見出し画像

『蚯蚓と花』

『蚯蚓と花』【超短編小説 089】

春の朝、眠りから覚めた美咲は、自らの身に起きた異変に気付いた。彼女の肉体は、なんとミミズへと変貌していたのだ。恐怖と混乱に包まれながらも、彼女は何が起こったのかを必死に理解しようとしていた。部屋の中は、一筋の朝日が差し込む静けさに包まれていた。外からは子供たちの無邪気な声や鳥の囀りが聞こえてきたが、それは美咲にとっては別世界の出来事のようだった。

彼女の母が部屋に入ってきて、「美咲、学校に遅れるわよ」と声をかけたが、ミミズとなった美咲は応えることができなかった。彼女は自らの存在を隠し、部屋の隅に身を潜めた。母親が部屋を出た後、彼女はひそかに家を抜け出し、学校へと向かう道を這い始めた。

しかし、道の真ん中で、走り回る小学生に踏まれてしまった。その衝撃で彼女の体は真ん中から分断され、半分を失った。痛みは感じなかったが、彼女の動きは以前よりもずっと鈍くなっていた。そのまま道端に残された美咲は、人間の世界が遠く感じられる中で、過去の記憶を呼び戻そうとした。

夕暮れ時、彼女は何とか家に戻り、家族の団欒を遠くから眺めた。彼らの笑顔や会話が、かつての彼女の記憶を呼び覚ます。しかし、その感情も次第に薄れ、彼女の心は徐々に虚無に満たされていった。

ある夜、美咲は突然、自らがミミズに変わった原因を思い出した。数週間前、友人たちと訪れた古い神社でのことだった。彼らは「ミミズの呪い」という都市伝説を話しており、神社の裏にある古い石碑に触れると呪いが発動すると言われていた。美咲は友人たちの挑発に乗り、石碑に手を触れてしまっていたのだ。

その夜、美咲は奇妙な夢を見た。夢の中で彼女はミミズになり、巨大な世界を這い回っていた。目覚めた時の感覚はあまりにもリアルで、深い不安を感じていた。そして今、彼女は本当にミミズになっていたのだ。

満月の夜が近づくと、美咲は呪いを解く鍵を思い出した。ミミズになって最初の満月の夜に石碑に再び触れれば元の姿に戻れるという言い伝えがあったことを。彼女はその夜を待ちわび、満月の夜、なんとか神社へと這い戻ることを試みた。

しかし、彼女の思考はもはや以前のものではなかった。ミミズとしての生活に慣れ、人間としての思考力が奪われていた。美咲は神社への道を思い出そうとしたが、その記憶は霧のように遠く、手がかりをつかむことができなかった。

彼女は何度も迷い、結局、石碑へたどり着くことはできなかった。元の姿に戻る最後のチャンスを逃し、美咲の人間としての意識は完全に消失した。夜が更け、静寂が彼女を包む中で、美咲はただのミミズになった。


《最後まで読んで下さり有難うございます。》


僕の行動原理はネガティブなものが多く、だからアウトプットする物も暗いものが多いいです。それでも「いいね」やコメントを頂けるだけで幸せです。力になります。本当に有難うございます。