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『「植物」をやめた植物たち』(文・写真/末次 健司)[月刊たくさんのふしぎ 2023年9月号]

☆mediopos3187  2023.8.9

「植物」であることをやめた
というのではないけれど
「植物」のもっとも大きな特徴である
「光合成」をやめた植物たちがいる

地球上に生息している約30万種の植物がのうち
1000種ほどがそんな光合成をやめた植物たち

今年ひさしぶりに森で
キノコのようにもみえることから
「ユウレイタケ」と呼ばれることもある
「ギンリョウソウ」を見つけることができたが
それは光合成をやめた植物のなかでは
もっとも目にする機会の多い種類だそうだ
見た目はまったく違っているけれど
ツツジの仲間なのだという

先日見つけることができたのも久々のことで
こうした種類の植物たちの多くは
暗い林床に生えていて
小さくて見つけにくいものが多い
カラフルでユニークな姿をしたものも
たくさんあるようだ(がなかなか見つからない)

かれらは姿もユニークだけれど
その生き方も独特で
光合成をしないので葉ででんぷんをつくる必要がなく
花が咲いて実をつけるわずかな期間しか
地上に姿を現わさない

また自前で養分をつくりだせないので
自分の根にやってきた菌糸を消化し
それを栄養にすることで生きている

暗い森林の中で生きているので
そこには花粉を運ぶ虫がほとんど訪れないため
自家受粉をしたり
腐ったキノコのような匂いを出して
ショウジョウバエをだまして花粉を運ばせる
クロヤツシロランというのもいる

そのクロヤツシロランは
花の時期には3センチほどなのに
果実をつける時期には30〜40センチにまで伸びて
風でタネを飛ばしたりもする

そうした芸当のできない
地上付近に目立たない小さな果実をつける種類は
カマドウマやアマミノクロウサギに
果実を食べさせることでタネを運ばせたりもするそうだ

かつて光合成をしていたのに
なぜやめてしまったのかわからないが
その生活もなかなか大変で
「ほかの生き物との関係性を
劇的に変化させることで」成り立っている

しかもそんな存在が生きていくためには
「光合成をやめた植物が養分を横取りしても問題のない、
生態系に余裕がある」豊かな森である必要がある

こうした不思議な生態をもった植物のことや
それを可能にする生態系に目を向けることは
いま私たちが生きている環境そのものを
問い直すことにもつながっていく

著者は「野外で生き物の不思議を解明する
「フィールドワーク」という活動」を
大切にしているということだが
ぼくのように野山を歩いて
観察のまねごとをするだけでも
ずいぶんと「世界」への見方は深まっていく
なによりこんなに面白いことはない

世界は「不思議」に満ちているから

■月刊たくさんのふしぎ 2023年9月号
 『「植物」をやめた植物たち』(文・写真/末次 健司)
 (福音館書店 2023/9)

「自らは光合成をせず、菌類から養分をもらって生きる植物。彼らの生き方は一見するとお気楽なものに思えます。しかし彼らはそんな生き方を可能にするため菌類をだますなどの工夫をしていました。また暗い森で生活するために、咲くことをやめたり、ふつう花や果実にはやってこないような昆虫を、花粉やタネの運び屋として利用したりしていました。
 つまり光合成をやめた生活は、単に光合成を「やめる」という単純なものではなく、ほかの生き物との関係性を劇的に変化させることで成り立っていたのです。
 光合成をやめた植物は、森の生態系に入り込み、寄生する存在です。このため、キノコやカビの菌糸のネットワークが地下に広がっていて、光合成をやめた植物が養分を横取りしても問題のない、生態系に余裕がある森林でなければ、育つことはできません。つまり、光合成をやめた植物が存在するということは、そこが豊かな森であることを示す証拠なのです。」

(「光合成をやめた植物は・・・/いろんなところに生えている」より)

「光合成をやめた植物は、ある特定の場所にんだけ生えているわけではありません。彼らは、北海道から沖縄まで、日本各地の山や森で見ることができます。(・・・)地球上には約30万種もの植物が生息しているといわれますが、そのうちのおよそ1000種が光合成をやめた植物たちです。」

(「「光合成をやめた植物は・・・/見つけにくい」より」より)

「光合成をやめた植物は、葉ででんぷんをつくる必要がないので、花が咲いて実をつけるわずかな期間しか地上に姿を現しません。また小さなものが多く、1センチにも満たないものまで存在します。さらに昆虫に食べられるのを防ぐため、枯れ葉そっくりの種類もいます。このため、見つけるのがとても難しく、研究が進んでいませんでした。」

(「「光合成をやめた植物は・・・/ご先祖様はミドリ色だった」より)

「光合成をやめた植物も、もともとは光合成するふつうの植物から進化したと考えられています。たとえばギンリョウソウは、光合成をやめた植物の中ではもっとも目にする機会の多い種類ですが、なんと赤い花でおなじみのツツジの仲間です。でもツツジとギンリョウソウでは、見た目が全然違っていますよね。」

(「寄生と共生」より)

「自然界にはもともと共生のパートナーであった生物に一方的に寄生するように進化した生物がたくさん存在しています。例えば、花と花粉を運んでくれる動物との関係でも、きれいな花を咲かせるものの、実際には蜜などの報酬を与えず、花粉の運び手をだまして花粉を運んでもらう植物が存在します。
 つまり寄生と共生は正反対というわけではなく、ちょっとした変化でどちらにも変わりうる表裏一体の存在なのです。」

