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Garden

8
本好きな2人が出会った夏のGarden
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Garden8

Garden8

はあ。なんて甘い匂い。
なんて柔らかく優しい空気。
多幸感で満たされる。
私は戸惑いながらも美しい庭と、この夏の宴の真ん中で抱きしめられる自分に酔っていた。

抱き合ったまま、ポツポツと彼が話し始める。

「音楽関係の仕事してるんだ…でもちょっとスランプで。カフェで同じ本を読んでた君を見かけた時、懐かしいような不思議な気持ちになった。」

「偶然、青山通りの本屋で会えて…嬉しかった。友達になりたい

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Garden7

Garden7

あの日以来、気まぐれに彼からLineが来る。
内容はどれも大した事はないが、誰かに聞いてほしいのかもしれない。

8月のある日。
「水曜日に時間取れそうだから、あのカフェに行かない?」とメッセージが入る。

「大丈夫」と返信するとすぐに既読がついた。

ただの友達だ。
別に、あの人の事ばかり考えてるわけじゃない。
私は自分で自分に言い訳を必死にしていた。
これ以上、好きにならないように。

水曜日

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Garden6

Garden6

「あの…こんにちは…」勇気を出して声をかける。

私に気づいて、読みかけの本を置くと
「ホントに来てくれたんだね!ありがとう」と嬉しそうにするから…変な期待をしてしまう。

「読んでるよ…えっと…」

「82年生まれ キムジヨン?」

「うん!それ!なんかさ…女の人って大変なんだね。
映画観たり、小説読む前は理解できなかったけど…男とは違うシガラミに悩んでるんだなって…」

言葉を選びながら、ゆっ

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Garden5

Garden5

あっという間に水曜日がやってきた。
きてほしいような…ほしくないような…複雑な心境で、いつもより早く目覚めるとコーヒーを落とす。

夕方、あのカフェで待ってるねっ。といたずらっぽく
笑った顔を思い出す。
笑うと目尻にシワが寄って、小さな子どもみたい。

溜まった洗濯物を洗う。
ぐるぐる廻る様子を、ぼーっと眺めていると色々な事を思い出す。

いつから1人で生きていけるようになったっけ?
いつから男の

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Garden4

Garden4

勤務する青山の書店は、全国展開されている大型チェーン店だが、土地柄から内装やコンセプトがスッキリとしている。

小さな頃から、将来は書店で働く事を夢見ていた。
インクの匂い、紙の重み、どこへでも連れて行ってくれる本の世界。私はこの仕事が大好きで、誇りを持っている。

初夏の日差しが眩しい7月、新刊の小説を品出ししていた。ハードカバーの本が並んでいく様に、ワクワクしていると、声をかけられる。

「す

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Garden3

Garden3

…帰ろう。そうだ。知らない人だし、ちょっと見かけただけの人。

私は自分に言い聞かせるようにして、ただひたすらに歩く。いつの間にか青山通りまで来ていた。

肩と肩がぶつかるくらいの人混みを見ていると、私はつくづく1人ぼっちなんだと気づく。

誰にも気づかれず、ひっそりと息をしている。
ステキな人に出会えても、ただ遠くから眺める事すら許されないんだ。

思ったより傷ついていた。
ただの通りすがりに、

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Garden2

Garden2

手に見惚れていると、フッと視線が合った。
私はとっさに目を逸らす。

アイスラテを一気に飲み干すと、急いで立ち上がり出口へ向かった。
「なんで逃げるの…?」顔が熱くなるのが分かる。

少し伸びた前髪が、顔にかかっていた。
綺麗に髭は揃えられていたが…なんのお仕事だろ?
アーティスト?画家?とにかく普段はあまり出会う事のないタイプの人だ。物をゼロから生み出す人の、独特のオーラが漂っていた。

初めて

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Garden1

Garden1

そのカフェは、渋谷と原宿のちょうど中間地点にある。
小さな庭があって、コバルトブルーのフードトラックが目印だ。

白い壁に、ウッドテラス。
吹き抜けになっているエントランスを入ると、新人画家のギャラリーがある。左手にはアパレル、その隣にはインテリアが売られているちょっとした複合施設の中にある。

その先に小さな庭。
短く刈られた芝生に、丁寧に手入れされた花々が咲き乱れ、季節の移り変わりを教えてくれ

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