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(小説5分読書)四辻御堂物語~水龍の巫女と妖狐の罠~(私を呼ぶ声④)

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 晴菜と別れてから崎本の家を聞くと、なんと反対方向だったらしい。悪いから一人で帰ると言ったのだが、もう暗いし送って行くと聞かなかったので、お言葉に甘えることにした。このくらいなら晴菜も許してくれるだろう。こんなことで目くじらを立てるような子ではない。篠崎なら何をされるかわかったもんじゃないが。

「そういえば、篠崎どうなったかな」
「さ、さぁ……」

 心を見透かされたのかと思って一瞬焦ってしまった。顔には出さないように平静を装う。

「まぁ土日挟むし、なんとかなるんじゃない?」
「よく言うよ。あいつの性格はよぉく知ってるくせに」
「日本語が通じない人のことで悩んでる暇なんて無いもの」
「……宮路はすげぇよなぁ。なんでもできて」
「別に。凄くはないよ」
「いいや、俺はわかってる。宮路は裏で努力してるって。それに友達思いだし。俺だってそれなりに勉強は頑張ってる方だと思うけど、宮路にいつも負けてるもんなぁ。でもそれを僻む奴は碌でなしだ。」
「そ、そう。有難う」

 そんな風に言われたのは初めてのことだった。崎本は狙って言っているようにも思えないし、天然の人垂らしなのだろうか。これは晴菜には内緒にしておいた方が良さそうだ。

「なぁ、なんで宮路は秋野に『氷の渚』って言われてんの?」
「さぁ?本人に聞いてみたら?メッセージ送ったらすぐに教えてくれると思うけど」
「そ、そうだよな……」

 私も意地の悪いことをするなと思ったものの、崎本が携帯を取り出してメッセージを送ろうかどうしようかと悩んでいるところを見るのは悪くない。大事な親友を泣かせたのだ。このくらいの意地悪はご愛嬌だろう。
 そうこうしているうちに私の家に着いた。崎本に、ここまで送ってくれた礼を言って、晴菜には改めて泣かせたことへの謝罪文を送っておくように促しておいた。崎本はばつが悪そうにしていたが、満更でも無いというように「わかった」と言っていたので、もしかしたら今日の電話は無いかもしれない。それならそれで、やっておきたかった参考書の勉強を進めることにしよう。

「ただいまー」

 誰も居ない家に自分の帰宅を知らせる。気持ちとしては母に帰宅を知らせているのだが、毎回返事は無い。普通の家なら、「おかえり」と言ってもらえるのだろうか。「ご飯できてるよ」と、良い匂いと一緒に出迎えてくれるのだろうか。今は共働きが当たり前だからねと慰められることは多くても、やはりそういうことを望んでしまう。帰ってきたら冷蔵庫を開けて今日の夕飯の献立を考えるのが私にとっての当たり前だとしても。
 父は、母が居なくなってからは比較的早く帰ってきてくれるようにはなったから、夕飯は一緒にというのが暗黙の了解にはなっている。しかし最近は上手く父と話せない。これが思春期かと自分でも思うのだが、母のことを話したがらない父への不信感は、そう簡単に割り切れるものではなかった。かと言ってよく聞く、感情に任せて怒鳴り散らすってことも無意味だとわかっているからやらない。ただ黙々と食事を取り、一言二言やり取りをし、私は自室に行って勉強する。食器洗いは父がやることになっているから、私は食事の前にお風呂を済ませてしまう。食事の時以外、土日も顔を合わせないことが多い。

「今度の祭り、久しぶりに一緒に行かないか?もう夏休み入るだろ?」

 あり合わせで作った夕食を食べている時に、唐突に父が誘ってきた。母が居なくなってから一度も行っていなかった、いや、行けなかった地元のお祭り。
 最後に母とお祭りに行った時の記憶はもう朧気になっていた。母が行方不明になるとは露とも思っていなかったし、ずっとそばに居るものだと思っていたから。覚えているのは母が作ってくれた母とお揃いの浴衣にたこ焼きを落として、浴衣をソースだらけにして大泣きをしたこと。父が泣きじゃくる私を肩車して、花火を見せてくれたこと。でも、その時の会話や母の顔、母の声をはっきりと思い出すことができなかった。覚えているのは母が着ていた浴衣だけ。

「うん……。考えとく」
「そうか」

 現実を突きつけられてしまった気がして、そう答えるのが精一杯だった。
 自室に戻ってから、ガンガンと鳴る頭の中でぐちゃぐちゃと感情が暴れ出す。
 何で今?お母さんのことは忘れろってこと?お父さんはお母さんのことどうでもいいの?なんで平気でお祭りに行けるの?ろくに探しもしてないくせに。なんでお母さんはこんな人と結婚したの?お母さんは今どこに居るの?何をしているの?そもそも生きているの?
 気づけば私は顔をぐしゃぐしゃにして泣いていた。声を押し殺して、唇を強く噛みしめて、ぐっと力を込めて握った手には爪が食い込む。ただ母に話を聞いてもらうこと。頭を撫でてもらうこと。当たり前に与えられるはずだった母の優しさを焦がれることは悪いことなのだろうか。普段冷静に取り繕っても、実際はあちこちに母の影を感じて心臓は忙しなかった。そういう娘の気持ちに、どうして父は気づかないのか。いや、気づこうとしないのか。
 さっきからピロンと連続で音を出している携帯は、きっと晴菜からのメッセージだろう。申し訳ないが今はそれどころじゃない。感情の嵐が収まらず、涙すら止まってくれようとしない。氷の渚なんて呼ばれているけど、必死に感情押し殺しているだけで、本当は……ほんとうは……。

「渚。四辻御堂よつじみどうへ行って。あなたを待ってる人が居る」

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