どこでも泳げる魚になりたい～キャリコンを目指したきっかけの話～

以前、多くの方が訪れる職場で働いていた。

生まれたばかりの赤ん坊から、
ちょっとやんちゃなお兄さんやお姉さん、
会った瞬間から怒鳴り散らすおっちゃん、

親の仇を見る様に睨みつけるおばちゃん、
傘を杖代わりにやって来るおじいちゃん、
電動車いすで颯爽と現れるおばあちゃん。

老いも若きも、本当にいろいろな方々と
出会い、ご意見を始めお叱りやご要望、
愚痴や病気自慢、世間話など、
朝から晩まで「誰かの人生」を垣間見せて
もらえる時間だった。

その職場に来られる方は、困りごとや
不安を抱えておられることも多かった。

でも、その困りごとや不安を少しでも
軽くするためにたくさんの制度や機関が
あり、様々なスペシャリストが世の中に
いるのだ。

わたしには何の資格も肩書もないが、
職場の詳しい人に繋ぐことは出来る。
うちでは対象外の内容でも、

「ねえちゃん、どうやって調べたら
　ええねんな」

と、ご年配向けスマホを差し出されたら、
仕事が押していないときなら、
一緒に検索ワードを考えることは出来る。

そして、たまにスマホごと渡されて、
上司からの（自分で操作してもらえ～）
という無言の圧力を感じながら、

「ええ、それをタップして、えっと、
　指で押すんです、指先でポンと、
　いや、もうちょい力を入れて」

と、操作のお手伝いをすることもある。

せっかく来て下さったのだから、
少しでも「来てみてよかった」と思って
帰ってもらいたい。

来た時よりも、少し、心が軽くなって
帰ってもらいたい。そう思っていた。

ひとりひとりのお話を聞かせて頂く中で、
（なぜ、この制度を知らないのだろう）
（この前に来られた方は、知っていたのに）
と思うことがあった。

どうやら、対応した人や場所によって、
得られる情報にバラつきがあるらしい。

せめて自分が対応する方々には、なるべく
多くの情報を提供できるようになりたい。

わたしは来られる方から新しい情報を
教えてもらうたび、
来られる方が欲しかった情報を
見つけるたびに、ノートにまとめた。

時間を見つけては情報収集に励んだが、
次第に、そういう人材を求めている職場と、
そうでない職場があるという現実に、
打ちのめされることになった。

わたしが海水魚なら、
ここはどうやら淡水らしい。
この水ではわたしは息がくるしい。

それでも、小さな光を見つけた。

過去の職場で身につけた知識については、
誰からも何も言われなかった。

「実績があれば海水か真水かを選ばず
　泳ぎやすくなるのでは」

そう実感した。

いつも心に残っている言葉があった。

「勇気を出して相談に行ったけれど
　対応に傷ついて、それからは助けを
　求めることを諦めてしまった」

あるテレビ番組で聞いた言葉だった。

人間は小さなことで深く傷つき、
小さなことが生きる力にもなる。

それはきっと、誰でもどんな場所でも
経験のあること。起こり得ること。
わたしも何度も経験しているし、
この先にもまたどこかで出合うだろう。

真水で泳ぐことに疲れ切っていたある日、
若いお姉さんがやって来られた。

お姉さんは追い詰められた表情を
していた。

お姉さんが望んでいたものは、
うちにはなかった。

係りの対応に、
お姉さんは静かに涙をこらえていた。

わたしは何もできなかった。
専門知識も肩書も特別なスキルもない。

でも、ただひとつ出来たことがある。

席を立とうとしたお姉さんに、

「世の中にはたくさんの制度や機関、
　場所があって、そこで働くたくさんの
　人がいる。

　どこかにきっと、お姉さんの力に
　なってくれる人がいる。

　出会えるまで、諦めずにいて欲しい。
　ＳＯＳを出すことをやめてしまわないで」

そう伝えた。

お姉さんは面食らったような目をしたあと、

「あなたに会えて良かった。
　ありがとう、諦めずにやってみる」

と、自分を鼓舞するような笑顔を見せてくれた。

辛い経験を重ねても、１度でも心に残る
出会いがあれば、また頑張ろうと思う力に
なると信じている。

あのお姉さんとの出会いが今もわたしの
記憶に鮮明に残っている。

水は突き刺すように冷たくて、哀しくて、
泣いた。

それがキャリアコンサルタント
資格を目指すきっかけのひとつになった。

お姉さんの記憶の隅っこにも、
わたしとの出会いが残っているだろうか。

（出口はまだ見えないけれど、また、
　あんな出会いがあるかもしれない）

誰かの心の中の小さな光になる。
わたしの中にも小さな光を与えてくれる。

いつかそんな出会いを重ねられるような
人になりたい。

今も時々、懐かしく思い返しては、
思うように前に進めないことばかりの
日々に、

「諦めずにやってみる」

お姉さんの言葉はわたしに勇気を
思い出させてくれている。