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カルロ・ギンズブルグ『恥のきずな――新しい文献学のために』/上村忠男『ヴィーコ - 学問の起源へ』

☆mediopos-3098  2023.5.12

イタリアの歴史家で
ミクロストリア(小さな歴史学)と呼ばれる
小さな共同体やある個人に焦点を当て
新しい歴史学(新しい文献学)を提唱している
カルロ・ギンズブルグによる論考集『恥のきずな』が
ヴィーコの研究者でもある上村忠男により翻訳されている

その「序言————日本の読者へ」には
上村忠男によって翻訳されることへの感謝が捧げられている
カルロ・ギンズブルグのとっている視点の出発点には
ヴィーコの学問への姿勢が深く影響しているからのようだ

上村忠男は『ヴィーコ - 学問の起源へ』の結語においても
ヴィーコが「学的な世界把握一般にはらまれる
理性主義的錯誤の危険性」についての示唆に魅了された
ということを述べているが

カルロ・ギンズブルグは
その名著『ベナンダンティ/
16-17世紀における悪魔崇拝と農耕儀礼』において
16世紀後半のイタリアのフリウリ地方に住むある粉挽き屋が
異端の宇宙観を主張したゆえに異端審問にかけられた
裁判記録を詳細に読み解くことで
当時の民衆の文化・心性を見事に浮かび上がらせたように

行為当事者の(イーミック)次元と
観察者の(エティック)次元
つまり
歴史家が依拠する記録史料に書かれている言葉と
歴史家の用いる言葉とを対話させることで
人類学と歴史学を生きた形で交差させる

そうしたミクロストリアの試みは
インターネットによって時間・空間の距離が消され
歴史のなかで人は蓄積してきたた経験や知識の記録が
空無化しようとしているような危機のなかで
歴史の厚みを取り戻すための
重要な役割を果たしているといえる

本書には13の論考が収められているが
そのなかから本書のタイトルともなっている
「第7章 恥のきずな」をとりあげてみた

「恥の文化」といえば
ルース・ベネディクトの『菊と刀』において
日本のそれが論じられているが

アリストテレスは「アイドース(aidos)」=「恥ずかしさ」を
情念のうちに算入し《それは徳ではない》と指摘している

文化人類学者エリック・R・ドッズの
『ギリシア人と非理性』によれば
古代ギリシアの「罪の文化」は
それよりも古い「恥の文化」から発達したのだという

「恥の文化」においては
自分の属する共同体におけるある種の強制力が問題となるが
「罪の文化」ではそれは個人の内部に入り込んでくるように
アウグスティヌスの「告白」においては
恥の意識と原罪の意識とは厳然と区別されているものの
微妙に絡まり合うようになり
同じ「恥」という言葉も文化が異なれば
それが喚起する意識も多様な現れ方をしている

アウシュビッツを生き延びたプリモ・レーヴィは
その犠牲者・解放者が抱いた
不正義を阻止できなかった恥ずかしさと罪の感情を語り
「だれか他の者が犯した悪行にたいする恥ずかしさ」
「自分が罪を犯した者やその共犯者と同じく、
人類に属しているという意識から生じる恥ずかしさ」のため
やがて自死さえしてしまうことになるが

それに対して「罪を犯した者と
彼らの共犯者は恥も罪も感じてはいない」のだという

おそらく「恥」は
その「恥」の意識の器である個人が
みずから帰属意識をもっている国や社会や共同体において
感じることになる強制力だといえるが

「罪」だとされることを行っても
強制力を引き受けようとしない者にとっては
「恥」は(心の耳を閉ざしているように)感じないのだろう

現在進行中のワクチン薬害の問題において
強力な役割を演じてきたにもかかわらず
「恥」を感じないがゆえに
そこに「罪」の意識が欠如している人たちの多さを
目の当たりにせざるをえないように
それは現代日本における「恥の文化」も
多様な現れ方をしているというひとつの例でもある

