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「Digital野鳥記」はじめます/平野伸明

こんにちは。映像作家の平野伸明です。

私は1997年に福音館書店から「野鳥記」という本をつくりました。初版以来20年以上たった今も版を重ねている、私の代表作とも言える本です。

そして2020年、今度はWebで新たな「野鳥記」を始めることにしました。題して「Digital野鳥記」です。静止画はもちろん、動画でもご紹介していきます。

まずは連載の前置きとして、簡単に1997年に刊行の「野鳥記」制作のきっかけをお話したいと思います。

「野鳥記」制作のきっかけは大和茂夫さんとの出会い


私が動物カメラマンとしてデビューしたのは、1982年の動物雑誌「アニマ」10月号に8ページにわたり掲載された「チョウゲンボウ 優しき猛禽」です。

アニマ1982

その2年後の1984年に私は平凡社から「小鳥のくる水場」という自身初の本をつくりました。この本は「ジュニア写真動物記」というシリーズの中の一冊で、このシリーズは確か数十冊も刊行されたと記憶しています。その中の12冊目が私の「小鳥のくる水場」でした。

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6月に刊行され、それから一か月後の7月、都内で開かれた「科学ジャーナリストの会」に誘われ、アニマの編集者と出かけていきました。

そこで福音館書店の科学書編集部の大和茂夫さんとお会いしたのです。大和さんは緊張する私に「おお~、君が平野君か。ぼくは君に会いたかった。あの『小鳥のくる水場』ね、あの本はいい本だよ。いつか一緒に本をつくろう。これからも頑張ってね!」と満面の笑みで語り掛けて下さったのです。

私はこの時のことを今でも鮮明に覚えています。以来、いつの日か、大和さんと一緒に本をつくれるよう、私は一生懸命撮影に打ち込んでいきました。

「小鳥のくる水場」はこちらで無料公開しています。

今森光彦「昆虫記」

1988年8月のある日、大和さんから一冊の本が送られてきました。

「昆虫記」とタイトルされたその本を開き、私は衝撃を受けました。昆虫の暮らしぶりが生き生きと鮮明に描かれていたのです。しかも構成もわかりやすく斬新で、それはまさにファーブルの昆虫記を現代に彷彿させるような素晴らしい内容の本でした。

そして本と共に一通の手紙が同封されていました。そこにはこの本が大和さんの編集でつくられたものであること、そして、いずれは「野鳥記」をつくりたいこと、さらにはその本は私とつくりたいことが書かれていました。

私は大和さんの気持ちがとても嬉しかったです。しかし、それ以上に今手にしている今森光彦さんの「昆虫記」があまりにも素晴らしく、これに匹敵するような本をつくる自信が無い私は、しばしその場に言葉もなく立ち尽くしてしまいました。

ソ連のサハリンへ

1991年、私は、あるきっかけでソ連(今のロシア)のサハリンに移住することになりました。

当時のソ連はガチガチの共産党の国で、様々な制約がある鉄のカーテンで閉ざした国でした。その未知なる自然に惹かれた私は、在日本ソ連領事館のご厚意で特別なビザをもらい、サハリンに移住することになったのです。

私は大和さんにしばらく日本を離れることになりました、と手紙を書きました。大和さんからは「野鳥記」は君としかつくらない、いつまでも待っているよ、と返信がありました。

私は、正直にこの頃の胸の内を明かせば、心のどこかに「野鳥記」なんて私につくれるはずがない、という気持ちがありました。そのプレッシャーから逃れたくてサハリン移住を決めたこともあったのかもしれません。今思い返しても当時の私は意気地がなかったと思います。

素晴らしかったロシアの自然。そして・・・

初めてサハリンの地を踏んだのが1990年。そして1991年にサハリンの首都ユジノサハリンスクに移住し、住み続けたのは丸2年でしたが、その後も頻繁に往来を繰り返し、足掛け5年もサハリンを舞台に暮らしていました。

その間、私はサハリンの貿易会社に勤務し、南はクナシリ(北方4島)から北は北極海沿岸までロシア極東地域を飛び回っていました。

ロシアの国土は日本の45倍もあります。東のカムチャッカから西のモスクワまで飛行機で10時間もかかる広さです。

そして、素晴らしい大自然が残されていました。人を寄せ付けない、羨ましいほどの広大な大地に圧倒され続けた毎日でした。

1995年のある日、私は、ユジノサハリンスクの街が眼下に広がる山の頂に立ち、考えました。ロシアの自然は雄大で、素晴らしい。それを肌で感じた5年間だった。しかし、日本の自然も素晴らしい。国土の広さはかなわないが、四方を海に囲まれ、南北に長い日本には日本ならではの自然と魅力がある。

今まで謎に包まれていたロシアの自然を、身をもって体験した自分は、あらためて日本の自然の素晴らしさを見つめてみることが出来るかもしれない。

よし、日本に帰ろう。日本に帰ってすぐ大和さんに連絡してみよう。私は、早速帰国して福音館書店の科学書編集部に電話をかけてみました。

「大和さん、あの野鳥記のお話ですが・・・」
「もちろん席は空けてあります。待っていましたよ。早速編集部にいらっしゃい。今後の打ち合わせをやりましょう」
「ありがとうございます!」

2年後の1997年6月に「野鳥記」が刊行されました。そして「野鳥記」のあとがきに、私はこう綴っています。

「・・・この本は、長い年月をへて、ようやく完成をみました。いっこうにすすまない本づくりにもかかわらず、辛抱強く待ちつづけてくださった福音館書店の皆様には、感謝の気持ちでいっぱいです・・・これからもわたしの『野鳥記』はつづきます。ゆっくりとではありますが、自然の世界から、ひとつひとつ学んでゆきたいと思います。」

また長い時をへて新しい「野鳥記」がスタートします。あれから20年以上も時がたち、その間、私が新たに野鳥たちと出会い、体験してきたことをWebという世界で皆様に読んでいただき、そして動画でご覧いただきたいと思います。

WEBマガジン「ネイチャーフィールドnote」、「Digital野鳥記」のコーナー、どうぞよろしくお願いいたします。

                            平野 伸明

第1回目は無料でお読み頂けます!

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Digital野鳥記#001/日本の国鳥・キジ ど迫力の「ほろ打ち」秒間10回の羽ばたき/平野伸明

平野 伸明(ひらの・のぶあき)

映像作家。1959年東京生まれ。幼い頃から自然に親しみ、やがて動物カメラマンを志す。23才で動物雑誌「アニマ」で写真家としてデビュー。その後、アフリカやロシア、東南アジアなど世界各地を巡る。38才の頃、動画の撮影を始め、自然映像制作プロダクション「つばめプロ」を主宰。テレビの自然番組や官公庁の自然関係の展示映像などを手がける。

主な著書に「小鳥のくる水場」「優しき猛禽 チョウゲンボウ」(平凡社)、「野鳥記」「手おけのふくろう」「スズメのくらし」(福音館書店)、「身近な鳥の図鑑」(ポプラ社)他。映像ではNHK「ダーウィンが来た!」「ワイルドライフ」「さわやか自然百景」や、環境省森吉山野生鳥獣センター、群馬県ぐんま昆虫の森、秋田県大潟村博物館など各館展示映像、他多数。
これまでつばめプロが携わった作品についてはこちらをどうぞ。

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