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終わりの始まりだとしても

入居初日

新居には夕方ついた。

鍵は持っていたのに何故か躊躇い
ドア越しに部屋の中の音に耳をそばだてる
ウールさんは誰かと電話していたのか話し声が聞こえた。

意を決してドアを開けると
ドアの前にはウールさんがいた。
「おかえり」と言われた。
おかえりと言われただけなのに無性に恥ずかしくなった。
「うーぉ〜」みたいなよくわからない返事をした。

いてもたってもいられずに私はその場を離れまた荷物を運んだ。

今の私にはまだとてもこそばゆい。
慣れていないのですぐにはぐらかしたくなる。

その後またドアを開けて部屋に入った。
部屋は思ったより冷たくなく、人がいるとき独特の少しの暖かさがあった。
帰って家に人がいるというのはなんといいことなんだろうか。
部屋が芯から冷えていない、これだけで人の幸福度はこんなに増すものなのか。

玄関で荷物を下ろすと、
玉ねぎを切る音が聞こえた。
トントントンとなんて聞き心地の良い音だろう。
まるで映画のワンシーンのようだと感じた。

日常はやはりいい。玉ねぎを切る音があんなにも心地良い音だなんて。
私はウールさんがただ玉ねぎを切るだけの音にとても感動した。
玉ねぎを切るだなんてあんな当たり前のことをこんなにドラマティックに感じる
ことができる日が来るとは。
こんなに玉ねぎを切る音で自分が心動かされるとは思わず驚いた。
そんな日があったと忘れたくないのでここに記す。

足と手を洗ってからリビングに入る。
まだ足の臭さを隠したい思いはある(だってこの日一日中ブーツだったんだもの!)
台所に立って、タマネギと小松菜を炒めるウールさんの姿が目に飛び込む。
包丁さばきがあまりにもお見事で、
「料理は全然だよ〜」と言っていた過去の発言を思い出しつつその姿を
眺めていた。

相変わらず細い。まるで若杉の木だ。
あまりの細さに台所のかべがより大きく見える。

玉ねぎが溢れそうなほど小さな鍋で野菜を炒めている。
「一人用の鍋買っちゃったからさ」とワタワタと野菜をひっくり返す。
すごく穏やかな景色だった。
近所のスーパーで買ってきた玉ねぎを炒めているだけなのに
ルノワールの絵画を見ているような穏やかな気持ちになった。

引っ越し初のメニューは
イワシのオイルパスタだった、
ウールさんはパスタを作るのは三回目くらいだと言っていたのが
嘘のように美味しい和風パスタだった。

スーパーで鯖缶が高かったからイワシにしただだの
小松菜が安かっただの話しながらパスタを食べた。
洗うお皿を最小限にするためにフライパンから直接食べたい量を食べたい分だけ
よそう式にした。

ザルもなかったから湯切りがうまくできなかったらしいのだけれど、
それゆえにパスタがしっとりしていて美味しかった。
美味しい美味しいと5回ほど言っていたけれど足りないくらいの美味しさだった。

その後、ウールさんは皿洗い、私は風呂掃除をして、
お風呂を貯める間にウールさんの好きな漫画のグッズが飾られていくのを
眺めていた。
グッズのことを語るウールさんはとても幸せそうで、
「たーんと買えばいいさ」と思いながら話を聞いていた。
「理念ちゃんにはこんな話ができて、成仏できるよ」と言われ、
ウールさんは話して楽しいし、私も聞いてて楽しかったから
本当にWin-Winの関係性だと感じた。

ウールさんの後に風呂に入り、
二人で寝る前に修学旅行みたいだねと話しながら、
学校での思い出話に花を咲かせた。

とても楽しくて、話し足りない。
ずっとこんな日が続くならなんて幸せなことだろうなと思った。

とにかくウールさんの負担にならないように穏やかに楽しく生きていたいものです。

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