■カルロ・ギンズブルグ(上村忠男訳)
 『恥のきずな――新しい文献学のために』
 (みすず書房 2022/1)
■上村忠男『ヴィーコ - 学問の起源へ』
 (中公新書 中央公論新社 2009/12)

(カルロ・ギンズブルグ『恥のきずな』〜「序言————日本の読者へ」より)

「わたしたちは現在に侵略されている。インターネットは空間的な距離だけでなく、時間的な距離をも撤廃しつつあるという印象を与える。コンピューターのスクリーンは、イメージやテクストのもつ物質性をはじめとして、過去の厚みを空無化してしまう。こうして、歴史的記憶はますます脆弱なものになりつつある。
(・・・)
 さまざまな文化は類似する欲求や衝動に相異なる仕方で反応している。人類学と歴史学の対話はここから出発する。この対話の基礎をきずいたのは、ヨーロッパ思想の世界では、ナポリの哲学者ジャンバッティスタ・ヴィーコだった。人間は歴史を作っているのだからそれを知ることができる。異なる時代と社会にまでさかのぼる記録資料は解読し解釈し翻訳することができるし、しなければならない。そしてヴィーコの思想も、偉大なフランスの歴史家ジュール・ミシュレの手本にならって、世界中で翻訳され普及してきたのだった。
 なぜヴィーコについて語るのか。それはたしかに個人的な理由からである。傑出したヴィーコ研究者で『新しい学』を日本語で翻訳した上村忠男によって本書が翻訳されるというのは、めったに得られない特権であり、いくか感謝しても感謝しきれないものがあるのだ(・・・)。しかし、ヴィーコに注意を喚起することは、取り組んだテーマがじつに多彩であるにもかかわらず、ここにそれらを集成してひとつの論集をつくりあげることを可能にしてきたものを描写するためにも必要であるように思われる。『新しい学』で提起されている広範な意味における文献学(filologia)」の理念がそれである。それはもろもろのテクストとイメージを分析する文献学であり、互いに大きく異なる文明によって生み出されたさまざまな記録資料を解読しようとする文献学であり、恥のきずなのように(本書第7章)、すでに解決済みとされているものにたいして距離をとる文献学である。」

「本書の内容をすばやく提示するにあたって、わたしはヴィーコの思想から出発した。しかし、ヴィーコはとりわけ、ここでわたしが通底とは異なる角度から探求しているヒッポのアウグスティヌスによる聖書読解をすでに練り上げてもいたのだった。旧約聖書で記述されている人々の慣習とアウグスティヌス自身が生きていた世界の慣習とのあいだにはズレがあるという知覚がそれである。そして、その知覚のうちに、アウシュビッツでの体験にかんするプリモ・レーヴィの省察によってこのうえなく高度のレヴェルで例証されている、わたしたちがそのなかに浸りきっている(あるいは浸りきってきた)現実に対して距離をとることの歴史への決定的な寄与を見てとることが可能となるのである。」

(カルロ・ギンズブルグ『恥のきずな』〜「第7章 恥のきずな」より)

「ずっと以前であるが、わたしは突然、人が属している国は、通常の修辞が言っているように、人が愛している国ではなくて、自分がそこに属していることを恥ずかしく思っている国であることに気づいた。恥が愛よりも強いきずなであることもありうることがわかったのだった。」

「アリストテレスは「アイドース(aidos)」=「恥ずかしさ」を情念のうちに算入して、《それは徳ではない》と指摘している(《ニコマコス倫理学》)。この定義はいまもなお有効である。恥は人間の自由な選択から生じるのではない。それは突然の病のようにわたしたちに降りかかってきて、わたしたちの身体、わたしたちの感情、わたしたちの思考を襲うのである。」

