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鏡リュウジ 責任編集 『ユリイカ 2021年12月臨時増刊号 総特集◎タロットの世界』/鏡リュウジ『タロットの秘密』

☆mediopos-2545  2021.11.4

タロットには古代の秘儀的な内容が秘められている
そんなイメージがあったりもするのだが

そのはじまりは
一四世紀にアジアからイスラム世界を経由して
西ヨーロッパに伝わった
今のトランプの原型になったゲームカードである

それが一五世紀北イタリアのルネサンス諸都市で
絵札が加えられて「タロット」となる
占いのツールではなくゲームツールである

それがやがて一七世紀以降になって
ヨーロッパ中に広がってゆき
一七八一年にタロットのエポックが訪れる

パリの百科全書派のクール・ド・ジェブランが
タロットは古代エジプトの英知に起源をもつと提唱
ゲームカードが一気に「秘教化」され
魔術や占いの重要な道具とみなされるようになり
さらに二〇世紀後半からは「心理学化」し
現代の占いカード「タロット」へとつながっている

タロットの心理学化に大きな影響を与えたのは
精神科医のユングの思想で
ユングは直接的にはあまり
タロットに言及してはいないようだが
元型的素材としてとりあげられる
さまざまな夢やヴィジョンなかに
きわめてタロット的なものが見られる

私たちの潜在意識のなかには
集合無意識として
さまざまな「元型」があって
それらが無意識から私たちに働きかけているが
そのさまざまなパターンを
タロットは見せてくれるというわけである

たとえば「大アルカナ」は次に挙げるような二二枚がある
(ほかに五六枚の「小アルカナ」があるがこれは省略)

「0:愚者」「「1:奇術師」「2:女教皇」「3:女帝」
「4:皇帝」「5:教皇」「6:恋人」「7:戦車」
「8:正義」「9:隠者」「10:運命の輪」
「11:正義」「12:吊られた男」「13:死神」
「14:節制」「15:悪魔」「16:塔」
「17:星」「18:月」「19:太陽」
「20;審判」「21:世界」

これらのカードが「元型」をあらわしていて
たとえば「黄金の夜明け団」では
「生命の樹」にタロットを配し
カバラとも関連づけられながら
さまざまな解釈を行っていく

個人的にいえば
こうした潜在意識に強く働きかけるタロットに
遊戯を超えて必要以上に入りこみたくはないが
それについてある程度の理解を得ておくことは
潜在意識から来るさまざまな影響を
自覚しておくために必要だとは考えている

今回鏡リュウジ責任編集による充実した内容の
『タロットの世界』がユリイカの臨時増刊号として
刊行されたこともあり
そのさわりとして紹介してみることにした

ちなみにタロットカードのなかで
いちばん好きなカードは
愚かであると同時にとらわれのなさをも意味する
大アルカナの「0:愚者」

鏡リュウジによる解説によると
このカードを好きな人は多いだろうという
図柄が「永遠の少年」として
表現されているからのようだ
とはいえこの「愚者」は最初から
そういう姿で描かれていたわけではないようだが

■鏡リュウジ 責任編集
 『ユリイカ 2021年12月臨時増刊号 総特集◎タロットの世界』
(青土社 2021/11)
■鏡リュウジ『タロットの秘密』 (講談社現代新書 2017/)

(『タロットの世界』〜「はじめに」より)

「この号は大きく三つのセクションからなりたっている。
 一つは歴史、そしてもうひとつはタロットが文化に及ぼした影響、そしてタロット実践の内的プロセスにかかわるものである。
 タロットの歴史は「神秘化」のプロセスでもある。タロットは一般に「神秘的な占いカード」だとイメージされることが多い。僕が子どものころにはタロットははるか古代の秘密の英知を寓意のかたちで隠したものであると紹介する占い専門書も多かった。だが、現代の実証的な研究では、そうしたイメージは一八世紀後半以降に誤解と一種のファンタジーに従ってあとから付与されたものだということが明らかになっている。しかし、幻滅する必要はない。タロットの面白さはその誤解や妄想が付与されてゆくプロセスそのものも深く関わっているのである。
(・・・)
 一四世紀、おそらくアジアからイスラム世界を経由して、今のトランプの原型になった四つのスーとのゲームカードが西ヨーロッパに流入する。
 そして一五世紀北イタリアのルネサンス諸都市において、その数札からなるカードに切札・・・つまり今でいう「死」「恋人(愛)」、「審判」といった絵札が付け加えられ、今の「タロット」が誕生する。タロットはゲームとして発明されたのだ。
 タロットには百科全書的にこの世界を縮約しようとする動きも内包されている。ひと組の札のなかにコスモスを表現しようとでもいうのだろうか。知的探究心と遊び心がカードの中で手を取り合ったのだ(・・・)
 貴族の優雅な・・・そして知的な・・・遊びとして誕生したタロットはほどなくして版画によって大量生産され、より広い層へと広がってゆく。素朴でありながらなんとも美しい「マルセイユ版」と総称されるタロットは一七世紀以降ヨーロッパ中、さらには船乗りたちの手で世界に伝播してゆく。(・・・)
 そして運命の一七八一年。タロットはこの年に大きく変貌する。パリの百科全書派の学者クール・ド・ジェブランがタロットは古代エジプトの英知に起源をもつと提唱し、ここからタロットは一気に「秘教化」され、魔術や占いの重要な道具とみなされるようになるのだった。占星術が知的な世界から完全に追放される啓蒙の世紀に、占星術と入れ替わるようなかたちでタロットの「神秘」が誕生したのはなんという歴史のアイロニーであろうか。(・・・)
 タロットが纏う神秘の衣装にはエジプト風のそれのみならずユダヤの秘儀も加わる。近代魔術の父と称されるエリファス・レヴィは、タロットを至上の神秘への鍵とみなした。レヴィにおいてタロットはカバラと結びつき、実際的な身心変容技法のツールとしての価値を持つようになる(・・・)。
 レヴィのタロットへの熱情は、フランスばかりではなく海を隔てた英国において大きな花を咲かせる。オカルトや魔術に関心を持つ向きには抗し難い響きの名を持つあの魔術結社・・・「黄金の夜明け団」において、現代のタロット実践や解釈に直結するさまざまな教義が構築された。現在世界でもっともポピュラーなウェイト=スミス版タロットも、クロウリーのトートタロットもこの水脈かた誕生するし、定番の「占い方」であるケルト十字展開法も、さらにはアイルランドの演劇運動を推進したアベイ座の創設にもこの魔術結社が関わっている。(・・・)
 さらに、タロットは一部の秘儀への志向者ばかりではなく、より広い層に新時代の霊性の表現として創造的に受容されてゆく。(・・・)
 むろん、タロットは日本でも大人気である。タロットを普及させることに最大の貢献したUSゲームズ社・社長スチューアト・キャプランのタロット百科事典は世界中のタロットデッキを網羅するまさしく圧巻の書だが、その第四巻(二〇〇五年)には日本のタロットに一章が当てられるほどになっている。(・・・)
 タロットは、文化芸術にも深く影響を与えている。とくに視覚的な、映像芸術とも深くかかわっているのは当然だといえるだろう。二つ目のセクションはこうした面をとりあげている。タロット文化研究をリードするエミリー・オーガー氏は映画の中でのタロットモチーフを子細に調査、分析した専門書をものにしておられる。(・・・)
 
