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苦手な新山さん

※登場人物の氏名はすべて仮名です。


ベテラン看護師新山さんとの勤務


「えぇっと今日の指導者は……げっ…」
私(川崎夕)は新人看護師としてある救急病院に入職し、新人研修を終えて数日前から病棟に配置されていた。
新人看護師は指導係が付く。プリセプターと呼ばれる指導者がメインだが、勤務形態が毎回同じではないため時に違う指導者が付くことがあった。

(やばい、今日新山さんじゃん…新山さんっていつも怒ってるんだよなぁ)
そう思いながら自分の患者の情報収集を始めた。

情報収集を終えて、ふと時計を見ると勤務開始時刻10分前となった。
新山さんはまだ来ていない。
(えぇ…新山さんまだ来ないじゃん…)
そう思い焦りがあった。
なぜなら新人看護師は指導看護師の許可がないと勝手に業務準備ができないからである。
情報収集時点で朝から業務が立て込んでいることは明らかだった。

そして勤務開始5分前に新山さんは出勤した。
朝礼が始まり、朝礼後に新山さんはパソコンで情報収集を始めた。
そんな新山さんに恐る恐る話しかける。
「あ…あの、新人の川崎です。今日指導お願いします…」と伝えると
新山さんは怪訝そうに顔をしかめてホワイトボードを見た。

「……はぁ…新人ついてんの」と小声で呟きそのまま情報収集を再開した。

その間勝手に作業ができない私は
物品の確認をしたりしながら新山さんの様子を伺っていた。

5分…10分…時間が刻々と過ぎる中
新山さんがこちらに向かって歩いてくると
「あのさ、今日の情報とれてんの?」と話しかけてきた。

新山さんの圧に思わず口ごもってしまい「はい…一応…」と答えると
「一応?」と新山さんは顔を顰めた。

「…じゃあとりあえず情報取ったことと今日何をするか言って」と言われ

「えぇっとAさんは9時から点滴があって、検査が●●があって…」と順番に答えていくと新山さんは大きくため息をついた。

「…なんかさ。ほんと業務してるって感じね。」と言い先に進んで行った。

(えぇ⁉︎情報とったことを言えって業務内容を伝えて今日の行動をすり合わせしようって事じゃなかったの⁉︎)と思いながら新山さんの後を追った。


それからの業務は時間に追われ、必死だった。とにかく検温や点滴などをひたすらこなしていき、あっという間に午前が終了した。
新山さんはその様子を黙って見つめていた。その間に新山さんは患者と何やら話している様子だった。

午前が終了時点でタイムスケージュールの2/3しか行えていない。
(やばいじゃん、もう配膳きちゃうよ…)
そう思い思わず焦る。だが新山さんは冷静にこう告げた。
「配膳行くよ。」と。

驚いて新山さんに
「あ、あのまだ午前のことが行えてなくて…」というと
「そんなの知ってるけど、それ食事待ってる患者に関係あんの?」と言い配膳を始めた。

配膳後に休憩時刻となった。
新山さんは「先に休憩行って」と言いパソコンを見ていた。
私は「お先に失礼します。」といい、休憩室に向かった。

(うわぁぁああ全然回れてないや、マジでどうしよう。午後から巻き返せるかな…)と思いつつ弁当を食べていると、同期の朱里が話しかけてきた。

「夕!お疲れ、どうだった?」
「ぜんっぜんだめ。朱里は?」
そう尋ねると朱里はあっけらかんとした表情で
「同じくだめだめ。まぁでもなんとかなるっしょ!てか新山さん一緒に回ってたんでしょ?休憩じゃないの?」と言い、パンを頬張っていた。

(朱里のこういう強いメンタルうらやましいな…)と思いつつ
「新山さんには先入っててって言われた。」そう言うと朱里は
「まじかー。てか傍から見てると新山さんってなんか怖いわ~。なんか教えてくれるっていうより察しろって感じじゃない?ちょっと苦手かも。」
そういわれて首を大きく縦に振った。
「わかる。なんか一緒に回っても何も言われないの。間違ってるのかあってるのかも何も言われない…」と言うと
朱里は
「うわーっ。メンタルも鍛えられそう。ま、頑張って。」と笑いながら私の肩をポンっと叩いた。