「エリック・R・ドッズは彼の有名な本、『ギリシア人と非理性』(一九五一年)で、文学的資料————『イーリアス』から悲劇までの————にもとづいて、古代ギリシアでは罪の文化はそれよりも古い恥の文化から発達したと論じている。ドッズはこも〔罪の文化と恥の文化という〕二分法的区別をルース_ベネディクトの『菊と刀』〔一九四六年)から引き出している。恥の文化としての日本についての、広く影響を及ぼした、そして多くの議論を呼んできた、文化人類学的な分析の書である。恥の文化では、個人は自分の属する共同体が体現する外部の強制力と決着をつけなかればならない。これにたいして、罪の文化では、強制力は個人の内部に入り込んでくる。」

「わたしたちは、わたしたちが属している国はそのことをわたしたちが恥ずかしく思っている国であるという、広く普及している確認から出発した。わたしたちは実験の規模(都市、家族)を制限したり拡大したりして、この仮説を検証してみることができる。ここにいたって、ひとつの問いが生じる。もし恥が親密さを含意しているとしたなら、恥にもとづく共同体のありうる境界はどのようなものなのだろうか。
 プリモ・レーヴィの『休戦』の冒頭部分がこの問いへのひとつの答えを提供している。戦争が終わった。そしてレーヴィは、アウシュビッツを生き延びた者たちの一グループとともに、解放者たち、赤軍の騎馬兵に出会った。
(・・・)
 犠牲者と解放者は、不正義を阻止できないでいたということで、恥ずかしく思い、罪があると感じていた。一方、罪を犯した者と彼らの共犯者は恥も罪も感じてはいないのだった。この頁は一九四七年に書かれ、一九六三年に公刊された。そして一九六八年に公刊された彼の最後の著書『沈んでしまった者たちと掬いあげられた者たち』の「恥ずかしさ」と題された章で、レーヴィはこの論点に立ちもどっているが、ここでもまた、恥と罪は混ざり合っている。「恥ずかしさ、すなわち罪の感情」、「恥ずかしさや罪の感情」。堪え難いばかりに明晰な頁のなかで、彼は自分の罪の意識を探査し、絶滅収容所で殺されるためののみ生きのこっていた者たちについて語る。それから、《もっと大きな恥ずかしさ、世界の恥ずかしさ》について語る。それはだれか他の者が犯した悪行にたいする恥ずかしさであり、自分が罪を犯した者やその共犯者と同じく、人類に属しているという意識から生じる恥ずかしさである。《苦痛の海が、過去も現在も、わたしたちを取り巻いている。そして、その界面は年々上昇し、わたたしたちを溺れさせるまでになっている》。一年後、レーヴィは自殺した。

 この種の恥ずかしさはあるひとつの極限状況に関連させられている。しかし、その可能性そのものは、先述の一般的な問題にもなにがしかの光を投げかけてくれる。自我の境界という問題がそれである。どの人間存在も二つの身体————物理的身体と社会的身体、目に見える身体と目に見えない身体————をもっていることを強調するだけでは十分でない。複数の集合が収斂する地点を個人のうちに見てとるほうが好ましい。わたしたちは、種(ホモ・サピエンス)、類、言語的共同体、政治共同体、職業共同体、等々に同時に所属している。そして最後には、十個の指紋によって定義され、唯一の構成要素しかもたない。ひとつの集合、つまりはわたしたち自身にぶち当たる。個人を指紋にもとづいて定義することには、特定のコンテクストのなかでは、たしかに一定の意味がある。しかし、個人はそれを単一の存在にしているもろもろの特徴との同一化はされえない。個人の現在ないし過去の行動や思想を理解するためには、その個人が所属している、特殊なものからしだいにより一般的なものにいたるまでの、もろもろの集合のあいだの相互作用を探査する必要がある。わたしたちがそこから出発した心揺さぶられる思い————わたしたちとな異なる人物やわたしたちが巻きこまれてはいないものにたいしれ恥ずかしさを味わうこと————は、わたしたちが、わたしたちの多様なアイデンティティ、それらの相互作用、それらの統一性を、予想もしていなかった観点から再考することを手助けしてくれる、ひとつの手がかりなのである。」

