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再び 悩む 池江さん [㊗芥皮賞 ]


喜んでいた。

たしかに、それまでは  喜んでいた。

しかし、今は違う。

これが本当の、わたし。


同じ、大学競泳協会の OGのライバルに、負けたのだ。


フリー・トライアルの枠で、地方支部のOG扱いになっていた選手。

「記録」、タイム・レコードとは 残酷だ。

二千人の会場に、すべて晒されたのは、

歴然とした 力の差であった。

許せないが、これは彼女のマグレでは、ない。

──会田 遥 さん──

悪口を言うわけではないが、、

どこの競泳クラブにも所属してない、たった ひとりで上京して来た、誰も知らない小さな「田舎の漁協事務員」だ。


わたしが、、

この わたしが 負けるなんて、。


オリンピック選手なのに。

やっと、代表に 返り咲いた。

昔から どんな人でも、わたしを意識するのだ。

応援も。マスコミも。


一方で、、向こうは

日本国民は、ほとんどが知らない、選手。

世界も、競泳界も、、まったく関心を示さない、たかが 田舎のアマチュアではないか。


───── 「 会田遥  」 とは、 誰だ ?


─── それは、


ひと言で、説明できる。


会田遥(あいだ はるか 26歳 F県 )は、精神障害のハンデを持つ、競泳選手なのだ。かつ、2ヶ月前の3月18日からは「世界新記録保持者」なのである。


また、、

もうひとつ重要な、情報があった。

世界も、日本も、精神障害者がスポーツをすることを、現在、許していない。
許されることは、海岸で、フザケて遊ぶ程度である。

したがって、日本水泳連盟の 各地の公認プールを 精神障害者に 使用させることは、政令や規則により、固く禁じられていた。

(  実際に 現在も、パラリンピックには、精神障害者の参加は認められない。そして、そのことを、世界人類の何パーセントが知っているのだろうか?)


そして、事態は今、複雑な方向へ進んでいる。

今回の会田遥 選手の公式記録は、IOC本部(スイス・ジュネーブ)によって、厳重に管理され、絶対に 外部に漏れることはない。

会田遥 選手のデータが、秘密裏に扱われたのは、多くの功績がある 池江選手に対する、日本水泳連盟からの 特例中の特例の計らいでも あった。

しかし、それは、このレースの敗北以上に、池江を傷つけ  心の深い部分を むしばんでいた。




暗い部屋で、池江は両ひざを抱える。

また 泣き声が、かすかに響く。

どうしても、忘れられない ワン・シーンがある。
二年前の、試合の後だった。

桜の並木が、ゲートの先に小さく白く見える 東京体育館の南エントランス。
桃色のまぶしい出口に向かい、廊下を 長い髪の 会田さんが笑顔で、軽やかに走っていく。

数人の仲間に声をはずませながら、「マック、 お土産に頼まれたの〜」と  はずかしそうに、微笑んで、手を小さく振り、近づいていく。

笑い合い、楽しそうに  数人の後ろ姿は  ゆっくり、ゆっくり 春の光の内へ  消えていく。


どうして、あんな風に、屈託のない笑顔で、、弾むように、歩いていける?


なぜ 、あの風景を  今でも、私はスローモーションのように、すべてをコマ送りのように思い出すのだろう?


── たしか、、「東京のお土産」が、マクドナルドだと言った! ──

── 彼女は、マックの無い世界に、これから何時間もかけて、小さな  あの電車で帰るのか?! ──

── マクドナルドの袋包みを、ひざの上に、大切に  丁寧に乗せて、袋にシワができないように気をつけて、何時間も 夜更けまでも走る 電車に揺られながら!! ──


悲鳴に似た、「通ります、通ります、」と繰り返す  大声があがる。「あけてくださーい」
「池江選手、通りまーす」

せわしない、いつものマネージャーに先を促されながらも、私は  あの場に、かなり長い間 立ち尽くし続けていた。
会田遥が 見えなくなっても、見つめ続けた、、あの単純すぎる東京体育館の四角い廊下の奥から。

見返すと、スケジュール帳の上では、4月だから、あの体育館の正面広場は サクラの季節だったのかも知れない。
東京体育館の前に、桜など、あったのか?


