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視線、Martha Skye Murphyについて知っているいくつかの事と思う事


Martha Skye MurphyのYours Truly、このEPは本当に素晴らしい。美しい声にピアノ、空間に残り続ける静かな感情、陰鬱な短編映画のように暗い影が落ち、頭の中にある種の映像が浮かび続ける。決して幸せになることはない、確信に近いそんな予感を抱かせながら淡々と時間は進む。青白い顔、見つめる視線、映画の技法はそこに意味を生じさせ、Martha Skye Murphyは声とピアノでそれをやる。余白がこんなにも美しく意味を持つ音楽はそうはない。

EP全体が一つの作品として成立しているというか、これはアルバムのボリュームでは出来ない表現なんじゃないかってそんな事すら思う。一つの流れの中で同じテンションで最後まで行くにはこの20分という時間がちょうどいいんじゃないかって。

デンマークのCTM(Cæcilie Trier、Marching Churchのアルバムにもチェロで参加している)のSuite for a Young Girlみたいな音楽がもともと大好きだったっていうのもあるのかもしれないけど(あれもレコードの片面だけ、21分のアルバムだった)Martha Skye MurphyのこのEPは本当に素晴らしいと思った。短編の傑作映画みたいなそんな雰囲気があって、見えはしない映像美がそこにあるようなそんな感じで……。

これはもう今年のベストEPだな。Jockstrapと争ってMartha Skye Murphyが受賞する頭の中の映画賞、Jockstrapはもっと俗っぽく、Martha Skye Murphyはより高尚で、どちらも素晴らしかったのですが……とでっちあげられた記者が言う。

僕がMartha Skye Murphyの存在を最初に知ったのはSlow Danceが毎年出しているコンピレーションアルバムで、19年の年明け早々、Black Country, New Roadのヴォーカル Isaac WoodのプロジェクトThe Guestを見つける過程で発見し、そこからたぐって同じくSlow DanceからリリースされていたHeroidesを聞き一気にはまった。

サウスイースト・ロンドン出身でコンピレーションに入っていることからもわかるようにSlow Danceの輪の中にいた人みたいだけど、そこから情報を集めてわかったのは以下のこと。

・ケンブリッジ大学で美術史を専攻

・父は写真家、母はデザイナーという芸術一家に育ち、アートワークは妹が手がける

・2013年のNick Cave & The Bad SeedsのアルバムPush the Sky Awayにおいてバッキングコーラスを務めワールドツアーにも参加

短絡的な考えだけど、写真家だった父の影響があって、それでこんなにも映像が見えるような音楽なのかと納得した。そうじゃなくても妹のCeidra Moon Murphyの手がけるアートワークが素晴らしく、自身も大学で美術史を専攻したというのもあって、そういう部分から考えても音楽の先、あるいは元にヴィジュアルがあるのは間違いないのではないかと思う。

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そしてビデオが凄い。

サウスロンドンの姉妹ユニットWaterbaby(こことも繋がるんだな)が作ったSelf Tapeのビデオを見ると美しいと思うのと同時にちょっと怖くなって目を反らしたくなる。これはある種のホラー。よく映画に鏡を見つめるシーンが出てくるけれど、見つめるという行為がどんな意味を持つのか?そこに何が映っているのかと考え始めると怖くなる。鏡の向こう、メイク、誰かの影響下に自分があるということ、自分のイメージが誰かに作り上げられているみたいな感覚に陥るし、それと同時に自分自身も誰かを見て、そのイメージを積極的に取り込んでいるみたいな気分にもなる。
そこで音楽が鳴り、それが意味を連れて来て、言いようのない不安が押し寄せる。美しいホラー映画みたいな音楽と、そしてイメージ。

監視カメラの記録映像みたいなBlack Eyeのビデオ(これは去年のリリース)を見た時にも思ったけれど、Martha Skye Murphyは自分の知らないところで誰かに見られているという他者の視線をことさら意識しているんじゃないかと思う。そして今は日常的に自分がどんな人間かそれだけで判断されるということもある。言葉に書き込み、写真にビデオ、デジタルの世界で自分の形を作るもの、音楽は昔の映画のサウンドトラックみたいにクラシカルなのに感覚は今のネット時代のそれで、そういうズレにとても惹かれる。ただ美しいだけではなくてそこにある種の恐れもあるような気がするから。

だからこそSlow Danceの輪に入っていたんだろうなとも思う。地理的な条件だけではなくて、感覚的なつながり、よく言われる今のロンドンシーンはジャンルの垣根を越えてというやつがこうやって形になって表れる。

Slow Danceの話をすると、自分たちの芯をしっかり持ちながら好奇心旺盛に心惹かれるものを貪欲に取り入れるその姿勢が本当に凄いと思うし憧れる。いいと思う理想の形が一つじゃないから、こうやって色んな要素が交じりあい変化していく。ストリーミング時代になってジャンルの垣根がなくなったとか低くなったとかよく言われるけれど(全てのジャンルは隣にありアルゴリズムによって混ぜられる)それは何も音楽のジャンルに限った話ではなく、本や映画やその他の活動全てがそうで、はっきりとした線が引かれずに今では一つの世界として現れる。それはつまりインスタグラムのアカウントの中で起こっていることと同じもので、つまり……と、ごちゃごちゃ考えて意識はまたMartha Skye Murphyのビデオに戻る。この辺りの話はちょっとBlack Country, New Roadにも通じる気がする(好奇心と言うか、気になる部分が似ている感じ。それこそBC,NRはもっとずっと俗っぽくそれをやっているけれど)。

プロデューサーはEx:Reにも関わっているFabian Prynn。その縁もあってかロンドンの4AD studioで録音されている(Fabian Prynnは4ADの社内プロデューサー/エンジニアらしいけど、4ADからこのEPはリリースはされていない)。

Nick Caveとはどんな風に繋がったんだろうか?インタビュー記事を読んだら9歳の時に両親の知り合いの映画監督にCat PowerのFreeを唄っている音源を聞いてもらう機会があって、それで映画の音楽を担当しているNick Caveがオープニングの曲に子供の声を入れることを望んだという流れだったと書いてあった。このことで縁が出来、2013年のアルバムPush the Sky Awayに参加することになったみたいだ。

この記事にはケンブリッジを卒業後、大学の友達と劇団を立ち上げたりもしたという記載もある。育った環境も大きいのか、色んな要素が混じり合っているというのは音楽を聞いていてもなんとなくわかる。

芸術一家に育ち、チャンスにも恵まれて、ポップカルチャーの中にその意識を落とし込む、こういう方向からのアプローチだからこそ射抜けるものもきっとある。単一の要素じゃないからこそ深みが生まれ、イメージとイメージが結びつき意味が創造される、表現の一つの形。いくつもの層の重なり合いが世界を生む。

なにはともあれMartha Skye MurphyのYours Trulyは本当に良い。これが2020年のベストEPだってそう思い目を閉じまぶたに物語を映し出す。

そんな感じの、これは体験。





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