それから午後の業務も終わり、夜勤に業務を引き継ぐ時間になった。
(やばい、申し送り怖いな…)そう思いつつ
夜勤者に申し送りを伝えていく。

夜勤者は黙って聞いた後、ため息をついて
「…あんさ、夜勤にしてほしいことと、重要なことだけでいいから」と言い去っていった。

(あぁ、申し送り失敗したな…もー怖いよほんと)と思いうつむいていると新山さんがボソッと言った。

「…あとやっとくから帰って。」

思わず「えっ?」と声が出る。

新山さんは面倒そうに
「だーかーら。もう帰って今日の復習でもしとけってこと。1人でしたほうが早いし。今日の問題点は、あんたの元々の指導者に伝えとくからそっちから聞いてくんない?じゃ。お疲れ。」といいパソコンでカルテ入力をし始めた。

悔しいのか悲しいのかぐちゃぐちゃとした感情になり、泣きそうになりながら「…ありがとうございました」と言い帰宅した。


新山さんの真実

それから数か月経過した。
少しずつ自立して行えることも増えてきた。
相変わらず新山さんと一緒の勤務の日は緊張する。
そしていつも通り新山さんからは深く指導は入らない。
指導があるときは必ず元々の指導者であるプリセプターを通じてだった。

(絶対新山さんに嫌われてる…何かした?ってか何かやってるんだろうな
ぁ。それとも新人が嫌いとか?仕事できなくてイラつくとか?うわぁーやりずらいわ本当に)と思いながら休憩をしているとベテラン看護助手の佐々木さんに話しかけられた。

看護助手とは、シーツ交換や患者搬送など看護師の補助業務を行うスタッフである。佐々木さんは看護助手歴20年になる大ベテランで病院の情報通だった。

「おつかれ!なーんて顔してご飯たべてるのさ!」そう言って笑った。
私は思わず
「佐々木さん、私、新山さんに嫌われてると思うんです…」と言うと

「あー、この時期の新人あるあるだね。新山ちゃんに嫌われてるって言ってくるの。その時期かぁ。新山ちゃんの真実、教えてあげようか?」とニヤリと笑った。

「え!?」というと佐々木さんはこう言った。

「新山ちゃんはね…。




ただの不器用の子で朝は低血圧なだけさ!」
と言って笑っていた。

「て…低血圧…?いや、そんな感じじゃ…(なんなら午後も機嫌悪いような…)」と言うと

「あ、その反応信じてないね。
よし。じゃあみんなで飲み会して真実を聞こう。」と言ってあっという間に飲み会の日程を決めて周りに声かけに行ってしまった。

(えぇぇ!?先輩や上司たちと飲み会⁉︎しかもシフトみて日程勝手に決めてるし…というか新山さん飲み会とか来るの…⁉︎)と思いつつ携帯を開いて朱里に連絡を入れた。
「朱里…○月△日に職場の飲み会するらしいんだけど意地でも一緒にきて。新山さんもいるらしく怖い…」と。
朱里から
「いきなりだね。笑 その日行ける日だから大丈夫よ。了解~。」と返事が来た。
(と…とりあえず朱里もいるならなんとかなる…?飲み会とか嫌だなぁ…)と思いながら休憩時間を過ごした。


飲み会と新山さん

月日は流れ…いよいよ飲み会の日になった。

「まじで来ちゃったじゃん…」居酒屋の前でポツリと呟くと朱里が
「まぁ佐々木さん信じて行ってみようよ!」と私の背中を押して居酒屋へ入った。

スタッフが約10名合流し、新山さんも合流した。

(あれ…私服の新山さんめっちゃ綺麗。てかかっこいいな)と見ていると
顔を顰めた新山さんに
「何か文句でもあんの?」と言われ
「ち、違います!」と慌てて目をそらした。

飲み会が進み、周りが盛り上がる中、新山さんはあまり喋らず飲んでいる。

そんな中、佐々木さんが
「ね、新山ちゃん、川崎ちゃんのこと嫌いなの?」とド直球で質問した。

おもわず飲んでいたお茶を吹き出しそうになった。
恐る恐る新山さんを見ると

「いやそんなことないですけど…ただ…」と言い口ごもった。

(この反応やっぱ嫌われてんじゃん!てか佐々木さん何言ってくれてんの!)と思いっていると周りのスタッフから

「川崎さん、大丈夫大丈夫。新山さんはね、新人とどう話していいかわかんないだけだから。」といい笑った。
ふと周りを見るとみんなもうんうん、と頷きながら話を聞いている。