その、一連の映像が  時折り、理由もなく、左の眼球の上に、長い針のような痛みが走る。耐え難い 閃光も見えてくる  “フラッシュバック” 。
いつも同じ。その都度、深く深く、記憶が、心の奥の中芯に焼き付けられる。

会田さんは  いつも、あんな安いジャージを着てる。

使い古しの  何年もいつも同じ、田舎で買った センスのカケラもない、セットで一万円もしないものだ。
高校生のような青いバックは、二年半前の予選大会の札幌から、ずっと 変わらず 、一体、何を入れてるのか、毎回 膨らんでいてパンパンだ。
見てる、みんなも イライラしてるはず。

あの札幌予選の、代表・選抜組のみんなが揃った、締め括りの夢の国際親善レースにも、会田遥は  みっともない、あり得ない  いつもの風貌で、現れたのだ。
そして、もう 二年半も重たい、バックを、時折り持ち替えながら大事に、大切にかかえているのだ。


しょせん、漁協の事務員さん。

会田さんには、、
コーチも、監督も、スポンサーだって  いないじゃない。

私には、いつも晴れやかな  たくさんの取材陣。
テレビも、雑誌も、音声や照明スタッフも みんな全員、私にすべて夢中で、みんなミンナ私に毎日、みんな必死なのに、

なのに、、なぜ  ?、会田さんだけ、

あんな、、彼女 ひとりは、

あんな風に、
髪型まで、自由に長く伸ばしたり、、




(  池江さん  もう  お休みの時間です   )


遠くから、やさしい声が伝わった。

配慮ある声だ。




ほら、見なさい



しずかに、長く息を吐く



ゆっくり、立ち上がり、

池江は、薄く光る窓に近づく。

そっと、手を、黒い家具の上に置いた。

ガラスに、眺めと重なっている 自分が少しだけ、映る。


(  私がオリンピック。

   私が日本なの。

  私が中心。

  メダルも獲るのよ。

  私は、

   私が 歴史なの )



暗い、大きい道を延びる車の筋は、いつもより早く感じられた。

この春の空、いつもより 重く漂う。




本当は、、

わかっていた。



あの日は、

たしかに、

確かにだ !

名目は、、「全体での 新人選手のための 歓迎・懇親会」だった。

名目は、たしかに、「懇親会」だった。


 しかし、、、


「はる ちゃ〜〜ん!、


 はる ちゃ〜〜ん!、

 松ヶ浜 漁協のぉ〜〜、オッ、ハル ──  。

 あったよ 〜 ! 、 

 アイスと ガリガリ君 、 買って来た  よ〜〜 !!

 アイスと クジ付きの

 ガ〜〜リガ〜リ君 ♪ ♪

 この カエルダ アキラ が 〜 !!!、

 買って〜来〜た〜よ〜〜 」


たくさんの人と、列が、並んだ、 会場は、

その時、

  【   凍りついた。】


神聖なる 『東京 国際 水泳競技場』で、


IOC国際オリンピック委員会の諸外国からの役員50名ほどが、居並ぶ、華やかに飾られた きらびやかなーー


この大切な オリンピック前の「審議会のカウントダウン」の直前に、。。



もしも、あの時、、

もしも、、

あの 森 前 会長が機転を利かせて、にわかに、大きく、カン高く笑い出し、ふざけた声を、ひたすら長く発し続け、 その場の空気を、どうにか、ほぐし  溶かしていなければ、、

もしも、森 前 会長が、、

老いて、弱っている体力を振りしぼって、、大げさに、はしゃぎ回るように、身振り手振りで、コミカルに、笑顔を振りまいて、、余興の『花笠踊り』を、強引に、スタートさせなかったら、、