(『タロットの世界』〜鏡リュウジ「タロット・ユング・エラノス」より)

「タロット本において「潜在意識」という言葉が用いられているのは偶然ではない。「潜在意識」という、自己啓発的、そして心理学的な概念は現在のタロットカルチャーに深く根を下ろしているのである。
 一五世紀中葉に北イタリアで世俗的遊戯用カードとして誕生したタロットが一八世紀後半の古代エジプト起源説という「誤解」を跳躍台として「秘教化」し、さらに二〇世紀後半からタロットが「心理学化」していった流れはすでにタロットに関心を持つ向きにはかなり知られている。現代のタロットの「心理学化」には「潜在意識」というタームからもわかるようにニューソート、そしてヒューマンポテンシャル運動の影響が色濃いが、それに加えて強いインパクトを与えたのがスイスの精神科医カール・ユングの思想である。(・・・)平易なタロットの入門書の中にすら、ユングのアイデアがはっきりと言及されている。「(タロット)の図柄は、喜びや、希望、恐怖といった誰の人生にも遭遇しそうなシーンやドラマが織り込まれ、人の行動や思考パターンが網羅されています。・・・誰の心の中にも共通しているもの、これらは心理学者ユングが発見した『集合無意識』と呼ばれているものです」
 だがこのユングの思想の磁力圏は、通俗的で世俗的なセルフヘルプの枠にとどまるものではない。タロットはユングという巨星を含む知のサークルの中で、思いがけないところに姿を現している。(・・・)
「占いもユングにとっては真剣な研究対象であった。易を西洋社会に知らしめるのに大きな貢献を果たしたのはユングにほかならないし、西洋占星術にも同様に真剣に取り組んでいる。取り扱いが難しいユングの「共時性」の着想源としての「占い」の役割は大きい。現代の占星術実践はユングの強い影響下にあるが、ユングが自らの心理学・思想を構築する上で歴史上のみならず、同時代の占星術文化と積極的に接触し大きな影響を受けたことも明らかになりつつある。」
「ユング自身による直接的なタロットへの言及はごくわずかである。しかし、この世界のあちこちに「元型的」なるものを探求するユング心理学的な鏡を通してみれば、ユングの著述のあちこちにタロットの絵札と重なるイメージを見出すことができるのである。ユングは元型的素材としてさまざまな夢やヴィジョンをとりあげるが、その中にはいかにもタロット的なものを散見できる。いわば「タロットならぬタロット」がユングの著述に存在するのだ。
 中でも印象的なのは、ユング中期の主著と言える『心理学と錬金術』に収録される「個体化(個性化)過程の夢象徴」で取り上げられる夢である。
 この論文はエラノス会議でのユングの講演を元に大幅に加筆、校訂されたものである。ユングにとって錬金術は重要な「集合無意識」から生まれる元型的イメージの宝庫であった。」

(『タロットの秘密』より)

「本書の構成と内容は、僕の中の二つの自分という特徴をそのまま表している。人はどちらかというと冷静で合理的な自分。この自分は、神秘性を剥ぐ方向でタロットの歴史を叙述している。本書はタロットの「神話」を崩すことにもなっている。一方で、もうひとつの神秘的な世界に憧れる自分はタロットのハウツーを解説している。タロットが人の心の内面を映し出すと仮定して、その意識のモードに入ることでタロットは「使える」ようになるのである。
 そして、僕は思うのだ。ユングや僕ほどの極端なかたちではなくても、人は誰でも自分の中に理性とロマンの二つを抱えている存在であるはずだ。タロットは、誰の中にでもあるこの二つの側面をすくい上げているのだ。
 かつて、日本にタロットを紹介した種村季弘を魅了したのは、タロットは森羅万象をその中に表しているというアイデアでもあった。この考え方があるからこそ、タロットカードは、日常のちょっとしたことから高度な哲学的問いまで、答えることができると考えられたのである。
 この宇宙すべてを解き明かしたいというのは、人間という存在がもつ根源的な欲求だ(現在は「科学」によってそれを成し遂げようとしている)。だからこそ、人はタロットに魅了されてきた。タロットは手の中の宇宙なのである。」

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