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受賞から小説家デビューへの軌跡。せやま南天さん・秋谷りんこさんインタビュー #創作大賞2023

創作大賞2023で朝日新聞出版賞を受賞し、4月5日に『クリームイエローの海と春キャベツのある家』が刊行されたせやま南天なんてんさん。同コンテストで別冊文藝春秋賞を受賞し、5月8日に『ナースの卯月に視えるもの』が刊行される秋谷あきやりんこさん。今作でプロ作家としてデビューとなるお二人にインタビューをしました。

もともとnote上で相互フォローをしていたというお二人。それぞれの作品に対する感想や、受賞してから刊行に至るまで、今後の展望などをじっくりおうかがいしました。

創作大賞2024に応募しようとしている方はもちろん、小説家デビューを目指している方、小説を読むことが好きな方は、ぜひ最後までお読みください。


受賞作品は自身の体験や思いから着想

書くことで誰かの気持ちを軽くできれば

——それぞれの作品についてお聞きしたいと思います。せやまさんの『クリームイエローの海と春キャベツのある家(以下、クリキャベ)』は、主人公が家事代行の仕事をしていて、「家事」がテーマになっています。なぜ家事をテーマにしようと思ったのですか。

せやま南天さん(以下、せやま) 私は数年前まで2人の子どもを育てながらシステムエンジニアとして働いていました。限られた時間のなかで、育児と家事を両立するのは本当に大変で……。仕事を辞めてからは前よりも家事に向き合えるようになりましたが、まわりの友達やママ友は変わらず大変な日々を過ごしていました。そんなときに「私だけじゃなく、家事に苦しんでいるひとはたくさんいる。もしかしたら家事をテーマに小説を書くことで、みんなの気持ちを少しでも軽くできるかも」と感じたことがきっかけです。

せやま南天さんの取材時のお写真
創作大賞2023にて朝日新聞出版賞を受賞。
書籍『クリームイエローの海と春キャベツのある家』で
小説家デビューを果たしたせやま南天さん

——主人公の家事代行・永井ながい津麦つむぎやシングルファーザーの織野おりの朔也さくやという人物には、せやまさんご自身の経験が反映されているのでしょうか?

せやま 津麦がつくるお料理の場面は、共働きのときに作り置きをしていた経験がいきています。ただ、内面はどちらかというと、津麦よりも朔也のほうが、私に近い気がしますね。私が働いていたときの思いや経験が反映されている部分があります。津麦のお母さんも、私のなかで感じたことから生まれた人物です。

——秋谷さんも『クリキャベ』を読まれたそうですが、どのように思われましたか。

秋谷さん(以下、秋谷)とてもおもしろかったです!私も家事は苦手ですし、終わりがないものだと感じているので、家事代行を頼む朔也にはつい感情移入してしまいました。この作品は、そんな家事そのものに着目してテーマを深めたところがすばらしく、だからこそ、私含めたくさんの方の共感を集めているのだと思いました。家事は一見地味だけれど、「諦めずに続けていけばなにかが変わるんじゃないか」という視点には、唸らされましたね。それは家事だけでなくほかのことにも通じるのではないかと思いました。

読後感を希望のあるものにしたかった

——秋谷さんの『ナースの卯月に視えるもの(以下、卯月)』は、長期療養型病棟が舞台で看護師が主人公です。秋谷さんご自身も看護師のご経験があったそうですね。

秋谷 はい。10年以上、看護師として病棟勤務していました。看護師の仕事は大好きでずっと続けたかったのですが、体調を大きく崩してしまって……。退職して静養を続けていましたが、やはり私は看護の仕事が好きで、いまは現場に立つことは難しいけれど、看護師の仕事について伝えたい、書きたい、という気持ちがむくむくと湧き上がってきました。

『卯月』は、舞台が病棟なので、デリケートな内容になることは避けられなかったのですが、読者さんを暗い気持ちにしてしまう小説にはしたくないと思っていました。でもだからといって、「病気」や「死」を明るくポジティブな方向に書きたいわけではなかったんです。ひとが病気に立ち向かっていくときには、苦しみもセットであると看護師として働くなかで実感していました。ただ、看護の過程には、希望が宿る瞬間も確かにあって。『卯月』では、そんな希望のほうにしっかりと光を当てよう、と心に決めて書いていました。

主人公の卯月うづき咲笑さえは患者の「思い残しているもの」が視える能力を持っているのですが、視えたら解消せずにはいられない、正義感のある子です。卯月のキャラクターは、看護師時代の私の〝優しい部分〟を抽出するようにして出来上がりました。

AIL:秋谷りんこさんの取材時のお写真
創作大賞2023で別冊文藝春秋賞を受賞。
書籍『ナースの卯月に視えるもの』で
小説家デビューとなる秋谷りんこさん

——せやまさんは『卯月』をお読みになっていかがでしたか?