(カルロ・ギンズブルグ『恥のきずな』〜上村忠男「付論 イーミックとエティック」より)

「(カルロ・ギンズブルグ)《歴史家たちはどうしてもアナクロにスティックなものにならざるをえない言葉を使った問いから出発する。そして調査の過程で、新たに発見された証拠にもとづいて、行為当事者たちの言語のなかで発せられている答えをよみがえらせ、このことによって当初の問いは集成される。行為当事者たちの言語は彼らの社会に特有のカテゴリーと関連したものであって、わたしたちの言語とはまったく相違しているのである》。」

「これはすなわち、人はエティックな(行為当事者の)問いから出発して、イーミックな(観察者の)答えをめざるということである、とギンズブルグは言う。」

「ギンズブルグによると、「わたしたちの言葉」と「彼らの言葉」のあいだには相違が存在することに注意深くあるなら、そのときには歴史家が感情移入と腹話術という二つの罠におちいるのを防止してくれるはずなのだった。」

「それだけではない。イーミックとエティックの区別について意識するようになれば、それは歴史家たちがエスノセントリック(自民族中心主義)なバイアスから身を解き放つ手助けにはなるかもしれない、ともギンズブルグは言う。そして、これはグローバリゼーションによって形づくられている世界にあってはますます喫緊のものとなりつつある課題なのであって、歴史家たちはこの挑戦を受けて立たねばならないのだ、と。」

(上村忠男『ヴィーコ - 学問の起源へ』〜「結語」より)

「ヴィーコの魅力の秘密はどこにあるのだろうか。答えは人によってさまざまであろう。が、わたしがとりわけ惹かれたのは、本論のなかでもうち明けておいたように、「学識の錯誤」ないしは「学者たちのうぬぼれ」いたいするヴィーコの自戒をこめた批判であった。ヴィーコが「学識の錯誤」ないしは「学者たちのうぬぼれ」と呼んでいるものは、学的な世界把握一般にはらまれる理性主義的錯誤の危険性のことであると受けとってさしつかえない。そのような危険性についての透徹した自覚かた出立して、ヴィーコの学は展開されている。いいかえれば、ヴィーコの試みはたしかにひとつの新しい学を基礎づけようとする試みでありながら、同時にそこには、そうした基礎づけの試み自体をたえず自ら反省に付そうとする姿勢が認められる。この点にわたしはなによりも魅了されたのである。」

(上村忠男『ヴィーコ - 学問の起源へ』〜「第1章ヴィーコの懐疑」より)

