RPAは業務引継ぎの後任者では、ない!
主な登場人物
黒川:この物語の主人公。元エンジニアの情シス。業務改善が得意。「くろさん」と呼ばれている。
中原:黒川の上司。ベンチャー出身。成果の為なら手段を選ばない。他部門の頼みは断らない、というか断れない。
上田:ユーザー部門所属。前任者が引継ぎなくいなくなり大ピンチ。
古木:上田の前任者。突然音信普通になる。
吉野:上田の上司。笑顔が胡散臭い。情シスは何でも知っていると思っている。
※この物語は限りなくノンフィクションに近いフィクションです。実在の人物や団体とは関係ありませんが、筆者の実体験を元にしているため、限りなく肉声に近いリアルをお届けしています。
バグ・ストーリーは突然に
「くろさん、ちょっといい?」
上司である中原の声がけはいつも突然だ。黒川のデスクの脇にあるスツールに当たり前のように腰をおろし、こちらの手元などお構いなしで話を続ける。
「ちょっと吉野からSOSがあってさ。古木が来なくなっちゃって請求データの処理ができないみたいなんだよね」
古木というのは僕より10つ下の女の子で、面識もある。部門こそ違うが、一人で担当部門の事務処理をこなしていて偉いな、と思っていた。その彼女が先月から来ていないらしい。彼女の業務内容についてはまったく知らないわけだが、わざわざ中原が僕の所にやってくるという事は十中八九「何とかしてくれ」という事だろうと薄々予想できながらも、とぼけたふりをして返答をする。
「あー、それは困りましたね。誰か出来る人いないんですか?」
「うん、それがいたらくろさんの所に来てないよ笑」
「ですよねー」
僕とて暇ではない。パート、派遣を含めて10名のチームをマネジメントしながら、絶賛大炎上中の基幹システムの改修対応に脳みそが総動員中である。かといってこのあと中原から振りかかってくる事が目に見えている「何とかする」を避けて通る事は出来ない以上、これ以上時間を無駄にするわけにもいかない。そう思った僕は満面の笑みでこう返した。
「で、いつまでに何をすればいいですか?」
担当者不在からのタイムアタック
中原が何一つ情報を持っていないので、依頼元である吉野に電話をすると、古木の後任は上田という人物だと教えてくれた。吉野も実際に古木の仕事内容を把握しているわけではなかったので、実質僕とその上田という社員でこの難局を乗り越えるしかない事がわかった。
上田の主所属は営業部門なので、古木のように事務的な仕事は片手間でやるという事らしい。さてどうしたものかと思案していると、その上田から電話が入った。
「あ、黒川さん。はじめまして。上田です。今回は作業内容をレクチャーしてくれると伺ったので、よろしくお願いします」
おい待てよ。ちょ待てよ。チヨマテヨ。何で既に僕が業務内容を把握している前提なんだよ。吉野め、都合のいい解釈をしやがって。四次元ポケットなど持ち合わせておらんぞ。と腹の中で悪態をつきながらも、上田自身を責めてもしょうがないので、彼が持っている情報をとにかく引き出す事にした。
「えーっと、古木さんが作業していたPCがあるのと、部門内で共有されていたスプレッドシートがあります。あと債権管理システムを使っていたようです。ちなみにすみませんが、週明けの火曜中に請求データを固めないといけないので、それまでに手順をレクチャー頂きたいのですが…」
それを聞いた僕は時計を見た。左腕にバッチリなじむ。AppleWatchを。林檎時計は無言でこう僕に告げた。「現在は金曜の夕方です」
そこには見たこともない世界がひろがっていた
僕に残された時間は正味1日。それまでに来月分の請求データを債権管理システムに取り込まないといけない。ゴールから逆算するととてもじゃないが上田にレクチャーしている暇などない。なぜなら僕自身がまだスタート地点にすら立っていないからだ。
①この案件が片付くまでは一切他の業務を行わない②今回はレクチャーする時間がないので代理で作業を行う③間に合うかどうか約束はできない
という3点について中原の承認を取り、「おいふざけんな」と怒り心頭な頭の中をクールダウンすべく吉野家でランチを取った。日中に日光を浴びる事はとても良い効果があり、「まあ、やるしかないか」という気持ちになれた。さんさんさん、おてんとさまさま。
席に戻り、まずは古木のPCを確認してみた。おそらく前回使ったであろうファイルを混沌としたデスクトップから探し当てて、自分の作業用フォルダに移管する。まるでレーダーなしの状態でナメック星でドラゴンボール探しをしているような気分だ。無論、舞空術は使えない。
泣きたいなら、目的から入ろうホトトギス
結論から言うと、翌月分の請求データを作成する、という目下の目的はすんなり果たす事ができた。勿論、情報を整理するために半日ほど格闘した結果ではあるけど。