せやま noteで読んだときは、思い残しを卯月と一緒に解消していくような目線でミステリーとしてたのしんでいたのですが、書籍ではその要素は残しつつ、卯月の成長やほかの看護師とのやりとりが生き生きと描かれているのが印象的でした。登場人物が多いのに書き分けていて、「すごい!」と思いながら読みましたが、どのように人物を書き分けていたのですか?

秋谷 私は、いわゆる悪人を書くのが苦手なんですよ。受賞当時『卯月』もいいひとばかり出てくるので、書籍化に向けて改稿する際に悩んでいました。そんなときに私が受賞した別冊文藝春秋賞で、特別審査員を務めていた小説家の新川帆立さんにアドバイスをいただいたんです。「いいひとばかり出てくる場合でも、主人公とちょっと違う方向を向いているいいひとにすれば、書き分けができる。わざわざ悪人を書こうとしなくてもいい」と。確かに、同じ看護師でも、一人ひとり患者に対する向き合い方は違うし、価値観も違う。そういう違いを意識して書くようにしました。

キャラクター表やバックグラウンドを考えて登場人物を深める

——登場人物の書き分けが話題に上がりましたが、お二人は人物を深掘りするにあたってどのような工夫をされましたか。

せやま 津麦が幼児期から現在に至るまで、どのように家事と向き合ってきたかをしっかり考えました。すべてを小説に書いたわけではないですが、バックグラウンドまで考えたことで津麦という人物を深堀りできたと感じます。

秋谷 私はキャラクター表をつくり、家族構成や看護師になったきっかけ、さらには身長、体重、出身地、趣味、好きな食べ物といった細かい部分まで設定を考えました。主人公だけでなくそのまわりのキャラクターも同じです。キャラクター表があると、執筆中に迷ったときに「このひとはこういうことを言わない」とわかったり、キャラクター同士の共通点を見つけて、そこから新たなシーンが浮かんだりするので、この表は手元に置いて書いていました。もちろん、すべての設定を小説に出すわけではないのですが、細かく設定することで、自分の頭のなかでキャラクターたちが生き生きと立ち上がってきた気がします。

創作大賞はオープンな場。フォロワーのコメントが励みに

——創作大賞2023に応募しようと思ったきっかけを教えてください。

せやま 私は創作大賞2022にも応募したのですが、中間選考にも残りませんでした。なので、今回は最初から「応募しよう」と意気込んでいたわけではありません。ですが、6月頃に家事をテーマに書きたい場面がどんどん浮かんできて。応募するならnoteの創作大賞だなと思い、7月の締切に間に合うように書き上げました。

秋谷 私はせやまさんとは逆で、創作大賞があると発表された時点で「今年も応募するぞ」と完全にノリノリでした(笑)。創作大賞はnoteの一番大きなコンテストですし、昨年中間選考にも残って若干手応えを感じていたんです。今年こそは受賞したいと気合を入れ、過去作を含めてそれぞれ作風が違う4作品を応募しました。『卯月』を含めた2作品がとくに気に入っていたので、結果的に『卯月』で受賞できて本当にうれしかったです。

——秋谷さんはnote以外の公募にも応募された経験があるそうですが、創作大賞との違いは?

秋谷 新人賞などの公募だと、書いたものを読んでくださるのが下読みの方だけで、基本的に作品に対するフィードバックがありません。一次選考を通過したとしても講評をもらえないことが多いので、作品のなにがよくてなにが悪いのかがわからなくて。でもnoteの創作大賞はオープンな状態で応募でき、読んでくださった方からコメントがいただけるので、とても励みになりました。ほかの方の作品を読むことができるのも特徴的で、非常に勉強になりましたし、感想もたくさん書きましたね。創作大賞の期間中、ずっとたのしかった記憶です。

——いま振り返って、受賞できた理由はどこにあると思いますか?

せやま 応募したときは、自信がなかったです。でも、いま思えば、どうしてもこれが書きたい、私じゃないとこれは書けない、という思い込みと情熱で書き上げたことが一番大きかったかなと思います。創作大賞2022の応募作は読むひとをたのしませたいという気持ちが少なかったと反省したので、今回は少しエンターテインメントに寄せたものを書けたらなと思っていました。自分の書きたいものは書きつつも、読むひとのことを考えて物語の緩急をつけ、感情移入しやすいキャラクターをつくるなどの工夫をしたのもよかったのかもしれません。