(「光合成をやめた植物のくらし①/キノコを食べる」より)

「光合成をやめた植物の多くは、キノコやカビなどを食べて生きています。(・・・)
 光合成をやめた植物は、菌糸の形で根に入ってきたキノコやカビに糖やでんぷんを与えないどころか、その菌糸を消化して自分の栄養にしてしまうのです。このため現在、光合成をやめた植物は、正式には「菌従属栄養植物」と呼ばれています。」

「実は、光合成を行う植物が菌類に報酬としてあげる糖やでんぷんは、光合成でつくったすべての養分の二割にもおよぶといわれています。光合成をやめて菌類に寄生するようになった植物は、この高い報酬を避けるように進化したと考えられています。
 つまり光合成をやめた植物は、お互いに利益をもたらしていた菌類に、一方的に寄生していることになります。」

「菌類にとっては、光合成をやめた植物に消化されてしまうのは迷惑な話でしかないはずですが、不思議なことに、菌はまるで自分から栄養を与えたいかのように、光合成をやめた植物に向かって菌糸を伸ばします。」

「なぜ光合成をやめた植物の場合は菌類と関係を保つことができるのか、その謎はまだ完全には解明されていませんが、「菌に栄養分を与える」というニセの信号を出して上手に菌をだましていると考えられています。」

(「光合成をやめた植物のくらし②/花粉の運び方を変える」より)

「光合成をやめた植物は、ほかの植物は生育できないうような、非常に暗い森林の中でも生きることができます。しかし、そのような環境には、ハチやチョウといった花粉の運び屋はほとんど訪れません。花粉が運ばれなければ、受粉できないので、果実をつけることができないのです。
 では、そのような環境でどうやって受粉することができているのか調べてみると、多くの種類でm花粉は同じ花の雄しべの柱頭にくっつき受粉することがわかりました。これを自家受粉といいます。」

「また、ふつうは花にやってこない昆虫を花粉の運び屋として利用するものもいます。
 暗い森林の地表近くを飛び交うショウジョウバエは、腐ったキノコを幼虫のえさにします。クロヤツシロランの花は腐ったキノコのような匂いを出すので、ショウジョウバエは、その匂いに誘われて、卵を産みに来ます。(・・・)クロヤツシロランはキノコの匂いをまねてショウジョウバエをだまし、花粉を運ぶ仕事をさせていたのです。」

(「光合成をやめた植物のくらし③/タネの運び方を変える」より)

「クロヤツシロランは、花の時期には3センチほどしかないのに、果実をつける時期には30〜40センチにまで伸び、風でタネを飛ばします。」

「では地上付近に目立たない小さな果実をつける光合成をやめた植物はどんな動物にタネを運んでもらっているのでしょうか?}

「さまざまな生き物が果実を食べていることがわかりました。中でも、カマドウマの仲間が、どの種類についても、果実の大部分を食べていることがわかりました。」

「タネの運び手は虫だけではなく、予想外の動物もいることが最近になってわかりました。
 ヤクシマツチトリモチは、キノコのような見た目ですが、ほかの植物の根に寄生する植物です。果実に訪れる生き物を観察した結果、国の特殊天然記念物にも指定されているアマミノクロウサギが果実を盛んに食べることがわかりました。」

(作者のことば「光合成をやめた植物とフィールドワークの魅力」より)

「光合成をやめた植物の研究には大変な部分もあります。光合成をやめた植物は葉をつける必要がないため、わずかな期間しか地上に姿を現さないばかりか、全長で数mmしかないものも珍しくありません。そのため調査では苦労が絶えませんが、光合成をやめた植物のフシギを徐々に明らかにすることができています。特に光合成をやめた植物に目を向けるきっかけとなった「ギンリョウソウ」の新種「キリシマギンリョウソウ」を発見できたことは印象深い成果です。ギンリョウソウは世界で1種しか確認されていなかったため、どのくらい違っていれば新種といえるかの判断が難しく、様々な証拠を集めて20年かけて論文を発表することができました。今後も地道にコツコツと研究を続けることで、植物がどのようにして「光合成をやめる」という究極の選択を成し遂げたのかを明らかにしたいと考えています。

 私は、野外で生き物の不思議を解明する「フィールドワーク」という活動を重視しています。「フィールドワーク」は、自分の目で観察するというローテクな研究手段ですが、それだけで世界的な発見ができる点が魅力です。光合成をやめた植物のような特殊なものを除くとほぼすべてに名前が附いています。一方で道端や公園に生えている「雑草」であってもその形や匂いにどのような意味があるのかまではよくわかっていません。このため身近な生き物であっても、じっくりと観察すれば、世界中の誰も知らなかった不思議を解き明かすハードルはそれほど高くないのです。ぜひ皆さんも時間をかけて、興味を持った動植物を観察してみてください。どんな生き物でもじっくり観察したら必ず面白い発見があるはずです。」

◎末次 健司(すえつぐけんじ)
1987年、奈良県生まれ。2010年京都大学農学部卒業。2022年から神戸大学理学部教授。専門は進化生態学。光合成をやめた植物の生態を研究し、「キリシマギンリョウソウ」や妖精のランプと呼ばれる「コウベタヌキノショクダイ」など多くの新種を発見。さらに自然界の不思議を明らかにすることをモットーとし、多様な動植物に関する研究も展開。例えば、ナナフシが鳥に食べられても、なお子孫を分散できることを示唆した研究は、驚きをもって迎えられた。 」

今年森で出会えたギンリョウソウ

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