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⑦お節介

 長いこと眠っていたように思う。

ベット上の天井に記憶のないシミを見つけて、

少しずつ見え方が変化していくのを眺めては、

しっくりする答えを出そうと目を閉じて、頭の中をほじくりさぐっていた。

脈絡もなく目の前に金色に輝くシンバルが現れて、誰かがそれを思い切り叩こうとするので、

危機感を感じて、必死になって止めようとしていた。

―やめて、終わっちゃう。

はっと目を開けると、何かの音の余韻が部屋にはあった。

私が声を発したのか、それともシンバルが鳴らされてしまったのか、鈍く頭に痛みを感じる。

 もう一度音が鳴る、廊下の先から。

玄関の呼び鈴だと気づくのに時間がかかり、配達員の悲鳴にも似た呼び出しがある。

私は、急いで玄関まで行き、固くなった扉を押し開ける。

外には忌々しそうに配達員がこちらを見て立っており、

名前を確認すると押し付けるようにして荷物を渡してきた。

 ずっしりと腕に重力を感じ、片手で扉を閉めることもままならない状況だったが、

今度はすんなり閉まってくれた。

よろけながら、廊下に寝そべるオブジェをなんとかまたぎ、部屋まで運んでいく。

 異様に重いその荷物は、母からで、開ける気にはなれず、中央に置いたままにした。

 久々に労力を使ったからか、数日間栄養という栄養を葉っぱでしか摂取していなかったからか、

ベットにまた横になるなり、ひどく腹が立ってきて、何かに当たりたくなって、またキッチンに立った。

 廊下を通る際にやつに足がぶつかり、声にならぬ悲鳴が全身を駆ける。

衝撃で寝相を変えたギターが壁に当たり、ボディからは奇妙な鳴き声を発している。

 脚を引き摺りつつ、換気扇の下にたどり着くことができたものの、

ため息と共にタバコを吸いこむが、灰色の煙が喉つっかかってきていがらっぽく、

舌にビリビリとした刺激を残して、不快感が否めない。

二口も吸ったところで灰皿に押し付け、また部屋に戻る。

ベットに戻って枕に向け奇声を浴びせてみるが、手応えもない。

 新参者のくせして部屋の中央に堂々と陣取るそれが不幸の原因だと理解が達すると、

まずは一言言ってやろうと思った。

携帯画面の液晶を見れば、電話の通知の他に母からのメッセージが届いている。

何か嫌なことが書いてある気がして、メッセージを開くこともなく待ち受け画面で概要を確認する。

『送っといたから。捨てるなりあんたの好きにしなさい。』

あれだけ電話をかけてきた割には、素っ気ない文章がそこにはあり、呆れてしまうが、

とかく説明をよこさないのは昔からで、機械の発する文章だけのそれはひどく味気がなく、

おかしみを感じた。

めんどくさがりで特に説明も求めないがしつこい。

そんな面倒な母を思い浮かべれば、どことなく天井のシミに似ているなと思った。

 

 母からの贈り物を解く。

 子供の頃はそれがどんなものであっても、新しさを兼ね備えた、輝きを放つ特別なものに思えたはずだ。

大人になっても恋人や友人からのそれは喜ばしいものに違いないが、

親からの贈り物といえば、たいていがお節介の部類に入りうる腐る置物ばかりだ。

 その送り状には生鮮の文字があり、箱の許容量を超えるほどの異様な重みがあった。

だから、テープを剥がした途端に、隙間から埃っぽくどこかカビのような臭気を放つそれは、お節介の代物に違いなかった。

部屋の空気を吸い込んで鼻呼吸を止めて、箱を開く。

中を覗き込んで驚いた、緑や黄、赤や紫、青の色をした

古臭く、忘れられても腐ることのない

私の愛する悪魔たちが詰まっていた。

 中の一つを手に取ってみると、軽く埃を拭っただけなのか、

ヤニで黄ばんだプラスチックケースは少し粘着性を持っていた。

母も触るのを嫌がっただろうに綺麗に隙間なく詰められている。

これは、父が私に買ってくれたやつ。

こっちは、お小遣いを貯めて初めて買ったやつ。

友達に貸して帰ってこなくて、もう一度買ったやつ。

初めてコピーした曲の入ったやつ。

文化祭にバンドでやったやつ。

アーティストが亡くなってしまって泣きながら聞いたやつ――

何年も前にきいた曲たちが、生き生きと輝いていた。


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