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冬のまつりは花火が似合う8

 私は雪深い田舎町で育った。父は早くに亡くなり兄弟はいない。母と2人で生きてきた。東京の音楽大学に進学するまで、母は私を可愛がり大切に育ててくれた。

 母が昨年の春に亡くなり、私はこの世にひとりぼっちになった錯覚に苦しんだ。子どもの居ない私にとって肉親と言える人が居なくなる淋しさは相当なダメージを与えた。

 少しずつ、眠れない日々が増えてアルコールを口にする時間が早まっていた。見かねた夫がメンタルクリニックを予約し、私は長い時間をかけて日常を取り戻したばかりだ。

私を大切にしてくれる夫の目を盗み、あの子に心を奪われている。それがどれだけ罪深い事なのか。頭では分かっていた。

連絡先の書かれたカードを見直す。
電話をかける手が震えた。落ちついて。

3回目のコールの後、「もしもし」と耳元で肌触りの良い声が聞こえる。

私はもう我慢できなかった。
自分を抑えられなくなっていた。

どうしても、彼と2人きりになりたかった。

「来週、私の地元で冬まつりがあるんだけど…
よければ行かない?」

下手な誘い文句で、騙すのは嫌だから…
本当に彼に私の育った街の美しさを見てほしい。
それは本当の気持ちだ。

電話の向こうでは、電車のアナウンスが聞こえた。
駅のホームに佇む彼の困った顔が浮かぶ。

「ちょっと考えますね。今、外だからまたかけ直します。」

電話を切ると、激しい後悔が襲ってくる。
心臓がまだドキドキと脈打っていた。

何もない。新しい友達と冬まつりへ行くだけ。
シンプルに考えよう…。
私は自分の気持ちを正当化したくて、何度も心に嘘をついた。

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