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「君たちはどう生きるか」と私にとっての「おじさん」

2023年7月14日、この記事を書いている数日後にスタジオジブリ最新作『君たちはどう生きるか』が公開されます。

事前の情報解禁は謎の鳥が描かれたポスター1枚のみでほぼ全てが神秘のベールに包まれている本作ですが、年に10回以上映画館に行くわたしにとっては今年もっとも楽しみにしていた作品でもあります。

そんな映画がもうすぐ公開されるということで、気分を盛り上げるために同タイトルの小説を大学の図書館で借りてきました。

どうやらジブリ版『君たち』は小説とはまったく異なるオリジナル脚本だそうですが、この本が重要な役割を担うらしいです。それすら合っているかもわかりませんが。

小説『君たちはどう生きるか』

主人公は戦前の東京で生まれ育った中学2年生の本田潤一、通称「コペル君」。

コペル君は15歳にしてはかなり聡明な人物で、普段の生活の中で人より多くのことに気づき、疑問を持ち、考え、悩みます。つまりは根っからの哲学家です。

例えば、第1章でデパートの屋上にやってきたコペル君は、その下で目に見えない何十万もの人々がいて、それが無数に蠢く様子、そして一人ひとりが自分と同じように生きているということに注目し、驚きます。そして「人間って、まあ、水の分子みたいなものだよねえ」とつぶやきます。
(これは物語冒頭でコペル君が高いところから世界を俯瞰する鳥の視点を獲得したというメタファーになっているようにも思えますね。まさかポスターの鳥ってそういう…?)

そんなコペル君のよき相談相手が、母親の弟であり法学士の「おじさん」です。

コペル君の悩みや疑問、時には正解のない哲学に対し、おじさんはコペル君にまずとにかく褒めます。そんなことに自分の力で気づいたこと、それを自分に相談してくれたことに対して最大限の敬意を払います。そしてそれはこういうことなんだよと中学生のコペル君にもわかるように、ときには学者の間ではこう考えられているといった内容までノートで丁寧に解説します。

第1章の「人間は水の分子のようだ」と言うコペル君に対し、おじさんは「君が自分を広い世界の一分子だと感じたことは、コペルニクスが地球は広い宇宙の中を天体の一つとして動いていると考えたようにとても大事なことなんだよ」と教えてくれます。「コペル君」の由来はこのエピソードがきっかけのようです。

コペル君の何気ない発想を社会学的発想まで押し上げてくれるおじさんの解説は圧巻です。コペル君は人生の師匠であるおじさんとの対話の中で考え、それでも何度も悩み葛藤しながら精神的に成長していく、というのが大まかなストーリーです。

15歳という社会学の芽生えの時期の主人公の成長を軸に、子どもが大人になるとはどういうことなのか、人間らしさとは、そして人はどう生きるべきなのかを考えさせてくれる1冊でした。すごくおもしろい!

コペル君のエピソードを読んでいると、多くの人が「自分が中学生のときどうだったっけ?」と過去の自分と回想で重ね合わせてしまうことと思います。

かく言う自分もその一人で、クラスでいじめが起こったときの話など、ほとんどの回想は誇れるものではないのですが、そういえば自分にもコペル君と同じ視点を中学のときに獲得したことがあったなと思い出しました。

第3章「ニュートンの林檎と粉ミルク」で、コペル君は粉ミルクから「人間分子の関係、網目の法則」を発見します。

その法則は、粉ミルクが生産されてから自分のもとに届くまで途方も無いリレーが行われていて、それは粉ミルクだけでなく身の回りのあらゆるものも全てがそうなっている、つまり人間は会ったこともない人たちと網のようにつながっているというものです。

ここまで読んで、これって中学生のときに教わったあれと同じでは、と思いました。

中学生のとき出会った「おじさん」

幼少のころからわたしはゲームが大好きでした。任天堂に育てられたと言っても過言ではないでしょうね。

馴染みのキャラクターを自分の手で動かせる衝撃、課題をクリアする挑戦と得られる達成感、友達との競い合い、すべてが新鮮でした。

そしてそのゲームをもっと知りたいと思うようになると、自然とそのゲームを作っている人たちに興味を持つようになります。そんなときにNintendo 3DS向けタイトルとして発表された『新・光神話パルテナの鏡』というシューティングゲームに衝撃を受けます。中学1年のときです。

(当時の動画がYouTubeに転載されていたのですがリンクを貼っていいものなのか)

後にこの作品は任天堂史に残る大傑作として名を刻むことになるのですが、そのディレクターがゲームデザイナーの桜井政博さんです。桜井さんといえば『カービィ』や『スマブラ』の生みの親で知られるトップクリエイターで、わたしも中学のときにプレゼン動画を見て以降、氏の大ファンです。ファミ通で連載されていたコラムの書籍すべて持ってます。

