社会を変えたいから、会社をつくる。海を渡る。そして記事を書く。下山田志帆さんが「発信」を続ける理由
下山田志帆さんはこれまで、ドイツのSVメッペンや、スフィーダ世田谷FC(プレナスなでしこリーグ1部)でプレーしてきたサッカー選手だ。そのかたわら、生理の際にも着用可能な下着を開発したり、女性スポーツの価値向上に関するメッセージを打ち出したりと、幅広く活動している。
彼女がピッチ外でも、自分の思いを届け続ける理由とはーー。
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転機となったのは、2022年1月13日のnote。
2年半、誰にも言えなかった気持ちをnoteにつづると、複雑に絡んでいた思考が解けていくようだった。
「あのタイミングでnoteを書いてなかったら、私は選手として一生成長できないし、かっこつけたまま中途半端に終わってました」
下山田さんは、少しすっきりしたようにもみえる表情で続ける。
「自分の目標を達成するためにも、海外でもう一度修行してきます」
ーー2022年夏、自身の「発信」の価値をさらに高めるべく、彼女は再び挑戦する。
「女性はこう」。固定観念との戦い
「実は今日も打ち合わせだったんですよね」
そう言いながら、下山田さんは席についた。
株式会社Reboltの共同代表であり、元女子サッカー選手の内山穂南さんと手がけた、吸水型ボクサーパンツ『OPT(オプト)』第2弾の打ち合わせだ。
2021年4月に行った『OPT』第1弾のクラウドファンディングでは支援総額617万、目標金額の600%を達成し反響を呼んだ。
だが、この快挙に対する下山田さんの反応は冷静だった。
「クラファンでは、『売れて良かった!』ではなくて、『共感してくれる人たちが798人もいるんだ』という、喜びと安心感を得ました」
自分たちと同じ悩みを抱えている人が、どうやったら解放されるかーー。それだけを考えてつくったのだ。
そもそも『OPT』をつくったルーツは、自身が学生時代に感じていた「怒り」にある。
「なんで世の中には、レースや刺繍のついた可愛らしいデザインの生理用ショーツしかないんだろう。もっとかっこよく履きたいのに」
ずっと抱えていた怒りの感情を、「自分が欲しいと思ったものを形にしよう」というワクワクに昇華したのだ。
しかし、プロジェクトが走り出した当初のことを聞くと、表情を曇らせた。
「デザインから生地の選定、縫製まで、すべて自分たちで決めました。でも最初は、つくりたいものが周囲に伝わらなくて苦労しましたね」
あがってくるサンプルは股上が浅かったり、ウエストのゴムが細かったり。「女性はこんな形を好むだろう」という固定観念が根強く、自分の思い描いていたデザインにはなかなか仕上がらなかった。
サンプルを確認してはやり直す、を10回以上繰り返し、やっと「自分が履きたい」と思える形になったのは、プロジェクト開始から半年以上経ってからだ。
やっとの思いで『OPT』を世に送り出すと、続々と嬉しい声が舞い込んできた。
「OPTのおかげで、生理用品に悩んでた自分の子どもと、コミュニケーションが取れるようになりました」
「ずっと嫌だったレディースのショーツ、やっと手放せました」
「自分が指導しているサッカーチームで使いたいです」
『OPT』によって、新しい選択肢やコミュニケーションを生み出せたーー。
「こういうことがやりたかったんだなって」
当時のことを振り返り、下山田さんはポツリとこぼした。
「ナプキン」をゴール裏に投げ捨てて
2021年4月、『OPT』開発と並行して、「アスリートと生理100人プロジェクト」も始動した。
新体操、ビリヤード、バスケットボール、そしてその指導者……
あらゆる種目のアスリートたちに「生理との向き合い方」を問う、類のない企画だ。下山田さん自身が、毎回インタビュアーを務める。
「アスリートと生理」をテーマにしているから、スポーツ業界やジェンダーに興味のある人、つまり普段からアンテナを張っている人には、届くだろうと予想した。
では、それ以外のあらゆる層にも自分たちの取り組みを届けるには、どうしたらいいだろう。
そう考えたときに選んだ発信の場は、noteだった。
「多種多様な業界で使われているnoteだからこそ、より多くの人たちに届くと思ったんです」
そもそも、なぜ「アスリートと生理」を深掘りしようと考えたのか。
きっかけは、下山田さん個人のnoteで発信した、ある記事だった。
臨場感たっぷりにつづった自身の体験談が、想像していたよりも多くの人に読まれたのだ。
