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ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー

まだ3記事目にして、久しぶりの投稿になってしまいました。
3ヶ月ほど前に読了したこの本。
帰国子女であり、子育て中の私にとっては色々と考えさせられた一冊でした。

私は幼少時代のほとんどをアメリカで過ごしたからか、日本の方が長く住んでいるものの、日本を客観視してる節があるなと高校生の頃に気づいたんですよね。周りからはよく「日本のこと嫌いなんだね」と言われました(今もときどき言われる)。たしかに日本に対して思うことは色々ある。だけどそれはアメリカに対してもあり、言ってしまえば住んだこともない国に対してだって思うことは色々とある、、、。つまりは、一番長く住んでいる日本のことを自国と捉えきれてないところがあるんだと思います。
作者のブレイディさんも、イギリス生活が長い分、もしかしたらこのように考えることがあるんじゃないかな、と思いました。

私がそういう思考なので、いつか例えば社会情勢を子供と話したとき、きっと子供もそれに気づくというか、影響されるんでしょうね。ブレイディさんファミリーと違って、私たちは日本に住んでいるので、また少し違うとは思いますが。

不思議なことに、この本を読んでいるうちにすごく懐かしい感覚に陥ったんです。アメリカでの学校の過ごし方、周りの大人同士の関わり方。日本とはまた違うそれを、イギリスが舞台のこの本を読んでいて思い出したんですよね。
アメリカでもイギリスでも共通しているのは、貧富の差。日本ももちろんあるけれど、多分その差の幅がそこまで大きくないのかな?なぜそう思うのかというと、日本にいるとボランティアとか、社会貢献がなんだか敷居の高いもののように捉えている人が多い気がして。あるいは、本当に助けが必要な人たちの声がまだ小さい、社会があまり気にしていない。
読んでいて何が懐かしく感じられたかというと、自然と日常に組み込まれていた社会貢献活動なんですよね。学校でもそれは当たり前のようにあり、大人たちも何かと助け合う姿をよく見かけていた。
日本で私もいくつかボランティア活動をしているけど、「意識高いね〜」と少し小馬鹿にされることもよくある。なのでやっぱり、イギリスやアメリカほど貧富の差が重要視されてないのかなぁ、と思ってしまう。

少し視点はずれるけど、国が違えば、社会貢献活動は自然と日常に組み込まれていて、仕事とは別で考えることができるのではないかと思うのです。
先にも書いたように、日本人の多くは、興味はあるけどボランティアは少し敷居が高いように感じる、あるいは、せっかくそれに時間を割くなら収入が欲しいと考える人が多い気がするんです。
ならば、ボランティアではなく社会貢献ができる仕事に就こう、と。しかし、日本ではそれらは比較的低収入で、割りに合わない。だからボランティアもしないし、そういった職にも就かない。

この本の中での生活のように、日本でももっと社会貢献活動が当たり前のように日常にあれば、それとはまた別に、得意または関心度の高い仕事に就こうと気兼ねなく考えることができるんじゃないかと思いました。

社会貢献活動が自然と日常に組み込まれる=貧富の差がより一層拡がるってことになってしまうのでしょうか、、、。
今まさにコロナ禍で、日本にも存在する貧富の差が浮き彫りになったように思います。学校や社会がどのように動くかが気になるところです。
ただ、また「日本嫌いなんだね」って言われそうですが、やはり海外と比べると日本はまだまだ助けが必要な方々への関心が低いように思う今日この頃です。

BGM - Do As Infinity / 深い森(Fukai Mori)
https://www.youtube.com/watch?v=qIoDWTF0qSo

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