超短編小説 046
『親友』
「親友とは?」
数年前ならばこんな議論が交わされていただろう。
しかし今はそんな議論は起こらない、なぜならば「親友」というものに明確な定義ができたからだ。
「親友」とは、適法に「親友届」を提出している個人と個人のこと。(親友法 第一条)
この通り、「親友」とは役所に届け出を出すことによって当人や世間から認められるものとなった。届け出なしに誰かを「親友」と言ってはならないのである。
この法律が原案されてから施行されるまで、世の中は様々な議論が沸き起こった。圧倒的に反対派が多かったのを記憶している。「誰が得するのだ」「もっと先に考えることがあるだろう」「誰も利用する人間はいない」「役所の仕事が増える」等々ネガティブな意見が先行した。
しかし、施行されて3年経った今、届け出率は全国民の6割にも上った。思った以上に「親友届」を必要としていた人がいたのだ。最初は一部のインフルエンサー達が、『「親友届」出してみました』という軽いノリに影響された若者たちが、公に認められた「親友」関係を結ぶことに躍起になっていた。
「親友届」提出による、「親友」関係は「婚姻」関係と近いものがあった。
大きく違うのは、「提出に年齢制限は無いこと」「性別不問であること」「親友間における義務は無いこと」。「親友」関係は比較的自由な関係であったが、「どちらかの扶養になれること」「住民票に続柄記載」「相続の権利」などの選択をすることも可能であり、事実婚や同性婚よりもメリットが大きかった。
最初は、若者たちの届け出が多かったのだが、次第に年配の人々の届け出が増えてきたのである。
核家族化した世の中で、長年連れ添った相手と死別して、独り身になった人は一人暮らしを余儀なくされる。周りの知り合いと交流を持ったり、同じく独り身の友達と助け合いながら暮らしていくのだが、突然、具合が悪くなったり、病院に運ばれたときに親族がいなかったり、遠方でこれなかったする。場合によっては処置が遅れてしまうこともある。
独り身同士の男女であれば再婚という方法もあるが、同性同士の友達や、一方に家族がいる場合、再婚は出来ない。それに死別した相手との「婚姻」関係を離れる行為は悲しいし、望まない人もいる。そんなときに「親友」関係を結ぶことによって、孤独から解放され、生活を安心して送れるのだという。「親友届」は「婚姻届」同様に重ねて提出してはいけないが、「婚姻届」と「親友届」は重複してよかった。
老若男女に関係なく身寄りがない人は増えている。孤独死や無縁仏をこれ以上増やさないための法律でもあった。
そして、僕の父も今日、役所に「親友届」を提出しに来ていた。僕は付き添いとして一緒に来ていた。
母は8年前に病気で他界した。それから父は一人暮らしをしていて、毎日、コンビニ弁当を食べる生活だったが、ある日、父のために弁当を作ってくれる人が現れた。卓球クラブで知り合った父より10歳くらい年下の女性で、父が卓球を指導したのがきっかけとなり、父の生活を気にしてくれるようになったのだ。女性には家族があり、夫と成人した息子がいたが、週に3回は弁当を作ってくれた。たまにふたりで飲みに行くこともあるが、その関係はまさに「親友」だった。僕も、女性の家族も公認の。
2ヶ月前に父から話がしたいといわれ実家に行くと、父は「「親友届」を出そうと思う。彼女も承知してくれた。」と言い、そして「お前はどうだ、いいか?」と聞かれた。正直驚いた。「親友届」を少し軽く見ていたので、まるで「再婚します」みたいな父の言い方が、僕を緊張させた。
「僕はいいよ、相手の家族はなんて?」
「ありがとう、相手の家族には明日、話をしに行く。」
次の日の夕方、父から「相手の家族も了承してくれた」と連絡が来た。なんだか少しほっとした。
役所の前には、相手の女性とその夫と息子家族が先に来ていた。僕と父は、にこやかに挨拶をしてみんなで窓口に向う。みんなが見守る中、ふたりは「親友届」を無事提出することが出来た。僕らの小さな拍手が起こり、嬉しそうな父の姿をみて僕は少し涙した。
ひとり息子の僕にとって独り身の父は常に心配の対象だった。それは仕方のないことだが、これからは父に「親友」ができたことでなんだか心が軽くなった。
僕も大学の時に「親友届」を提出した。僕の「親友」は同級生だった男だ。いまは海外で仕事をしている。遠距離「親友」だが、お互い「親友」がいることを心強く感じている。
今日、父に「親友」ができたことを、彼に報告して役所の前で撮った集合写真を送った。直ぐに返事が来た。
「親友とはいいものだ。おめでとう。」
《最後まで読んで下さり有難うございます。》
僕の行動原理はネガティブなものが多く、だからアウトプットする物も暗いものが多いいです。それでも「いいね」やコメントを頂けるだけで幸せです。力になります。本当に有難うございます。