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英語で世界が変わった。自己紹介と英語の勉強を始める前の話から


自己紹介

こんにちは!はじめまして。Natsukiです。
今は専業主婦をしながら英語スクールに週4日通い、アメリカ人講師の授業を受けています。好きなことをやって楽しくHappyな毎日です。

ネイティブ講師から学ぶメリットはズバリ、言葉そのものだけでなく文化も含めて語学を学べるという点。
文化がとても大事になってきます。どれだけ努力して英語堪能になれたところで生まれは日本人であることは変えられない事実。そのギャップを埋めるのに役立つのが異文化を知り、尊重するという姿勢だと思う。

noteを始めた理由

英語を少しかじると現地で試してみたい、現場をこの目で見てみたいとの更なる欲求が湧いてきました。
初めての海外だから不安もありましたが、好奇心の方が勝るのです。スクールの春休み期間に海外旅行を計画し、一緒に行く人もいないので一人でハワイへ行ってきました。

航空券やホテルなど全て自分で手配して、パッケージツアーでは経験できないオリジナリティ溢れる面白い旅の醍醐味をたくさん経験できたので、自分にしか書けない旅行体験記を書きたいのと、少しでもシェアしたいのと、記録のためです。

なぜ英語を始めたのか、それは成り行き

今のような優雅な生活の前は、医療従事者として一会社員をしていました。

そこそこ充実していたので当分の間はこの会社員生活を続けていくだろうと思っていました。でも仕事も職場も人間関係も川の流れのように流動性があるわけで、思い通りにはいかないもの。

前職で1年程経った時に中間管理職に抜擢され、その役目を担っていました。その時点では頼もしい上司がいたのですが、3ヶ月後に体調不良で休職されました。信頼していた上司を失った私は、今振り返ると孤独でした。

誰にも助けを求めることができず、相談することができず、クライアントからの圧と部下からの圧と経営層からの圧とに翻弄されていました。
「責任感が強い」は長所として表現されがちですが、時として自分で自分を苦しめる凶器ともなり得ることを学びました。

仕事と体調不良との終わりなき戦い

重圧を抱え苦しいけど仕方がない。気合いでカバーしようとしても、大丈夫だと思い込もうとしても、身体は正直です。自分の身体が発するSOSには耳を傾けてあげてください。

私の場合は頭痛でした。今まで経験したことのない種類の頭痛で、孫悟空が頭につけている輪っかのようにギューっと締め付けられるのです。
仕事のことを考えると痛くなり仕事から離れると和らぐという状態で様子見てましたが、1ヶ月続いた頃にさすがに受診しました。脳の異常は見つからず、緊張性頭痛との診断で血流を良くするために漢方とビタミン剤、頓服で鎮痛薬が処方されました。その後は症状が治まったり再発したりを繰り返しながら、鎮痛薬で騙し騙し、ひどい時は休みを挟みつつ仕事を続けていました。
この頃には新たな上司を得てある程度相談できる状態でした。

そのうち良くなるだろうと私はだいぶ楽観視していたように思います。
思いに反して状況は悪化の一途をたどります。頭痛以外の身体症状も出てきました。食欲不振、出勤時の吐き気や動悸などです。睡眠状況は覚えておらずメンタル状態も良くないと思いますがあまり覚えていません。休みを取る頻度は徐々に増え、とうとう有給休暇を使い果たし0になりました。

そこまで来て初めて、精神科受診を決断しました。
会社外で親身になって心配してくれる周りからは何度も仕事辞めたらと言われていましたが、辞めるという選択肢が自分の中にはなかった。

私はいつも自分以外の周りのことに目を向けていました。会社のこと、部下のこと、クライアントのこと、、、周りのことを気にするのが自分の使命のように思い込んでいたところがあります。ずっと長い間。10年、20年?

人に指摘されて気付いたのですが、数年前に母が突然亡くなった時も同じことをしていました。残った父を励ましたり、祖母の話を聞いたり、頻回に訪問したり。自分はそういう役割を担うべき存在だと勝手に思い込んでいた。
するとどうなるのか、自分の中に存在する傷が癒えないまま身体の中に蓄積されていく。誰にも気付かれない、自分でさえも見過ごしている、少しずつ何年もかけて蓄積されていき大きな傷となって身体の奥の奥で潜んでいるのだと思います。

優先順位の上位はいつも他人でした。
だから、他人のことを放っておいて自分のことを一番に考えるというのがなかなか難しかった。やり方がわからないという感じ。

休息と解放、生活を取り戻す

私は長期休みを獲得しました。1ヶ月、2ヶ月、3ヶ月、、、
当然頭痛はピタッと止みました。(何ヶ月も続く頭痛があることも初めて知った)
ようやく人間らしい生活を取り戻せました。
朝起きて、日差しを浴びて、掃除や洗い物や洗濯をして、買い物へ行って、夕食を作り、時に散歩して、ランニングして、読書して、ゆっくりお風呂に浸かり、眠くなって眠る。

地に足をつけて生活をするという、今まで疎かにしていた人間にとって一番の基本に立ち戻ることができました。
ちなみに仕事をしていた頃はというと、

朝:起きたくない、目覚ましで強制的に身体を起こされる
食事:身体に入れば何でもいい。昼はコンビニのパンかおにぎり。疲れているから料理は面倒くさいし時間がもったいない。稼いでいるから消費に抵抗なし、夜は外食かお弁当が主。栄養なんて二の次。
掃除:面倒くさいし多少汚くても死にはしない
読書:そんな時間はない
楽しみ:休みの日にたくさん寝ること

自由な時間がたくさんあるというのは、現代人にとっての一番の贅沢かもしれません。何にも拘束されていない自分のためだけの時間。
自分のためだけの時間を持つということを軽視、もしくは悪とさえ感じている傾向が日本社会にはあるように感じます。

でも、誰のための人生なのかを考えた時に、自分の人生は自分の物という当たり前に立ち返るのです。
だから自分の好きなことをすれば良い、楽しいことだけを追い求めれば良い、やりたいことをやりたいようにやればいい。体調もすこぶる良好です。

長くなりましたが、これが英語を始める前の出来事です。
ここまで全く英語とは縁のない生活。
人生何が起こるか予測不能、だから面白い!

ここまで読んでいただきありがとうございました。

次回はようやく英語を始める話です。

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