見出し画像

遺産分割協議書は契約書である


 遺産分割協議は、相続手続きを行う上で原則的に欠かすことができない過程である。また近年では、改正民法によりその期限に関する条文が加わる等、その重要性はより強調されている。しかし現実問題として、この協議の段階で起こるトラブルは決して少なくはない。

 例えば、遺産の分配方法について、相続人同士で事前に確認は取れたと思っていたものの、いざ手続きがすすむと、遺産分割協議書の内容をめぐって揉め事になってしまうこともある。

 今回は、このような遺産分割協議書をめぐる問題に関連する一つの事例を見つつ、その事例から見て考えられる重要なポイントや、トラブルを防ぐための手立てについて個人的な見解を記していきたい。

遺産分割協議書の意義と重要な考え方

 事例を検討する前に、まず遺産分割協議書のもつ役割について考える。

 遺産分割協議とは、要するに、相続財産の分配方法について相続人全員で話し合い、決めていくことである。

そしてその協議の内容をまとめた遺産分割協議書は、法的書面として相続に伴う預貯金や不動産などの名義変更等の手続きの際に提出していく。

提出先の金融機関や法務局等では、その書面について、法律上適切に記されているかという具合に内容を精査することはもちろんのこと、協議の参加者である相続人全員の署名と捺印(+印鑑証明書の提出)も確認する。

 このように遺産分割協議書は、相続人たちのサインによってお金(に代わるもの)の持主や取り分が確定する書面としての側面をもつ。よって、遺産分割協議書は相続人間の「契約書」のようなものである。

そしてこの考え方は、非常に重要だ。

以上を踏まえて、次の事例を見ていく。


遺産分割協議をめぐる問題事例

 3人家族の父親が亡くなり、法定相続人はその息子2人。

長男は、責任感と遺産の手続きについて早めに済ませたいという気持ちがあり、また「家族だから大丈夫だろう」と思い、次男には事前に相談することなく手続きをすすめていた。

また父の生前「親父が死んだら遺産は全部兄貴がもらってくれよ」と弟が言っていたのを覚えており、その内容で遺産分割協議書を作成し、あとは署名をもらうため弟に見せた。

しかし、その内容を見た弟は「なんで俺の取り分がないんだ!」と大激怒。

その結果、協議がまとまらないだけでなく、それまで仲が良かった兄弟の関係性が疎遠になってしまった。


考えられる問題点

 上の考え方を踏まえて本事例の問題点を考える。もちろん、家族や事案によってその背景は様々なので、その問題点は一括りでまとめられるものではない。ただ一方で、ここで指摘する問題は、多くの相続人が手続上陥りがちな視点でもあると個人的に考えている。 


・「家族だから」「知った仲だから」という過信

 遺産分割協議の当事者について、特に上の事例のように普段から近しい関係にある場合、本事例の長男のように説明を後回しにしたり、見せれば通ずるだろうと気楽に考えたりする気持ちはわからなくもない。

実際上の事例を見てもピンと来なかったり、「ウチだったらそんなことあり得ないな」と思ったりする人もいるだろう。しかし日々の関係性に関わらず、こうしたトラブルは起こり得ることである。

なぜなら上で記したように、遺産分割協議書は、あくまでお金の権利や義務に関わる契約書だからである。

例えばお金を貸してくれと言えば、親子だろうが兄弟姉妹だろうがどんなに親しい間柄でも、相手はその理由や事情を求めてくるだろう。というか、むしろまず一番に気になるところではないか。

それにも関わらず、遺産分割協議の場面になると、身内とはいえ「お金に関する対等な話し合いの場」であるはずのものが、「普段の慣れ親しんだ間柄」によって霞んでしまうことがある。

しかし遺産分割の内容によっては、同じ相続人間でもお金をもらう権利を失う人が出てくる。よって、普段の関係性と切り替えて、手続きの段階での十分な説明や話し合いを行わなければ、これまでの信頼関係は一気に壊れてしまう危険性がある。