「アスリートと生理」にまつわる経験や知識って、こんなにも必要とされているんだ、と下山田さんは驚いた。
それなのに、まだ誰もそれらを「言葉」にしていない。
「生理について発信したくてもできない、という選手もいるんですよね。だから、自分の発信がスタートになればいいなと思ってプロジェクト化しました」
チームの仲間たちからの「私もナプキン落とした経験ある!」「もっと良くなればいいよね」といった前向きな反応も、プロジェクトの発足を後押しした。
2022年1月に、プロジェクトがハフポストで取り上げられると、Twitterのトレンドにピックアップされるほど反響を呼んだ。
「Twitterを開いたら、自分の顔があって驚きました」
笑顔を見せる下山田さんだが、プロジェクトが広く認知された今も、現状に満足はしていない。
「もっと多くの人に読まれていいはずの内容だと思っています。どう発信したらアスリートの価値ある言葉がさらに広く届くのか、試行錯誤の日々ですね」
発信するから気付ける。つながる。
言葉を届けるというのは、言うほど簡単ではない。
下山田さんはそう感じている。
2019 年 2 月、下山田さんは同性のパートナーがいることを公表。図らずも、日本では現役選手初となるLGBTQ当事者となり、メディアからの取材依頼が相次いだ。
だが、掲載された記事に並んだキャッチーな言葉たちを見て、なんとも言えない気持ちになった。
このままでは、自分が本当に伝えたいことが伝わらないのではないかーー。
それなら自分の言葉で、ありのままを発信しよう。
noteで自分自身に関する発信を始めたときのことを、こう振り返る。
「それまで自分を隠してたのは、普通じゃないって思われそうでこわかったからなんです。でも、読者の方から『そういう考え方あったんだね』『自分ごとにして考えてみます』って、コメントをもらって。ありのままの自分に対して、ラフな反応が返ってきたことが嬉しかったんですよね」
もちろん、発信をしている以上「それは違うと思います」といった意見も目にする。だが、そんな意見も含めて、一つひとつの記事から得られる気づきがある。
「それに......」と下山田さんは続けた。
「発信すると、女子サッカー選手としての自分を、まったく別の切り口で知ってもらえるんですよね。それが新たな仕事につながったり、人とのつながりを生み出したり、得られるものは大きいなと思います」
広く知られていないが、サッカー選手が実際にサッカーしている時間は、1日2時間程度。試合は1週間に1度。日によっては、試合に出る時間が5分で終わってしまうときもある。
「だからこそ、その他の時間でどう行動するかがすごく大切だと思っています。発信は自分にとって、人として成長するための手段なんです」
下山田さんが掲げる人生の目標。
それは、“サッカー選手として”社会を変えること。
そのためには、日本のトップリーグでプレーしなければならないーー、そう話す彼女の目からは、強い意志が感じられた。
再び海外へ。社会を変えるためにーー
2022年夏、下山田さんはサッカー選手として、再び海外に渡る。
「なでしこリーグで活躍できなかった自分がトップリーグでプレーするには、海外に行くしかないなって。ドイツでプレーしてたときの感覚を取り戻して、日本に戻ってきます」
下山田さんは、ドイツで活躍していた当時のことを、noteでこうつづっている。
もう一度、感情を出しながらプレーする感覚を取り戻したい。
そのために、海外に渡る。
そして、その先に見据えるのは日本のトップリーグだ。
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自分が抱いてきた「普通はこうあるべき」への違和感。
「ありのまま」が肯定される社会であってほしいという思い。
トップリーグでプレーしながら、これらを発信することに価値がある。
自分にしかできない方法で、社会を変える。
自分の言葉を広く届けるためにーー。
下山田さんはサッカー選手としても起業家としても、さらなる高みを目指す。
下山田志帆さん
しもやまだ・しほ。1994年、茨城県結城市生まれ。小学3年生でサッカーをはじめ、つくばFCレディース、十文字高をへて慶応大の体育会ソッカー部(サッカー部)に。2015年ユニバーシアード日本代表候補。2017年からドイツ・SVメッペンでプレー。2019年になでしこリーグ1部スフィーダ世田谷FCに移籍。今夏からふたたびドイツでプレーする。
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