「ヴィーコは述べている。————聞き手の心をつかまえるということにおいて、クリティカ主義者たちはこう主張する。たとえ雄弁によって魅惑的な言葉を吹き込んで聞き手の心を制してみても、それらの言葉が消え失せるととともに聞き手の心も元の状態に戻ってしまうのであってみれば、真の論拠を提示して、理性と分かちがたく結びついた暴力を聞き手の頭にくわえるほうが、どれほどよいことか、と。しかし、雄弁に属することがらはすべて頭とではなく心と関係があるとしたら、どうするのか。「なるほど、頭はそれらの真理の繊細な網によってとらえることができるだろうが、心はこれらの雄弁のどっしりとした機械によってねじ伏せるしかないのである。」
 頭と心。これらによってヴィーコが具体的に思い描いているのは、一方では賢者であり、もう一方では民衆である。そして、雄弁とは「人々をして義務を果たすべく説得する能力」のことをいうが、いまヴィーコはこの力を行使すべき対象として想定してるのは民衆であって賢者ではない。というのも、弁論家が説得の目的を達成することができるのは聞き手の心のうちにそうした義務へと向かう気持を起こさせるのに成功するときであるが、賢者は自分の意志によってそのような心境を自身のうちに生み出す術を心得ているから、賢者には雄弁をふるうまでもない。
 しかし、民衆はといえばどうか。「民衆は、欲望によってしかとらえることができず。奪い去ることができない。ところでまた、欲望というものは、いつも騒々しくて落ち着くことを知らない。そして、じつのところ、それは心の汚れのようなものであって、身体の病に感染しており、身体の本性に従っているので、身体的なものによってしか動かない。」
 したがって、民衆になにものかへの愛を生じさせるためには、なによりもまず「身体的なものの形象をつうじて」民衆の心をとらえる必要がある。まさにこの点にこそ、雄弁の果たすべき第一の任務と意義があるのである。というのも、民衆がひとたびなにかを愛するようになれば、つぎにそれを信じるよう導いていくことは容易であろうから。そして、民衆がひとたびなにかを愛し信じるようになりさえすれば、あとは民衆の心のうちに情念の火を燃え立たせ、民衆のいつもながらの無節操ぶりをうまく利用して、自分が愛し信じているものを意志するように仕向けていけばよいのである。
 欲望に翻弄された民衆。身体から伝染病を移され、身体的なものによってしか動かされなくなった心をもつ民衆。————この民衆の世界、この堕落した人間の自然本性の世界の奥深くに、いま四十歳のヴィーコは降り立とうとしている。キケロが『アッティクス宛て書簡集』で揶揄している「まるでロムルスの汚水溜めではなくて、プラトンの国家に住んでいるかのように語る」哲学者とは逆に、ヴィーコが必要としているのは、あくまでロムルスの汚水溜めのなかにあって、ロムルスの汚水溜めのなかにあることを自覚しつつ、しかもロムルスの汚水溜めそのもののうちにプラトンの国家にいたりうる道、つまりは自然のうちなる法を発見することなのだ。」

◎カルロ・ギンズブルグ『恥のきずな』【目次】
序言 日本の読者へ
I
第1章 霊となって旅する――フリウリからシベリアまで
II
第2章 目で見ることのできないテクスト、目で見ることのできるイメージ
第3章 微細な差異について――エクフラシスと鑑定
第4章 家族的類似性と系統樹――二つの認知メタファー
第5章 民族文献学――二つの事例研究
第6章 オライオンと会話する
III
第7章 恥のきずな
第8章 文字は殺す――「コリントの信徒たちへの手紙 二」三・六のいくつかの含意について
第9章 「神はカトリックではない」
第10章 モンテーニュの秘密
IV
第11章 デ・マルティーノ、ジェンティーレ、クローチェ――『呪術的世界』のある頁にかんして
第12章 『世界の終わり』に向かって
第13章 カルヴィーノ、マンゾーニ、灰色の地帯

付論 イーミックとエティック――距離をとることにかんするギンズブルグの省察 上村忠男
編訳者あとがき

○カルロ・ギンズブルグ
(Carlo Ginzburg)
歴史家。1939年、イタリアのトリーノに生まれる。ピサ高等師範学校専修課程修了。ボローニャ大学・近世史講座教授、カリフォルニア大学ロスアンジェルス校教授を経て、ピサ高等師範学校教授。著書『夜の合戦——16-17世紀の魔術と農耕信仰』(上村忠男訳、みすず書房1986[原著1966])『チーズとうじ虫——16世紀の一粉挽屋の世界像』(杉山光信訳、みすず書房1984、《始まりの本》2012[1976])『神話・寓意・徴候』(竹山博英訳、せりか書房1988[1986])『闇の歴史——サバトの解読』(竹山博英訳、せりか書房1992[1989])『裁判官と歴史家』(上村忠男・堤康徳訳、平凡社1992[1991])『ピエロ・デッラ・フランチェスカの謎』(森尾総夫訳、みすず書房1998[1994])『ピノッキオの眼——距離についての九つの省察』(竹山博英訳、せりか書房2001[1998])『歴史・レトリック・論証』(上村忠男訳、みすず書房2001[1999])『歴史を逆なでに読む』(上村忠男訳、みすず書房2003)『糸と痕跡』(上村忠男訳、みすず書房2008[2006])『ミクロストリアと世界史——歴史家の仕事について』(上村忠男編訳、みすず書房2016)『政治的イコノグラフィーについて』(上村忠男訳、みすず書房2019[2015])『それでも。マキァヴェッリ、パスカル』(上村忠男訳、みすず書房2020[2018])ほか。