もしも、、

アドリブで、さらに、頼み込み、IOCバッハ会長の挨拶に引き継ぎ、、その場のムードを、大きく仕切り直していなかったら、、


今回の、2020オリンピック東京大会の開催自体が、変更されていただろう。


積み上げた、何兆 何千億円の投入が、一瞬で消えてしまう、、
水泳界・東京五輪・日本国の 即発の危機だったのだ。



──────  同時に、その時、、一瞬パニックになり  騒然となった 大会運営の役員たちは、直ちに、緊急危機管理委員会を起ち上げ、、招集させた。

──────  そして、この事態は、とても暗く重い方向へ 進んでいった。


念願の、夢のバリア・フリーへの方針。

あたたかい、まぶしい光が、向けられつつあった、、精神障害者のスポーツ選手団にとって、、その日以降、運命は、最悪の道へと、戻って落ちて行く、ひどすぎる、その歴史は、ふたたび、止めどなく崩れ落ちていくだけになる。




「  あんなこと、もう!、思い出したくもない  」と、璃花子は、大きな声を、窓ガラスにぶつけてしまった。

遠く、数台の車のクラクションが  鳴り響き、消えていく。

浮き上がる  夜の街の灯が、ひどく苦く感じ、池江は、片手で強く口を抑えつけた。


あんな人がいるから、、、

あんな、奴がいるから、、、

障害者スポーツは、

障害者のスポーツが 、ぜんぜん良くならなんじゃない!!


池江さんは、、気づけば、


叫んでいた 。


なにかを、抑え切れない。


池江は、

着衣を 投げ捨て

激しく、

歩き、エントランスへ



「  どちらへ  ? 」

心配気な  廊下の、複数のスタッフ。


すれ違いざまに、「 泳ぎます。準備、お願いします 」


池江は  強く、とても早く歩いていた。


「ふざけてる。  ふざけてるのよ。

 なにが、ガリガリ君よ。

 なんなの、くじ付きって、

 なにが、『買ってきた』よ。

 なにが、


 カ エ ル ダ  ア キ ラ  よ ! 」



そして、無言で、テキパキと、暗いプールサイドに出たが、


闇の中、

飛び込み台の前に来て、、



ゴーグルを、プールに 全力で、投げ捨てた



水の音の反響音と同時に、腕を振り、声を殺して、叫けぶ。

「  ふざけてる、

   ふざけてる、

  カエルダ アキラ  なんて、  名前 !。

  絶体 だめ。

 ありえない。

  わたし

 わたし、

オリンピック選手なんだから !  」


彼女は、、飛び込み台に手をおいて、長く泣いた。



この頃、周りのスタッフ達は、日本水泳連盟を通し、、

【カエルダ アキラ、

【会田 遥、

【松ヶ浜漁業協同組合、

【精神障害者、

【有害、

【国際スポーツ連盟 規約違反、

【水泳競技界、

【スポーツ界、

【排除依頼、有害、

これらの情報を、【危険分子】として報告書にまとめ上げ、速やかに、内閣府当局へ、提出していた。




遠くに、東京タワーのランプも見ることもできる、、

重く 黒い、見通せない、メインの照明は 消えたまま、ひとりだけの、プールを泳ぐ、、池江は、

「自分の奥の心に、従うべきなのか、、それとも、、」と、

少し不思議な笑みを浮かべながら、水面から、やわらかな動作で腕を持ち上げ、

そして、、時間をかけて、大きく脚を上げた。


しばらく、客席の壁に表示される、自分の動作のデータを見つめ、それから、、、ターンをきる。

暗く広いプールの中へ、女は、ふたたび、力強く沈んでから、進む。





(つづく か?? いやいや、………自信ないけどね。……なんか、ドキドキするね!。。007  みたいになったら、、すごいネ!。)



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