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長田 弘『私の好きな孤独』

☆mediopos2705 2022.4.13

長田弘の言葉は静かだ
そして詩もエッセイのようであり
エッセイも詩のような
ポエジーに満たされている

本書のタイトルは『私の好きな孤独』で
ウォールデン湖のほとりの森を散歩(Walk)する
ソローの「孤独」をイメージさせながらも
「日々の付き合い、なりわいの内にひそむ
明るい孤独と静けさのなかへみずから入ってゆく」
そんな散歩(Walk)だ

そして散歩(Walk)ゆえに
そこで使われている言葉は
奇を衒わない「誰にでもわかる言葉」であり
「丁寧に、慈しむように並べ」られていく
そしてそこにポエジーが香る

昨今の論理国語と文学国語といった二分法からは
もっとも遠いポエジーである

文学的な文章とされていても
ポエジーのない文章はあり
論理的な文章とされていても
ポエジーにあふれる文章はある

あえて二つにわけるとすれば
ポエジーのある文章と
ポエジーのない文章とにわけたほうがいい
そしてポエジーのない文章は読むに値しない

それはひとりでいても
孤独であるとはかぎらず
ひとのなかにいても
孤独でないとはかぎらないようなものだ

孤独に必要なのは心の静けさだからだ
どんな場所にいても
心の湖面に静かな風がふくときの
波紋のひろがりを感じられるように
散歩(Walk)しているようなそんな

■長田 弘『私の好きな孤独』

 (潮文庫 潮出版社 2022/4)

(「おぼえがき」より)

「孤独はいまは、むしろのぞましくないようなものにとらえられやすい。けれども、孤独がもっていたのは、本来はもっとずっと生き生きと積極的な意味だった。そのことを思い出させるのは、ウォールデン湖のほとりの森に独り暮らして、『森の生活』を著した北米十九世紀の詩人思想家のヘンリー・デイヴィッド・ソローの遺した言葉だ。

 この世の在り方の問題をみずから率直なものにするのが孤独。ソローは日記にそう誌している。ソローにとって、そのような明るい孤独をくれるものだったのは、散歩だった。日々の付き合い、なりわいの外にある、岩や樹や草や雪でできた自然の孤独と静けさのなかへ、みずから入ってゆくことを、ソローは散歩(Walk)とよんだ。

 『私の好きな孤独』は、ウォールデンのソローの後姿を絶えず想い起こしながら、ただしソローとは逆に、日々の付き合い、なりわいの内にひそむ明るい孤独と静けさのなかへみずから入ってゆく、エッセー=散歩(Walk)の書として書かれた。」

(「夏の夜の眠り」より)

「絶対にこれはよいと言えるものなんて、もうなくなってしまったのだ。すべては表があれば裏がある。よいものはわるいものであり、恋するものは裏切るものだ。「神は死んだ」と叫んだのはドイツの哲学者だったが、その哲学者が死んだとき、神はうれしそうに「哲学者は死んだ」と言ったそうだ。

 神ですらそんなつまらない冗談しか言わなくなってしまったのが、わたしたちの時代だと言うべきんなのか。けれども、実を言えば、わたしには、たった一つだけれども、絶対にこれはよいと言えるものが、まだあるのだ。眠りだ。眠りだけは、わたしにいまなお絶対によいと言えるただ一つのものである。眠れると知るとき、わたしは一瞬にして幸福になる。いそいそと、眠る。」

(「人生はおもしろいか」より)

「路上の歌をうたう詩人たちの歌には、何にも比すべきものがない魅力がある。耳を純潔にし、肺臓をきれいにし、口臭をぬぐいとってくれるような言葉が、そこから聴こえる。

 いまはこむらがえりした言葉が多すぎるのだ。こむらがえりにやられたら、まず二本足でじっと立ってみることが肝心だ。言葉がこむらがえりしたきりの時代のどこかに二本足でじっと立つ、「盲目の歌うたい」の詩人たちがいる。そう考えるとはげまされる。

 一度聴きはじめると、繰り返し聴き込んでしまう。そんな長い——ときには半日も聴いてしまうことがある——一人だけのコンサートの最後の歌は、いつも決まっている。ボリス・ヴィアンの「戦争嫌い」だ。

(…)

 ジャズ・トランペットを吹きまくり、言葉で悪い時代をとことんからかい、『日々の泡』というおそろしく素敵な小説を書くと、あっという間もなく三十九歳で急死してしまった。路上の歌うたいにふさわしい、こんな問いかけだけをわたしたちの耳に遺して。

  きみの人生はおもしろいか。きみの人生は生き生きとしているか。

  ぼくは断固として、この二つの質問をきみに提出する。」

(「曲がり角」より)

「曲がり角は神さまのものではない。なぜならそこは、先が見えないところだからだ。先が読めない。さりげなく見える曲がり角でも曲がってみるまでその先はわからない。

 角を曲がってはじめて、どんな道にでてきたか、どんな街にまぎれこんだのか、はっきりわかるのだ。角を一つ曲がっただけで、考えもしなかた状景のなかへはいりこんでしまう。」

(「ライク・ア・ローリング・ディラン」より)

「おなじ歌を繰り返しうたう。けれども、二度とけっしておなじにうたわない。おなじ一つの歌が、うたいかえされるたびに、そっくりちがった歌になる。聴くたびに新しくなる。歌はおなじだ。おなじ歌だけれども、どれもがおよそちがった歌だ。ちがった歌であって、しかもおなじ一つの歌である。

 ボブ・ディランの歌はそうした歌だ。繰りかえしをおそれない。どこかに希望という代物が手つかずにころがっているというわけではない。日々繰り返しだ。繰りかえしをおそれて何ができるだろう。繰りかえしをちゃんとじぶんに引きうけることができるのではなければならない。新しい歌なんてものはない。歌は古い。夢も古い。古い歌を思いがけない仕方で、いま、ここにさらに新しくすること。古いしっかりした材木で新しい家をつくるようにだ。」

(大井浩一「解説/耕す人、爽やかな倫理」より)

「長田弘は不思議な詩人である。一九三九年の生まれ。世代的には「六〇年代の詩人」と呼ばれる一群の詩人たちと同じだが、雰囲気が少し違う。

(・・・)

 確かに長田の詩は、六〇年代詩人の作品がもつ強烈なイメージや疾走感、尖鋭な実験性といったものと一線を画しているように見える。同じ空気を吸ったはずなのに、素朴な、誰にでもわかる言葉を使い、それらを一つ一つ丁寧に、慈しむように並べていく。」

「この人が作品に盛る生活思想、あるいは生き方の態度は、詩とエッセーで違わないと確認できる。詩人にとって孤独や沈黙は悲しいものでもさびしいものでもない。むしろ孤独や沈黙のなかにこそ豊かな出会いがあり、時間や空間を超えた対話がある。孤独であることの逞さ、という言葉も浮かぶ。

 そのような長田弘の思想と態度は、現代の詩のありように対する姿勢と別のものではない。東西のさまざまな文学作品からの自在な引用(自らの翻訳を含む)は、彼にとっての重要な方法だったが、七五歳で逝去する直前に刊行された『長田弘詩集』(二〇一五年)の巻末に、自身によると思われるこういう記述がある。

  詩人は言葉の製作者ではなく、言葉の演奏家である。詩法の主要な一つは引用、それも自由な引用であり、変奏、変形、即興であることが少なくない(以下略)。

 ここには、ひたすら新奇な表現、オリジナルの創作物を追い求めつづけた近代以降の詩に対する、この詩人の粘り強い反抗の姿勢が見て取れる。」


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