・「書面をつくること」に対する合意は取れているか

 また、認識や捉え方の違いも考えられる。

 どういうことかと言うと、遺産をあげるという過去の発言は、弟としてはその時点で「協議書を作成する(合意する)こと」まで想定していない可能性が非常に大きい。

 なぜなら、一般的な人であれば、相続手続きは普段生活している中で、そう頻繁に巡り合うものではないからだ。自分がその当事者となって初めて、手続き上何が必要か・何をするのか等その具体性を実感する人の方が大半ではないだろうか。

 したがって、自分の発言が、当然将来の遺産手続きに結び付くと考えられる人はそうそういないのではないか。その程度の意識での発言だからこそ、日が経てば忘れてしまうこともあるし、一方で生活状況等が変わることもある。

 よって上の事例で、例えば兄から過去の発言を指摘されたとしても、弟としてはピンとこない。それどころか「そんなこと言っていない」とすら思ってしまうのも十分あり得る。

 こうなってしまうと、兄としては信頼しているからこそすすめた手続きであっても、弟としては、直前まで教えてもらえなかったのも、口封じのため自分に不利な書面を一方的に作成したためだと捉えてしまうこともあり得る。

 言った言わないで相続人が揉めてしまうこともあるが、このような経緯も一つ考えられるのではないかと思う。

 以前の発言を鵜呑みにするのではなく、実際の手続きの都度、十分な意思の確認が必要である。


予防策


・手続きの都度の確認・話し合いを十分に行う
 

 「こういった内容で書面を作成してもいいか」というように実際の手続きの際にも確認をとる。もちろん、単なる言質(脅し)とならないように、お互いが納得のいく話し合いを行うことが重要だ。

時間経過により、以前自分が言ったことを忘れてしまうことや、事情が変わることも考えられるからだ。だからこそ、遺産分割協議の場でお互いの現状や意思の確認は十分にとる必要がある。

 また上の事例でいえば、例えば弟の妻等の、相続人以外の者が協議の内容に介入してくることも考えられる。もちろん法律上は、法定相続人でない者については協議に参加する権利はない。

ただ一方で現実的に、遺産の取り分が家計に与える影響は少なくないことも多々ある。その場合、表立って言わないにせよ、そこに期待してしまうこともあるというのも事実であろう。

仮に兄が全部もらうという内容で協議書を作成したときに、弟の口から経緯や自分の気持ちをしっかりと説明できるようにするためにも、相続人間での十分に納得のいく話し合いが必要だ。


 少し話は変わるが、遺言書についても同様のことが言える側面もある。遺言書は、遺言者が自分の意思で作成するものである。よって、遺産分割協議書とは異なり、その内容について、作成段階で家族がどうこう言えるものではない。

ただ自分が亡き後、遺された家族が揉めない円満な遺産手続きを求めるのであれば、遺言書を遺すことやその理由等を、自分の家族に対し何らかの形で遺言者から伝えておくだけでも、家族への伝わり方や説得力は大きく異なる。


まとめ


 相続人間で起こるトラブルに関するすべての原因が、今回紹介したものであるというわけではない。

 また上の事例で言えば、長男が悪いとか次男が悪いとか、そういったことを言わんとしているわけではない。家族や親族に限らず、人間関係で揉める要因としては様々な事情や背景がある。

 その一方で今回指摘したように、特に相続人間の距離感が近いほど、手続上の説明や確認を疎かにしてしまう側面があるというのも否めない。

繰り返し言うが、遺産分割協議書は、その署名により、お金に関わる権利や義務が発生する相続人間の契約書なのだ。普段お互いの性格を理解しているつもりでも、このように信頼関係が生ずるお金の問題を孕むという点から、ビジネスと同様に事前の説明や意思の確認はしっかりと行うべきだ。

 もちろん、様々なところで言われているように、早いうちから話し合いを行うことも大切である。当人たちなりのコミュニケーションの取り方はあると思うが、節目節目の意思の確認は十分行いたい。

この記事が参加している募集

これからの家族のかたち

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?