その様子にため息をつきながら新山さんは話し始めた。

「…私は新人指導は向いてない。
昔ある後輩に育ってほしくて、一生懸命指導したら、パワハラだって言われて…その子は精神的に不安定になって辞めてしまった。だから…どこまで言っていいのか…さじ加減がわからない。嫌われて新人が避けてくれるくらいで丁度いい。」そうぽつりぽつりと語った。

「あれはパワハラじゃなかったと思うけどね~」
と言い佐々木さんを始めとするスタッフは当時のことを話していた。

それを聞いていた新山さんは
「自分がそんなつもりなくても、相手がそう思えばもうだめなんです。そういうもんですよ。だから気になったことは直接言わずに上手に伝えられる人に指導は任せてる。…川崎さんごめんね。」と話した。


それを聞いて私は
(新山さんもいろいろ悩んでたんだ…私何にもわかってなかった…そして初めてあんたじゃなくて名前で呼ばれた…)と思った。

私は新山さんに
「あの、直接ダメなところとか言ってもらえませんか?今後のためにも…」
と言うと

新山さんは少し黙った後に
「…川崎さんは馬鹿正直に感情が顔にでる。そこはよくない。自分が患者だったらどう思うか考えて。あと、業務をこなすことは大切だけどそれ以上に1人1人を考えた看護をしてほしい。その人の入院した背景とか、今後の生活とかをどんなに軽症な患者だとしても考える癖をつけてほしい」そう言った。

それを聞いていた周りのスタッフが口々に
「新山さんの患者さんへの声掛けとかすごい笑顔で丁寧だもんね~」
「患者アンケートでも新山さんでよかったって書いてあるし」
「新山さん知識も豊富で研修とかも行っていろいろ資格とかもすごいんだよ~だから患者指導もうまいし」
「コップとか物品の位置も1人1人の様子みて細かいところを患者に聞いてその人に合わせた配置にしたりとかしてるもんね~」
「しれーっと新人フォローして先に業務務終わらせてたりするしね~」
「新人に残業させないように早く帰れって冷たくわざと言ってるみたいだしね~」
と話ししていた。
新山さんは照れ臭そうに「そんなことないですよ」と言っていた。

それを聞いて
(私…新山さん怖いと思い込んでたから少し距離取ってたし、全然そんなところ見てないや…)と反省をした。

そして新山さんに
「ありがとうございます!もっと頑張ります!」と笑顔で答えた。

そして新山さんも笑顔でほほ笑んだ。

そんな様子を見た朱里が
「新山さんめっちゃいい人じゃないですか!ついでに聞きたいんですけど朝低血圧で機嫌悪いだけってほんとですか!」とストレートに聞いて
「…何でそんなことまで知ってるの」と新山さんに小突かれていた。


新山さんとの別れ

それから数年が経過した。
改めて新山さんの仕事みると、いかに丁寧かつ正確で患者思いなのかを痛感した。

新山さんはあまり直接的に言語で指導することはない。
だが、行動を見るだけでも真似をしたいと思えるところが多く、まさに技術を目で見て盗むという感覚だった。

そして新山さんとは笑顔で話せるようになった。

しかし、相変わらず新人の扱いは苦手のようで、毎年新人の顔がこわばっている。

そんな新人に新山さんの素敵なところを伝えつつ業務をしていたが、家庭の事情で私が地元の病院に転職することになった。


スタッフ1人1人に転職することを伝え、新山さんにも伝えた。
新山さんは
「…佐々木さんがすぐみんなに言って周ってたから知ってた。」と苦笑いしていた。

そして
「あーあ。指導しても結局みんな辞めていくなら指導しなきゃよかったなぁ」と笑いながら言った。

それを聞いた私が
「そんなことないですよ。新山さんから教わったこと、今後も生かしていくんで」と言うと

「おー。言い返すようになったねぇ。
…いい看護師になりな。どこ行ってもやれるさ。応援している。」と笑った。

その言葉に、思わず泣きそうになりながら
「お世話になりました。」と頭を下げた。


転職してからいろいろなスタッフと関わった。
けれども新山さん以上に患者に向き合い、丁寧な看護師は居ない。そう感じている。

今は子育てで退職しているが復職したときには新山さんに負けないくらい丁寧な仕事がしたいと思っている。



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