壊れかけのエリザベスと⅓の純情な威厳。
エリザベスをなおそうと思う。
これだ。
もうすぐ育休が終わるが、魚の小骨みたいにこころに引っかかっていたのがエリザベスだ。
事の発端は数ヶ月前に遡る。
+
実家にはいろんなおもちゃがある。遊びに行くと、増えている。増殖の速度がハンパない。宇宙の果ての栗まんじゅうのようだ。なぜだ。いつもありがとうございます。
息子くんは意気揚々と一つずつたしかめるように遊び、遊び倒し、なぎ倒していく。さながらゴジラ。ゴジラの様相で蒲田に降り立つ。サイズはミニラなのに、真剣な表情はシンのそれだ。
その日、彼はエリザベスに出会った。
エリザベスの何がそんなに彼の心に訴求したのかわからないけれど、お気に入りになった。
カラカラカラカラ………。
おかしい。
エリザベスはカラカラ言わない。
振るとカラカラ言うおもちゃだと信じて疑わない。めちゃくちゃカラカラしてる。ずっとカラカラしてる。エリザベスカラカラ。全然飽きない。
「もとは声を録音したり再生したりできるやつだったんだよね。」
元の持ち主の妻のことばに、なんだかよくわからないけどこれはすごいやつだ!と核心に満ちた顔で息子はこっちを見ていた。
「なおすー!?」
なお、す……だと……!?
なおすかぁ。なおるかなぁ。
「持って帰ってちょっと見てみますね。」
「あら、お願いー!」
まあ、そのうち飽きるだろうし……。
しかし、安請け合いは身を滅ぼすのだ。いつだって。まだカラカラしてる。
+
「コンクリートからうまれたエリザベス、なおす!?」
やめて。
そんなにキラキラした目で見ないで。
あと、君の中でいつからエリザベスはコンクリートから生まれたことになったの?その設定知らないんだけど。教えて。
あれから数ヶ月、時々思い出したように息子はエリザベスを連れてくる。
忘れたいのに、忘れられない。
もう恋だよ、それは。
「もうちょいかなぁ。」
「いま、いろいろしらべてるよ〜」
「ぶひんがね。」
何度も苦しい言い訳を重ねる。
その度に「そっかぁ……」と微熱混じりのため息が漏れる。
そして父は、求める程に切ない距離を感じていく。
+
だって、落ち着いて考えてほしい。
接着剤でつけるとか、緩んだのを締め直すとかはできる。物理の世界だから。腕っぷしでいけるから。腕力でなんとかなるかもんなら、やれる。
でも、これ完全に電子の世界やん?
電子の世界は無理。トロンじゃないから。入れないから。入口見つけてやっつけていったらなんとかなるなら、やる。でもおばけは殴れないし、目に見えないものは守備範囲外。だって見えないんだもん。文字通り手に余るぞこいつは。
しかし、わたしもかつて父に木のロボットを「これ動かして!」と言って困らせたことがあるらしい。家族が集まったときに定期的に笑い話になる。あまりに小さい頃なので覚えてないけれど、なんだかわいいなぁわたし……なんて思ってた。まさに因果応報。運命の連鎖。ブーメランは戻ってくる。
今まさに歴史は繰り返した。血は争えない。
父の威厳というやつは、手のひらサイズのおもちゃにカジュアルに握られる運命なんだ。にくい。この体を流れる自分の血がにくい。定めには逆らえないのだ。
ちなみに木のロボットが動いたかどうかは覚えていないけれど、そもそもそのロボット自体覚えてないのでそのルートもある。退路は確保した。
よし、行こうよ、みんな!
+
もしかしたら、ちょっと配線が取れてるとか、接触不良くらいならなおせるかもしれない。
とりあえず開けてみた。
ネジのサビに年季を感じて不安になる。
カラカラ鳴ってたのはこのスピーカー部分が外れていたみたい。つけた。
その他、配線はどこも取れてない。
はい、無理〜。ガメオベラ〜。
一応動作を確認してみる。
うん。
なおった。
開けて、締めたらなおった。
録音再生、自由自在。
よくわからないまま、物理の世界で完結した。
ありがとう、エリザベス。
こころなしかエリザベスもうれしそうだった。
+
明日、息子にエリザベスを渡して伝えよう。
人間やればできる。
やってみてわかることもある。
どんな困難で難関な壁も越えられる、と。
かくして父の威厳は守られた。My Heart。
待てうかつに近づくなエッセイにされるぞ あ、ああ……あー!ありがとうございます!!