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本とコーヒーするにはMPが足りない。

コーヒーを飲みながら、本が読めない。

15分あったら喫茶店に入ったとしても、コーヒーを飲みながら本を読むなんてできない。

「いやできるっしょ?」って人がいたら、本を読むこととコーヒーを飲むことを真剣に考えたことがない人か、右手がエイリアンか、未来から来たアンドロイドか、夜神月かなので、即時でコンソメパンチをお見舞いするといい。喜ぶと思う。

だいたい、2つのことを同時にやるのが、土台無理な話なんです。

右手と左手でジャンケンするのとか、三角と四角を同時に書くとか。なにあれ超人じゃん。音楽を聴きながら勉強するとか。学業と部活を両立するとか。仕事もプライベートも充実!って広告とか、ぜんぶひっくるめて人間の所業じゃない。私は当然、車の運転もできない。あれ同時にやること多すぎでしょ…?天才か。

余談だけど、学生時代めちゃくちゃめんどくさい先輩に、
『今度お酒でも飲みながら話そう!』
って言われたから、
『えっ、絶対むせますよ?』
って100%真顔で答えたら、笑ってもう声を掛けてこなくなった。ありがたい。かなり有用なライフハックである。しかし多用するとめんどくさい。最悪の場合、むせにいかなきゃならなくなる。

当たり前は当たり前のように強い。当然の事実を突きつけるのは、最強の矛である。
正しいことがいつも善いこととは限らない。強過ぎて、オススメはしない。だって最強だから。

コーヒーショップに戻る。コーヒーを飲むことと本を読むことを真剣に考えてみる。
ページを繰りながら、物語とか語り部とか筆者とか、とにかくなにかを想像しながら、ストーリーだの情報だのを思い浮かべつつ、片手でページを固定して、目線を逸らさないように、決してイマジネーションが途切れないように注意しつつ、反対の手をそっと外して、ほっそいコーヒーカップの持ち手を掴んで、こぼれないようにゆっくりと口に運び、かたむけて、猫舌を呪いつつ、えっやっぱりまだ熱い!ってなって、周りに配慮しながら、音を立てないようにソーサーに戻したら、十中八九こぼしてる。底に広がるコーヒーの輪が、ひときわむなしい。
そんなハードなミッションを、15分あればやってみようなんて気軽な心持ちで挑戦するなんて、正気の沙汰じゃない。みんな器用すぎでしょ。ふつうの人は、15分あったらコーヒーを眺めてぼーっとしてるのが最もいい。

私たちは、2つのことを同時にはやれない。そうできている。出来るだけ1つずつやるのがいい。マルチタスクなんてのは、だいたいの人にとって、MPが足りない。

そう、だから私たちはコーヒーを買ってるんじゃない。つまるところ、椅子を買ってるんだ。椅子に座っている間。そこに存在を許される時間。誰にも気にされずに背景になれる瞬間。そんな体験をしたくて、コーヒーショップに行く。
体験はなによりも価値がある。その分2%の税金もかかる。体験はテイクアウト不可です。

時々見かける一瞬も目が奪われない自然な仕草でコーヒーを飲みながら雑誌をパラパラしてる女性とか、打ち合わせの最中に誰の目にも留まらない所作でコーヒーを啜るビジネスマンとか、音楽聴きながらパソコンで仕事しつつコーヒー飲みながらスマホで喋ってるノマドワーカーっぽい小綺麗なマンウーマンとか、プロの背景技師みたいな都市のシンボル人は存在する。いつまでもピントの合わないオートフォーカスのカメラみたいに、一瞬たりとも目が離せないのに、記憶にカケラも残らない。えっ、みんなスパイなの?
そういう人に、私はなりたい。でも難易度高すぎじゃない?コーヒーショップは現代の魔窟かもしれない。

それ踏まえて、素敵なコーヒーショップの条件を考えてみるとこうなる。

①椅子の座り心地がとてもいい
②人と距離があっていつも空いてる
③10分でコーヒーがぬるまる
④誰とも目が合わない
⑤記憶に残らない

こんなのぼりを掲げているコーヒーショップがあったら、今すぐに教えてほしい。絶滅危惧種で、希少で、一度は訪れてみたい絶景ばりのスポットである。それか、だれか開店してほしい。何回かは通うから。でも、すぐ潰れると思うけど。

だから結局、それも叶わず。いつものコーヒー屋さんに入ったら、だいたい14分は本を読み、1分でコーヒーを飲むことになる。

ぬるいコーヒーは、今日も美味しい。

待てうかつに近づくなエッセイにされるぞ あ、ああ……あー!ありがとうございます!!