秋谷 正直、受賞した当時は全然わからなかったんです。でも、いま振り返ってみると、いつか書きたいとあたためていた、自分の核のようなものを書き切ることができたからなのかもしれません。「創作大賞だからこういう作品を」といった、傾向と対策みたいなものは考えなくて(笑)、それよりもいつも応援してくださっているフォロワーさんたちの喜ぶ顔が見たいな、という気持ちを励みにして、書き進めました。

刊行に向けて改稿を重ねるなかで、「よく私受賞しましたね?」と編集者さんに思わず言ってしまうくらい、応募時の原稿は未完成なところばかりだったと思うんです。でも、「私はこれを書きたいんだ!」という情熱だけはぶつけられた自信があったので、それが伝わったのかなと思っています。

ALT:秋谷りんこさんが笑顔でお話ししているお写真

初の書籍化へと走り出すなかで

編集者や新川帆立さんからの貴重なアドバイス

——書籍化にあたって改稿される際に、編集者の方からどのようなフィードバックがありましたか?

せやま 編集者の方には、最初は「完成度が高いのですぐにでも出せます」と言われましたが、最終的には5回改稿しているので、全然すぐにとはいかなかったですね(笑)。

ほかにも「お仕事小説のなかに、家事を正面から取り入れているところが新しくていい」と言われました。また、津麦の過去や性格をもっと掘り下げてこれまで通り丁寧に書けば、書籍化できる分量になるなどのアドバイスをいただきましたね。

——別冊文藝春秋賞を受賞した秋谷さんは、先述のように大人気作家の新川帆立さんからもフィードバックをいただく機会がありましたよね。

秋谷 新川さんからは本当に具体的なアドバイスをたくさんいただきました。私はミステリー部分を書くのにすごく時間がかかっていたのですが、新川さんから「ミステリーは、謎・仮説・検証・答え合わせの繰り返し」と教えていただいたことで、頭のなかが整理されました。

また、編集者さんから「連作短篇にしましょう」と言われたはいいものの、いざ書こうとすると「連作短篇ってなんだっけ?」と迷ってしまって。新川さんからは、連作短篇ならではの書き方、たとえば各話で誰か一人のキャラクターを掘り下げる、全篇に通ずる大きな謎は終盤で解決する、といったアドバイスもいただきました。

その上で、『卯月』は、最後にどんでん返しをするよりも、看護師同士、患者さんやご家族とのやりとりなど、「お仕事部分」をしっかり充実させるほうがおもしろくなるのでは?とも仰っていただくなど、本当にたくさんのことを教えていただきました。

より読者を意識する書き方に変わった

——執筆で大変だったことや、悩んだことについて教えてください。

秋谷 もともと3万字程度だった作品を「10万字以上にして書籍化しましょう」と言われ、大変驚きました。そんなにたくさんの分量を書いたことはなかったので、最初は不安でしたが、舞台となる病棟や患者さんの病気の説明を入れたり、いろいろなキャラクターを登場させていくうちに、自然と書くことが増えていって、あれよあれよという間に分量が増えていきました。

ただ、病院や看護の説明に関しては、編集者さんに「教科書感がある」と言われたこともあります。お仕事小説なので設定の説明には専門的な内容も入ってくるのですが、読者の方に小説としてたのしんでいただくためには、ある程度は説明を削る必要もあり、その塩梅が難しかったです。

せやま 私も書籍化に向けて文字数が足りていなかったにも関わらず、改稿で足した部分を編集者の方に「ここは削りましょう」と言われたときはショックでした。いま振り返ると、書きすぎてしまった部分は伝えたいことがぼやけてしまっていたので、削って正解だったなと思っています。たとえ本に書かれなくても、自分のなかでは身になっていますし、決して無駄な作業ではなかったと感じました。

——初めて編集者の方にアドバイスをいただきながら改稿されたと思いますが、いかがでしたか?

秋谷 編集者さんについていただいてからは、自分一人ではどこがよくないのか気づけなかった部分も明確にご助言いただけるので、自分のなかのモヤモヤが言語化される感じがして、とても書きやすかったです。編集者さんという「最初の読者」がついたことで、いままで以上に読んでくれる方を意識するような書き方に変わりました。

せやま 私の場合は書籍化に向けて編集者さんがこまめに作品を読んでくださって、2週間ごとに締切という短いスパンで改稿を重ねました。毎回編集者さんに感想をいただくのがうれしく、それを励みにがんばっていましたね。

ALT:せやま南天さんが笑顔でお話しするお写真

応援してくれたひとたちに本を届けられる喜び

——改稿を重ねてついに発売へと至ったお二人ですが、いまのお気持ちは?

