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④クロスロードの悪魔 2/2


 その晩、早めに寝た私は、11時半にセットしたアラームを鳴り出す前に止め、

両親が寝ているのを確認し、ギターを担いで家を出た。

それが間違いだった。

 

 空は黒雲が立ち込め、切間から月が私を覗いている、

いかにもな夜だった。

 こんな時間に外に出るのは初めてだったし、

誰ともすれ違うことのない通学路は、新鮮な空気を発している。

陰の世界が私を魅了していく。

 父の部屋から持ってきた時計を確認する、0時まであと二十分程だった。

二曲演るとして、一曲4、5分くらいだから、

などとブツブツ言いながら、十字路を探して歩き回る。

私を追いかけてくるどこまでも。

 

 何かに誘われるようにして私はそこにたどり着いたように思う。

街灯が真上にあり、そこだけがぽっかりと切り取られ、

どこか神聖な雰囲気を放っている。

手がじっとりと湿り気を帯びるのを感じる。


 私はケースからギターを取り出し――頼むよ相棒。悪魔を喜ばしてやろう

地面に胡座をかき、電信柱に背を預ける。

いつの間にか雲が空を覆い尽くしていて、

私の初ステージに観客は暗闇だけだった。

ローリング・ストーンズのDevilと入った曲をやる、

悪魔が喜びそうだなと思った。

 

 一曲目を終える頃、真っ黒なそれを見た。

目の端の方で影が動き出し、私の方に向かってきているのがわかった。

 パチ、ぱち。 乾いた音が闇に鳴っている。

大きくなっていく音とともに、影が形を成していく。

 ぱち、パチ。 

 急に恐ろしくなってきて、私はそこから逃げ出したい気持ちになったが、

縛り付けられたかのように脚を動かすことができない。

 パチ、ぱち。

 ギターを持つ手が震え、私はただ目を固く瞑る。

 ――ごめんなさい。悪魔さん、悪魔様。ごめんなさい。助けてください。

ごめんなさい。いつの間にか声になっていたようで、

それを聞いたであろう悪魔は、

「貸しな」といった。

私は暗闇の中で声のする方へギターを差し出す。

 ―あぁもう契約されてしまったんだ。私も27歳で死ぬんだ。

ベーん、ベーん。悪魔が調律していく。

 ―お父さん。お母さん。ごめんなさい。

自失していく意識の中で、悪魔がどんな曲をやるのかだけが、

私を保っていた。 


 音が止む。ポツポツと悲しげメロディが闇に浮かんでいく。

私は身をふるわせ、そんな私の反応を楽しんでいるかのように、

弦がゆっくりと震えていく。

綺麗だな、と思った。

走馬灯が映し出す風景にはこんな音がついているのかな。

どこか懐かしく、私の心を震わせていく。

――あぁ、これは。

父さんの好きな曲だ。中でも、

いかにも悪魔が嫌いそうな

天国の階段をテーマにした曲。

 戸惑いながら目を薄く開けてみる。


「お父さん!!」 

曲が止む。

父が満面の笑みで「そうです。俺が悪魔でした。」言うので、

腹が立った、が安心した。

父を殴る、手が、視界が微かに揺れている。


 それが騒がしかったのか、ギターが耳障りだったのか。

「うるさいんだよ!何時だと思ってんだい!!」

おばさんが叫んで、私の視界に色が戻った。

 「やべ、逃げるぞ。」父は、素早くケースにギターをしまうと、私の手を引き、

通りを二人で走り抜けた。

「ロックだなー。」父は言って笑った、さすが俺の娘だ!と。私もつられて笑う。


家に着くと、父は怒りもせず、むしろ嬉しそうだった。

「どうしてわかったの。」私が聞くと、

「ん。それは、あれだ。あれ。」父は少し照れくさそうに言う。

「気づいてたってこと。」

「まぁそんなところだよ。」

「なぁーんだ。悪魔に会えるかと思ったのに。」

「ばか。あんなの冗談だよ。」

「でもすごいミュージシャンはみんな悪魔に会ったって、ネットに書いてあったし。」

「あぁ確かにそうかもなぁ。」

「私も悪魔に会いたい。すごい曲が作れるなら」とつよがってみる。

 父が少し困った顔をして、寂しげに笑いかけてくる。 

「でも27歳で死んじゃうんだぞ。」「いいもん。」

考えるようにしながら、父はポツポツと話し始めた

「ブライアンジョーンズだって、ジミヘンドリックスだって、カート・コバーンだって、

他にも素晴らしいアーティストの何人かは、その若さで亡くなってる、

悪魔と契約して、その年で死ぬように決められているかのように。

確かに彼らの音楽は、悪魔的だったよ。

世界を虜にして離さなかった、

短い期間でどんどん浸透して、名声を手にして。

でも、彼らは戸惑っていたんじゃないかな。たぶん。

それがどういうことなのか父さんにはわからないけど。

でも、たとえ悪魔がどんなに素晴らしい音楽をくれるんだとしても、

もっと生きて音楽をやってほしかったな、俺は。」

父の話を黙って聞いていた。

私は有名な27クラブに名を連ねるレジェンドたちに

聞こえていればいいなと思った。

 それに、と続ける。

「お前はもう悪魔を知っているはずだよ。」と。

「え?」 父がニヤッとあの笑い方をしてくる。

「こんなに俺を虜にするなんて、もはや、音楽が悪魔そのものだろ。」

「は。」私は怒ったふりをして、リビングを出ていく。

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