の高くない人なら、宮さまたちとの縁を口実にするでしょうが」という様子をご覧になると、軽々しいけれど、並の若い女房たちではなく、この邸の姫君のうちの誰かだと雰囲気でわかる。
 どこからともなく薫ってくる香の煙が何本もゆるやかに立ち上って、衣ずれの音を派手に立てて、奥ゆかしくひかえめな様子はなく、当世風を好んでいらっしゃる家なので、高貴なかたがたも見物をなさろうと思って、こちらの戸口の近くにお出ましになっているにちがいない。それはふだんなら好ましいことではないが、今日は好都合と思って、どこにいらっしゃるのだろうかと、どきどきして、「扇を取られてからきめを見る」とわざとおどけた声で言って、近寄った。「不思議ね、変わった高麗人こまうどだこと」と返事をする人は、源氏の君の意図がわからないのだろう。返事をせずに、ただ時々ため息をついている気配がする方に寄りかかって、几帳ごしに手をつかんで、

 「あづさ弓いるさの山にまどふかな ほのみし月の影や見ゆると(梓弓のようなかたちの月がる(沈む)、いるさの山で迷ってしまいましたよ。ほんのすこしだけ見えた月のような、あなたの姿が見えるかと思って)

どうしてでしょうね」とあてずっぽうにおっしゃるので、堪えきれなくなったにちがいない。

心いる方ならませば ゆみはりのつきなき空に迷はましやは(もし心を入れて探しているのなら、弓張の月がでていない空であっても、迷ったりするでしょうか、迷わないはずなのに」

という声は、まさしくそれだ。とてもうれしいものの‥‥。

「なやましきに、いといたう強ひられてわびにてはべり。かしこけれど、この御前にこそは、蔭にも隠させたまはめ」とて、妻戸の御簾をひき着たまへば、「あな、わづらはし。よからぬ人こそ、やむごとなきゆかりはかこちはべるなれ」と言ふ気色を見たまふに、重々しうはあらねど、おしなべての若人どもにはあらず、あてにをかしきけはひしるし。そらだきものいとけぶたうくゆりて、きぬの音なひいとはなやかにふるまひなして、心にくく奥まりたるけはひは立ちおくれ、いまめかしきことを好みたるわたりにて、やむごとなき御方々物見たまふとて、この戸口はめたまへるなるべし。さしもあるまじきことなれど、さすがにをかしう思ほされて、いづれならむ、と胸うちつぶれて、「扇を取られてからきめを見る」と、うちおほどけたる声に言ひなして、寄りゐたまへり。「あやしくもさま変へける高麗人こまうどかな」といらふるは、心知らぬにやあらん。いらへはせで、ただ時々うち嘆くけはひする方に寄りかかりて、几帳ごしに手をとらへて、
 「あづさ弓いるさの山にまどふかなほのみし月の影や見ゆると
何ゆゑか」とおしあてにのたまふを、え忍ばぬなるべし、
 「心いる方ならませばゆみはりのつきなき空に迷はましやは」
といふ声、ただそれなり。いとうれしきものから

高麗人

「石川の高麗人こまうどを取られて からき悔いする」(石川)

貴族たちが宴席などでよく謡う催馬楽さいばらの一曲です。高麗人なら“帯”を取られるはずなのに、源氏の君は“扇”を取られると言った、変な高麗人ねと感想を言うのは事情がわからない人、「を取られてからきめを見る」はふたりにしかわからない合言葉でした。

右大臣家の六の君は、花宴の夜からずっと、源氏の君のことを考えていました。東宮に入内することが決まっているのに、源氏の君を好きになってしまった。東宮の母でもある、こわ~い姉の弘徽殿女御に知られてしまったらどうしよう。でも、好き。

「花宴」巻は「いとうれしきものから」で終わっています。さあ、この恋はどうなる!どうなる!

詞 中院通村
釈文

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