せやま noteで読んで応援してくださった方々にやっと届けられるという気持ちが一番大きいです。書店さんにお送りする色紙も書かせていただいて、こんなに応援してくださっている書店さんがあるんだとうれしくなりました。発売前にプルーフをつくって書店さんに配って読んでいただいたのですが、うれしい感想がたくさん届きました。おかげさまで落ち着いて発売日を迎えられたと思います。

秋谷 私はあまり実感がなかったのですが、表紙のデータをいただいたときに「本当に本になるんだ!」とテンションが上がりました。5月8日に発売予定の文庫は、受賞作の5倍のボリュームになっています。新しく登場したキャラクターもいっぱいいますし、「看護師あるある」のような小ネタも多く入れたので、たのしめるポイントはたくさんあると思います。もちろん中心となるテーマは同じですが、受賞作から読み味は大きく変わったと思いますね。看護師経験が存分にいきたお仕事ミステリーとなりました。note上ですでに読んでいただいた方にも、またゼロからたのしんでいただける自信があります!

ALT:秋谷りんこさんとせやま南天さんのツーショット写真

——読者の方にどんなメッセージを届けたいですか?

秋谷 「病気」や「死」は誰しもに訪れるもので、もちろん怖いことではあるけれど、それでも生きていくなかで光はあるんだ、そんなことを考えながらこの作品を書きました。たくさんの方に読んでいただきたいですね。私の個人的な願いですが、大切なひと、身近なひとのことを思い浮かべながら読んでいただけたら、と思っています。一緒に過ごす何気ない時間がいかに貴重ですばらしいものなのか、じんわりと感じていただけたらうれしいです。もちろん、読んだ方の分だけ解釈があると思いますし、感想をたくさん聞きたいです!ぜひnoteに投稿してくださるのを待っています。

せやま 忙しい毎日を送るみなさんにも届いてほしいです。そういう方ほど読む時間がないと思いますが、200頁の小説になっていますし、読みやすさや手に取りやすさも考えてつくった本なので、ぜひ読んでいただけたらと思います。

——今後の展望などがあれば、ぜひお聞かせください。

せやま 昔から人生で1冊は本を出したいなという夢は持っていましたが、今回あまりにも短期間でいろいろなことがあったので、「夢」と今回の「受賞」はまだ点と点で、「小説家」という職業までつながった線にはなれていない感覚です。ただ、次は「家族」をテーマに小説を書きたいという気持ちは確実にあるので、書きたいものがある限り今後も書き続けていきたいと思っています。

秋谷 2020年にnoteで小説を書きはじめてから、小説家になりたいという気持ちが強くありました。せやまさんと同じく、まずは1冊出したいと思っていたのですが、実際出せることになったら、「これからも書いていきたい!」という気持ちがいっそう強くなった気がします。このまま商業作家としてやっていけるのであれば、書きたいテーマはたくさんあります。『卯月』の続編も書きたいですし、ほかにも医療もの、看護師もの、看護学生もの、もちろん医療以外のジャンルにも挑戦したいです。

——今年もnoteでは創作大賞2024を開催するとの発表がありました。最後に、今年の創作大賞への応募を考えている方や小説家デビューを目指す方に向けて、メッセージをお願いします。

せやま 書いているときは大変なこともあると思いますが、書き上げたらうれしいことが待っているかもしれないので、ぜひ挑戦してほしいです!

秋谷 まずは創作大賞自体をたのしんでほしいです。書くのも読むのもたのしいですし、個人的に創作大賞はお祭りだと思っています。受賞するには、絶対に作品を出さなければならないので、応募する方は書きたいことを最後まで書き切って出してください!応援しています。

書影。せやま南天さんと秋谷さんのデビュー作 

受賞者プロフィール

せやま 南天(せやま なんてん)

せやま南天さんのプロフィール画像
©朝日新聞出版写真映像部・佐藤創紀

1986年生まれ。京都府出身。創作大賞2023(note主催)にて朝日新聞出版賞を受賞。
受賞作『クリームイエローの海と春キャベツのある家』でデビュー。
note:https://note.com/s_yama_nanten/ 
X:https://twitter.com/s_yamananten
Amazon:​​​​https://www.amazon.co.jp/dp/4022519770

秋谷りんこ(あきや りんこ)

秋谷りんこさんプロフィール画像

1980年神奈川県生まれ。横浜市立大学看護短期大学部(現・医学部看護学科)卒業後、看護師として10年以上病棟勤務。退職後、メディアプラットフォーム「note」で小説やエッセイを発表。2023年、「ナースの卯月に視えるもの」がnote主催の「創作大賞2023」で「別冊文藝春秋賞」を受賞。本作がデビュー作となる。

note:https://note.com/rinko214
X:https://twitter.com/Rinko_Akiya
Amazon:https://www.amazon.co.jp/dp/4167922193

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text by 渡邊敏恵 photo by 玉置敬大