わたしのチョコレート遍歴
ほんとはバレンタインの日に上げようと思っていたのに、気づいたらホワイトデーが目前に迫るほどほっといてしまった。
タイトルに興味をもって、無類のチョコレート好きがこの投稿を見にきていたら、大変申し訳ない。
というのも、わたしはもともとチョコレートがそんなに好きではない。
もっと言うと、好きなチョコと苦手なチョコがある。
さらにもっと言うと、そのルールは我ながらとてもとても面倒で、理解し難いし、無論され難い。
そんなわたしの約四半世紀におけるチョコレートとの歴史を語るとしよう。
まず幼少期。
保育園でいつも迎えが遅かったわたしは、18時くらいになると園長先生がお菓子を出してくれた。
グミとか、お煎餅とか、クッキーとか、いつも違う種類のお菓子をもらってた。
お菓子は好きだし、遅くまで迎えを待ってる子供だけがもらえていたから何より特別感があった。
そんなボーナスおやつタイムでも、唯一テンションが下がったお菓子がチョコレートだった。
舌が敏感だったのか、ひとかけらでも鼻血が出そうになるくらい甘く感じた。同時に鉄のような味もして、まあ、とにかく苦手だった。
「子供にはチョコレートでもやっとけばいい」という、GHQが日本を制圧した時代の「ギブミーチョコレート」の子供達から一向にアップデートされない大人に何度苦しめられたことか。
正直すぎる子供だったわたしは、チョコレートをもらった瞬間に放り投げた(らしい)。
時が経ち、小学生、中学生くらいのとき。
チョコレートがあまり好きでない私がハマった食べ物があった。
それはチョコチップメロンパン。
一時期、毎日食べてた。
子供のハマった食べ物を狂ったように買い込む親だったので、チョコチップメロンパンが家にストックされてたくらい。
チョコが苦手、とチョコと名のつくものは避けていたが姉が食べていたチョコチップメロンパンを一口もらって(実際は、姉は渋ってたが母があげなさい、と圧をかけた)衝撃が走った。
チョコチップ革命の到来である。
そこから「チョコは鉄の味」から「チョコチップはすべてのお菓子に入れるべき」というチョコチップ過激派にまでなった。
チョコ肯定派に傾斜したころ、あることに気づく。
チョコチップは好きなのだけど、チョコ生地が好きじゃない。
ノーマル生地にチョコチップはいいけど、チョコ生地にチョコチップは違う。というか、チョコ生地がもう違う。
クッキーもそうで、
チョコチップクッキーは好きだけど、
チョコ味のクッキーは好きじゃない。
と言った具合に、かなりめんどくさい。
「チョコ嫌い」を公言してしまっていたことと、「チョコチップは、いける」も公言していたこともあいまって「いけるチョコレート」と「いけないチョコレート」の説明が難しくなった。
高校生になっても説明力が上がることなく、駅前のミスドでトレーを持って並びながら
チョコかけのオールドファッションと、チョコを練り込んだオールドファッションを例に力説していた。
それによる共感を得られたことはなく、むしろ「へ、ヘェ〜、大変だね、!」と苦笑いと共にめんどくせえやつ認定をされていった。
いや、その認定は何一つ間違ってないんだけどね。
そんな私が大学生になった頃。
実家を出て初めての一人暮らし。
わたしはカフェにハマった。
休日は飲み屋のようにカフェをはしごしていた。
そこで、チョコチップメロンパン以来の運命的な出会いをする。
みなさん、「ヌテラ」をご存知かな?
ヌテラとはヘーゼルナッツ、砂糖、ココアで作った甘いペーストのこと。
厳密に言えばチョコそのものではないが、このヌテラの乗ったパウンドケーキがうまいのなんの。
チョコチップとあんま変わんなくね?と思ったあなた。全然ちがう。
チョコチップは「雰囲気チョコ」で、ヌテラは主役級に主張してくる。
実際はいろんな甘味料が入った食べ物であっても、「チョコですけど何か?」感があるくらい主張してくる。
その主張に押し負けたわたしは
「こんなにうまいチョコがあるのか、、。」と感心してしまった。
この出会いからわたしは完全にチョコ嫌いを脱した。
社会人になった今は仕事中に、チョコをつまむほどチョコレートが自然と私生活に溶け込んでいる。
カカオ◯%のような本気出したチョコなどは苦手領域として残ってはいるものの、ここまでチョコに寄り添える日が来るとは思わなかった。
子供の頃食べれなかったものが、大人になって食べれるようになるというのはよくある話だけれど
ここまで段階を踏むことはないんじゃないかと思う。
わたしのチョコレート遍歴。いかがでしたか。
ホワイトデーの小ネタにぜひ。
しかし、幼少期は甘すぎて苦手だったチョコが
いまや甘けりゃ甘いほど美味いと思える。
確実に、舌が鈍化してるんだな。
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