○上村忠男
(うえむら・ただお)
1941年兵庫県尼崎市に生まれる。1968年、東京大学大学院社会学研究科(国際関係論)修士課程修了。東京外国語大学名誉教授。学問論・思想史専攻。 著書『ヴィーコの懐疑』(みすず書房、1988)『バロック人ヴィーコ』(同、1998)『歴史家と母たち——カルロ・ギンズブルグ論』(未來社、1994)『ヘテロトピアの思考』(同、1996)『超越と横断——言説のヘテロトピアへ』(同、2002)、『歴史的理性の批判のために』(岩波書店、2002)『グラムシ 獄舎の思想』(青土社、2005)『韓国の若い友への手紙』(岩波書店、2006)『無調のアンサンブル』(未來社、2007)『現代イタリアの思想をよむ——〔増補新版〕クリオの手鏡』(平凡社、2009)『ヴィーコ——学問の起源へ』(中公新書、2009)『知の棘——歴史が書きかえられる時』(岩波書店、2010)『カルロ・レーヴィ『キリストはエボリで止まってしまった』を読む——ファシズム期イタリア南部農村の生活』(平凡社、2010)『ヘテロトピア通信』(みすず書房、2012)『ヴィーコ論集成』(同、2017)ほか。訳書 C・ギンズブルグ『夜の合戦』(みすず書房、1986)『裁判官と歴史家』(共訳、平凡社、1992)『歴史・レトリック・立証』(みすず書房、2001)『歴史を逆なでに読む』(同、2003)『糸と痕跡』(同、2008)『ミクロストリアと世界史——歴史家の仕事について』(同、2016)、G・B・ヴィーコ『学問の方法』(共訳、岩波文庫、1987)『新しい学』全3冊(法政大学出版局、2007-08)、U・エーコ『完全言語の探求』(共訳、平凡社、1995)、J・メールマン『革命と反復』(共訳、太田出版、1996)、G・C・スピヴァク『サバルタンは語ることができるか』(みすず書房、1998)『ポストコロニアル理性批判』(共訳、月曜社、2003)『ある学問の死』(共訳、みすず書房、2004)、A・グラムシ『知識人と権力』(みすず書房、1999)『新編 現代の君主』(ちくま学芸文庫、2008)、M・プラーツ『バロックのイメージ世界』(共訳、みすず書房、2006)、G・アガンベン『アウシュヴィッツの残りのもの』(共訳、月曜社、2001)『瀆神』〈共訳、月曜社、2005)『残りの時 パウロ講義』(岩波書店、2005)『幼児期と歴史』(岩波書店、2007)『例外状態』(共訳、未來社、2007)『言葉と死』(筑摩書房、2009)『いと高き貧しさ——修道院規則と生の形式』(共訳、みすず書房、2014)『身体の使用——脱構成的可能態の理論のために』(みすず書房、2016)『哲学とはなにか』(みすず書房、2017)、A・ネグリ『アントニオ・ネグリ講演集 上・下』(監訳、ちくま学芸文庫、2007)、バーバ/ミッチェル編『エドワード・サイード 対話は続く』(共訳、みすず書房、2009)、B・クローチェ『ヴィーコの哲学』(未來社、2011)、E・パーチ『関係主義的現象学への道』(月曜社、2011)、G・ヴァッティモ『哲学者の使命と責任』(法政大学出版局、2011)、B・スパヴェンタ/B・クローチェ/G・ジェンティーレ『ヘーゲル弁証法とイタリア哲学』(月曜社、2012)、M・カッチャーリ『死後に生きる者たち』(みすず書房、2013)、D・ストーン『野蛮のハーモニー──ホロコースト史学論集』(みすず書房、2019)、プラーツ『生の館』(共訳、2020)ほか多数。

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