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超短編小説 040

『あなたからのキスは届かない』

♠︎「僕はね、タイムトラベルも一目惚れも信じていなかったんだよ、君に会うまでは」

♡「私も、一目惚れなんて信じていなかった。しかも100年前の男の人に惹かれるなんて」

ふたりには時間が無かった。遠隔オペレーションにより彼女の体の下半分はもう100年後の未来に戻っていた。

お互いの体を強く抱きしめ合うふたり。

顔と顔を寄せ合い、そして唇が触れ合う瞬間。

彼の前から彼女が、彼女の前から彼が、消えた。

♠︎ 彼女が僕に残した腕輪はおでこに当てるとまぶたの裏に地図が浮かび上がる。そのまま目を開ければ残像のように視界に地図が現れてナビをしてくれた。ナビに従って100年後の彼女が住むことになる街に行ってみた。

♡ 彼が目の前から消えてしまった。わたしは叶わなかった口づけの感触を求めるように下唇に指先を当てたまましばらくぼう然と立っていた。「必ず君のもとに行くからね」彼の最後の言葉がまだ頭の中でリフレインしている。

♠︎ 彼女の腕輪のナビに従って街に来てみると。一軒の家にたどり着いた。ぼくは彼女につながるヒントはないかと、少し怪しげに家の中を覗いてみた。すると小さな犬がぼくの足元に飛んできて吠えた。犬のリードを視線で辿り、飼い主に目をやった。

♡ 彼の最後の言葉は嬉しかった。私達の思いも彼のあの言葉も本気だった。しかしどうやって私のもとに来てくれるのだろう?どうすれば、あなたからのキスが届くのだろう?ずっと考えながら家に戻った。すると庭の枇杷の木の根本に紐が巻いてあった、今まで気付かなかった紐。

♠︎ ぼくは人生で二度目の一目惚れをした。犬の飼い主は、今さっき未来に戻った彼女と瓜二つだった。思わずタイムトラベルの話をしてしまったが、彼女は突拍子もないぼくの話に大笑いをしたが、真面目にその彼女は自分では無いと説明してくれた。

♡ わたしが枇杷の木の紐を引っ張るとそれは地面の下まで続いていた。土を掘って紐の先を探していくと、手のひらサイズの缶の箱が埋まっていた。掘り起こして缶を開けてみる。紐の正体は犬の首輪についていたリードであった。そしてもう一つ、古い写真が入っていた。

♠︎ 写真の裏にメッセージを残した。「君に会えるのを楽しみにしているよ。」ぼくと妻との結婚式の写真。彼女が去った日に出会った彼女との結婚式。その写真を犬の首輪とリードと一緒に缶に入れて埋めた。この缶が未来の彼女に届くことを祈りながら。

♡ 写真は100年前のあなたと、わたしにそっくりな女性との結婚式の写真だった。そう言えばお父さんがお父さんのお婆ちゃん、つまりわたしのひいお婆ちゃんはわたしにそっくりだって言ってたことを思い出した。
あなたからのキスは届かない。でもそれで良かった。

ふたりの間に奇妙な秘密が生まれた。“キスをしなかった”という奇妙な秘密。

♡ わたしは写真の中の笑顔のあなたに優しくキスをした。これはわたしだけの秘密。

キス01

《最後まで読んで下さり有難うございます。》

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