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少年時代

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本作は井上陽水さんの「少年時代」をイメージしたオリジナルショートストーリーです。歌詞とは一切関係ありません。

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俺が空き巣で身を立てるようになって5年。足を洗おうと毎回思うが、じゃ明日っから飯はどうすんだ⁈といつも内なる声に負けちまう。
さてと… 今日の家はここだ。蜩が鳴きだす前にさっさと片付けちまおう。古い屋根つきの門扉を開けたとき中から声がした。マズい。すると

「秀夫〜、帰ったのか〜」

聞き覚えのある声。

は…⁈ なんだ⁈

「お〜い、秀夫〜 何してる!早く上がれ」

 間違いない… じいちゃんだ。

俺は頭が真っ白になった。続けて

「秀夫、ご飯食べたかい?」

今度はばあちゃんの声。姿は見えない。俺は二人に会いたくて部屋の中を探し回ったがどこにもいない。縁台に腰掛けて目を閉じた。同時に涙が頰をつたう。両親を早く亡くし、じいちゃんばあちゃんが必死になって育ててくれたこと、ビデオを高速で巻き戻したように記憶が一気に蘇る。早起きしてじいちゃんとカブトムシ採ったな。花火で火傷してばあちゃんが一晩中タオルで冷やしてくれたっけ。なんで俺には親がいないんだよ!!と二人に当たり散らし何度困らせたことか。でもいつだって見守ってくれた。優しいその眼差しに背を向けて家を出た俺をどれだけ心配したことだろう。
そしていつまで心配かけるつもりだろう…

寂しさを紛らしたくて変な連中と連むようになってから路地裏ばかりを見て暮らしていた。前だけ見て暮らせばいい、後ろは振り返るな。俺は前だけ見て暮らしてきた。だから昔を忘れようと後ろは振り返らなかった。でもそうじゃなかった。明るい太陽のある方が前なんだ。俺はずっと後ろ向きで歩いていたんだな…

気づくと俺は声をあげて泣いていた。
ハッとしてあたりを見回すとそこは空き家だった。懐かしさとやるせなさで子供のように泣きじゃくった顔が夕陽に照らされて人気のない格子窓に映った。そしてなぜか晴々とした気持ちで俺は空を見上げた。
どこかで蜩が鳴いている。

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蜩の影を送りし夏間暮れ我束の間の記憶辿りて

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