話は変わりますが、中学の部活動でコンピューター部というものがあり、プログラミングでゲームを作るというかなり珍しい活動をしている部活でした。

ここに入れば自分もゲームを作る人になれると考えたわたしは当然そこに入部したのですが、当時3年生だった部長(同期の間では「ぷっちょさん」と呼んでました)がとにかく優秀な方で、そこでプログラミングの基礎を教わります。

そしてぷっちょさんのおかげでなんとなくゲームを作れるようになり、もっとゲーム制作の勉強をしないとと思っていたときに発見したのが桜井さんの講演記事でした。

ゲームはリスクとリターンでできていると言語化されることで自分の中でもかなり見通しが良くなったのを覚えています。

しかしそれ以上に驚いたのが講演題名の「あなたはなぜゲームを作るのか」への回答でした。桜井さん曰く、ゲームが好きだからというのはもちろんあるが、それよりも向いているから、得意だからという気持ちのほうが大きいのだそう。

記事の内容を要約すると、まず氏は中学生のころ自分の進路について考えたとき「人は人の仕事によって生かされている」ことに気付きます。

「例えばですが、コンビニのご飯を一つとってみても、そこにどれだけの工数や技術や、あるいは工夫が詰め込まれているか分かりません。単純においしく作る努力もそうですが、何かを育てる人、運ぶ人、仮に昼食一膳を見て、関わっている人をスタッフロールにしてみたならば、おそらくは数百人、もしかしたら数千人の人が関わっているはずなんですよね」

記事より引用

そして最終的に自分の社会的な役割が何かを考え、自分が得意なことを突き詰めた結果それがゲーム作りだったという結論に辿り着いたそうです。

ここで登場した「コンビニご飯のスタッフロール」の話は、コペル君が粉ミルクから発見した「人間分子の関係、網目の法則」と全く同じことを言っているのがわかります。

わたしは桜井さんに言われてようやく意識できたことでしたが、コペル君は自分の力でそこまで辿り着いたのがすごいですね。

桜井さんの仕事への姿勢を聞いた中学生のわたしは「じゃあ自分にとって得意なことってなに?」と考えるようになります。

そこで浮かんできたのがプログラミングでゲームを作ったときに感じた、理論的に何かを組み上げたりパラメーターを調整して理想を追求したりするのが自分には向いているかもしれないと思った経験です。プログラミングは人より飲み込むのが早かったですし、数字いじりも案外苦ではありませんでした。

何より作ったゲームを文化祭に出展したときに、自分の友人や知らない人がそれを遊んでいるのを見て「自分はコンピューターを使ってなにかできるかも」なんて考えたのが大きかったです。今思えば自惚れですが、あれがなかったら今の自分はなかったでしょう。

それが主な理由で大学では情報科学を専攻することになり、高校で出会ったカメラとともに好きなことよりは「得意なこと」を磨いていくことで現在の進路に繋がりました。

どうやらわたしは、中学の時から「君たちはどう生きるか」の答えを見つけていたようです。それは「社会の中で自分の得意なことを見つけて活かす」というものです。これは「なぜゲームを作るのか」の話をしてくれた桜井さんのおかげだと思っています。ありがとう桜井さん。あとぷっちょさん。

余談ですが桜井さんは現在YouTubeでも活動されていて、上で述べた話と同じ内容を動画で見ることができます。業界の本物のトップの人間が自ら作品や仕事の姿勢を語るチャンネルってほかにあるんでしょうか…?

映画に期待すること

わたしが現状一番好きなジブリ作品は『風立ちぬ』です。空を飛びたかった、美しいものをつくりたかった、でも無情だけ残った。では夢を見ることに意味なんてないのか? そんな作品だと思っています。初見では正直よくわからない作品なのですが、見れば見るほど登場人物たちのまっすぐな志に胸を打たれます。(でも最高傑作は『もののけ姫』だと思っています)

そんな風立ちぬから10年ぶりの宮崎駿新作がリアルタイムで見られるという状況!もう人生でこんなこと起こらないかもと考えると感慨深いものがあります。

ジブリ版『君たち』に期待することですが、小説では最後コペル君なりの回答として「今すぐ生産者にはなれないけれど、いい人にはなれるはず」と結論づけています。そしてわたしには先に述べたようなわたしなりの回答があります。でも宮崎駿ならもっと違う切り口を見せてくれるのではないかなと勝手に期待しています。もしくは小説と言いたいことは同じだけど全く違う方法でそれを示すとかもありそうですよね。あとはまあ宮崎映画ならではの純愛と美味しそうなごはんが見られたらいいなと思います。

ちなみに映画の公開初日のチケットはもう予約しました。自分の中にどんな感想がうまれるのかすごく楽しみです。

風立ちぬの再上映、やってほしいなあ。

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