目的を考えると実は意外と構造はシンプルで、上田の所属部門が独自で使っている販売管理システムから請求データをCSVでダウンロードして、スプレッドシート上で債権管理システムにインポートするために必要な情報を加工して、債権管理システムにCSVをインポートするという流れ。
「古木のやっていた作業内容を過不足なく再現する」事が今回の目的ではなく、「請求すべき顧客に請求すべき金額を過不足なくつける」という目的が果たせていれば、正直古木の作業内容を理解できなくても問題ない。
なぜなら古木自身が生み出した作業手順なので、その工程が「最も効率的な業務フロー」であるという思い込みをまず捨てる必要がある。
はじまりはいつもRPA
何とかなってよかった、と胸を撫でおろした僕は、ひとまずは中原に報告に向かった。
「吉野さんからの依頼の件、とりあえず請求は大丈夫そうです。何やってるかは理解できました」
「良かった、さすがくろさん。助かるよ、で、上田くんにレクチャーはできた?」
「今回はレクチャーする時間なかったので私がやってしまいましたが、古木さんの作業内容に無駄が多いので、ちょっと業務フローを見直した方がいいですね。結構自動化できそうな余地があります」
「そっか。じゃあ、業務フロー整理もやりたいんだけど、くろさんがそこまでする必要もないから自動化できそうな部分だけRPAで何とかならないかな。それなら上田くんでも出来るでしょ、ほらユーザーでも使いこなせるというし」
あーるぴーえー。「自動化」と聞けば二言目にはその言葉が出てくる。
たしかにRPAはノンプログラミングで業務の自動化を実現できる便利なツールだ。しかし自動化は必ず「例外処理」や「エラー時の対応」「正常に動作し続けている事を把握する仕組み」がセットでないと意味がない。
RPAを設計するのにプログラムを書ける必要はないが、アルゴリズムを理解していない人間「だけ」で太刀打ちできるような甘いものではない。まるで魔法の杖のごとく持て囃されている風潮には僕はとても懐疑的である。
「できない事もないですけど、スプレッドシートの操作だってchromeの仕様が変わった瞬間に破綻しますし、そもそも二度手間になっている箇所も幾つかあるので無駄をなくす所から始めた方がよいと思います」
「でも、それを誰がやるの?くろさんだって他にもやる事あるし、上田に任せようよ、そのためのRPAでしょ。chromeの仕様変更だって、変わっている事がわかればそういう風に設定すればいいんじゃないかな」
RPAは魔法の杖ではない
この人はシステム部門の責任者でありながら、例外処理と純粋なエラーの区別さえ出来ないのか、と嘆き苦しみもがき苦悩しながらも言いたくなる気持ちをグッとこらえる。わけがない。結局、しわ寄せが来るのはいつも情シスだ。
「スプレッドを見る限り、使われている関数はVLOOKUP関数くらいなので、その程度の関数が意味不明な文字列に見えてしまう上田さんではRPAを使えないと思います。結果的にRPAの尻ぬぐいがこちらに回ってくるのが目に見えているので、だったらコントロールできる段階で対処すべきだと思います。RPAは「作業を自動化する」だけであって、本来の意味の「自動化」とは似て非なるものですよ」
だいぶ偉そうに言ってしまったが、今戦わずしていつ戦うのだ。
「でもさ、RPAに毎月結構な金額落としてるじゃん。もっと徹底的に使い倒さないと勿体ないよ」
「RPAを使わなくて済むならそれが一番いいですよ。徹底的にやるべきはそこではなく、業務の見直しです。少なくとも、スプレッドシートの出る幕はないです。CSVのエクスポートとインポートの部分はともかく、間のデータ加工は全部自動でできます」
「じゃあ何のためにRPA入れてるのって話にならない?使わないなら解約も視野に入れるけど」
「うちのような中小企業だと、そもそも業務フローそのものが煩雑なので、銀行のような「大量データ×単純作業×何度も繰り返す」ようなものでない限りは必ずしもRPAの恩恵を受ける事は難しいんじゃないかと思います。経理とかだと割といけると思いますけど」
夢見させるようなことを言うな!と言うべからず
「RPAが全てを解決してくれる!」と期待に胸を膨らませて意気揚々と導入したものの、リカバリに「想定していなかった」時間と人員が割かれて、かえって手間が増えた、というような話もよく聞く。これはRPAという甘美な響きに幻想を抱いた事の反動だろう。勿論、そういう夢を見させてしまった側にも非があるとは思っている。
時代を作るのはITではなくそれを使う「人」でござる
RPAに限らずツールそれ自体はとても便利だ。しかし忘れてはならない。
どんな組織もリーダー以上の器にはならないのと同じように、デジタルツールもそれを使う人間次第である。
本当にRPAが必要なのか、ツールが必要なのか、まずは今やっている業務そのものの流れを整理したり、業務そのものが本当に必要なものなのかどうか、という事を紙とペンを使って徹底的に考え抜く事こそが、人間にしか出来ない「働き方改革」の第一歩だと僕は信じて疑わない。