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超短編小説 024

『touch』

私たちの時代には人との触れ合いというものが無い、人との触れ合いという概念すらない。ポッドと言われる個人の生活空間の中で、生まれてから死ぬまで何不自由なく暮らせるのだ。食事、睡眠、着るものなど日常生活も、学校も学習も、就職も仕事も、恋愛も結婚も、妊娠も出産も、診察も手術も、葬式も埋葬も、ポッド内で完結出来るのである。人類の進化はインターネットによるネットワークで全ての物事を繋げて人間は点となり、繋がるための移動は不必要になるところまで来ていた。人と人同士が接触することが無くなり、感染症、強盗や殺人事件を筆頭に、様々なトラブルがゼロに等しくなったのである。

現在では、まだ、人と人との接触が完全にできない訳ではなく、ある一定の裕福層はポッドの出入りは自由に行えて、直接接触を好む人もまだ一定数存在した。しかし、国や自治体によっては、人同士の直接接触は禁止されて、接触を行ったものに罰則を与える法律を制定しているところもあった。

広瀬メイは最年少で内閣入りした生活庁大臣である。生活庁では重要法案の提出を検討している大切な時期であった。その法案こそが、人同士の直接接触を禁ずる「接触禁止法」で、直接接触者によるトラブルが後を絶たない事に対する、防犯対策の要であると思われていて、実際他国では、この法案により、事件数が3年間ゼロだった事例もあった。

これだけ聞けば良いのであるが、「接触禁止法」にはデメリットもあり、何かしらのトラブルに巻き込まれた人を接触行為によって助けること、緊急救助が必要な人への接触行為を要する介助もこの法律に抵触する恐れがあり、接触した人、接触された人が共に罰則を受けなければならない可能性があるのである。

何かあれば直ぐに救護ロボットに連絡すればいいというのがこの法案の賛成者の言い分なのであるが、大臣の広瀬メイはイマイチこの法案に乗り気では無かったのである。この法案を国会に提出すれば可決されるのは間違いなかった。救護ロボットやポッドの開発運営会社や現社会を作り出した企業と、今の政府はとても強く繋がっていて、「接触禁止法」による恩恵が一部の企業と多くの政治家に与えられることが決まっていたからである。

メイは、要人のみが使用を許されている自動運転カーに乗っていた。万全なセキュリティの確保のため、国会と各省庁と主要メディアはネットワークを分断しているのでどうしても人間の移動が必要だったからで、3時間程度の移動は日課であった。

いつも通りの道で、メイのポッドまで、あと数メートルというところで「ドン!」という衝突音と激しい振動が起きた。メイは読んでいた書類を慌ててしまい、自動運転カーから降りて正面に回ってみた。すると自分よりも5歳くらい年下の青年が倒れていた。青年は肋骨のあたりを押さえて苦しそうにしていたが次第に意識が朦朧としてきているように見えた。

メイは急いで自分のポッドに青年を運び、医療ロボットに診断と治療を命じた。メイはこの時初めて人と触れ合った。メイの両親は庶民だったので、ポッドの出入りを許されず、自分の子供にさえ、触れることは出来なかったのである。

生身の人間の感触は想像よりも温かく、そして柔らかかった。緊急事態であるにもかかわらず、その青年に触れたいという思いが自分の中から生じていることに困惑していた。

医療ロボットは完璧である、1人に一台のポッドに内蔵されたロボットはその人の主治医でありいかなる怪我や病気にも対処できて、手術にしても投薬にしてもミスは無かった。

青年の怪我は、医療ロボットにより完全な処置がなされていたので、後は青年の回復力と時間の経過が必要なだけだった。が、メイは、患部の熱で少し苦しそうな青年に、いてもたってもいられず、何かで見たことのあるまねごとで、タオルを濡らし患部に当てて熱を冷ますという行為をやってみた。この時代ではやらなくなった、手当てという行為は今後違法行為になるかもしれない。

メイは分かっていた、自分が手当てをしなくても青年は回復して目を覚ますことを。しかしメイを動かしたものは、人間の本能であり欲求なのだということに気付いたのである。誰かが苦しんでいる時に手当てをしてあげるという本能と、自分が辛い時に誰かに手当てして欲しいという欲求。

青年は目を覚ました。そしてメイに「助けてくれてありがとうと」言った。
メイは「助けられたのは私の方です」と言って微笑んだ。

メイは「接触禁止法」に反対の意を表明した、
最年少大臣への国民からの人気は絶大で、民意のほとんどがメイの意見に賛同してくれた。その民意の力で、庶民のポッドの出入りも許可されることとなった。いずれ「接触禁止法」が可決される日が来るかもしれないが、やれる限り反対していこうと決意する事ができたのである。

メイが帰ると青年の姿はもう無かった。しかし伝言パッドにメッセージが残してあった。

「君の手当てと勇気に感謝します。父より」

メイは自動運転カーに乗りタイムマシン整備士である父の元へ向かった。

指と指01

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