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相続手続きで気をつけたい期限ー相続放棄の熟慮期間ー

 相続手続きは、特に急いでやらなくてもいいという考えが、残念ながら一般的であるといえる。
実際お客さんからも、相談に来た当初は「相続だから、急がなくても大丈夫だと思っていました」という声を聞くことがある。

 しかし、相続に関連する手続きの中には、期限が定められており、この期限を守らなければ、その手続き自体が認められなくなってしまうものもある。

 「相続」・「期限」という2つのキーワードから、連想される代表的なものとしては相続放棄がある。
 相続放棄の申述期限は「自己のために相続の開始があったことを知ってから3カ月以内」である。この「3カ月」という数字については耳にしたことがある人もいるかもしれない。

 では、具体的にこの数字は何を指すのか・またこの期限を守らなければどうなるのか。ここでは相続放棄の原則的な期限と、それに関連した基本的な考え方について紹介する。


1.相続放棄とは

民法第939条(相続放棄の効果)
 相続の放棄をした者は、その相続に関しては、初めから相続人とならなかったものとみなす。

 まず大前提として、相続放棄を行うことができるのは、当然のことながら相続人である。
 そして上の条文にもあるとおり、相続放棄を行った人はこれにより「初めから相続人ではなかったこと」になる。すなわち相続放棄とは、「相続人としての地位」を自ら放棄することである。

 ちなみに、たまにごっちゃになっている人もいるが、「遺産分割の結果、財産を相続しないこと」は相続放棄ではない。
相続放棄は各相続人が個別に行うので、この点、相続人全員で行う遺産分割とは異なる。
 またそもそも、遺産分割協議の参加者は原則的に相続人である。
相続放棄を行った者は「初めから相続人とならなかったものとみな」されるので、協議の参加資格はない。


2.相続放棄の意義

 ある人が亡くなり相続が開始すると、その相続人は被相続人(亡くなった人)の一切の権利義務を引き継ぐ。(民法第896条)
 一切の権利義務というのは、相続財産のうちの現金や不動産などのプラスの財産を得る権利だけでなく、借金などのマイナスの財産をもその相続人が負うことを意味する。

 例えば被相続人が、生前事業を営んでおり金融機関から多額の融資を借り入れていた場合や、あるいは浪費癖があり消費者金融等へ未返済の借入金がある場合を想定する。
これらの残債については、その相続人が代わりにすべて返済するのがもちろん理想である。
しかし実際は、本人亡き後に借金が判明することもあり、そうした場合、相続人にとっても不測の事態であることが少なくはない。
よって相続人にとっての現在と将来の生活を考慮したとき、被相続人に代わり返済義務を果たすのが厳しい状況も考えられる。

 このような場合に考えられる一つの手段が、相続放棄である。
相続放棄を行うことにより、その人は被相続人の残した借金の返済義務から免れることができる。
 相続放棄はこのような事情や経緯から、相続人を保護する制度である。


3.相続放棄の申述期限

1)熟慮期間(「自己のために相続の開始があったことを知ったときから3カ月以内」)

 民法第915条第1項前文
  相続人は、自己のために相続の開始があったことを知った時から三箇月
  以内に、単純若しくは限定の承認又は放棄をしなければならない。

 上の条文のとおり、相続放棄の原則的な期限は「自己のために相続の開始があったことを知った時から3カ月以内」である。
この期限までに、戸籍や申述書、財産目録などの必要書類をそろえて管轄の家庭裁判所に申立を行う
ちなみに、この相続をするか又は相続放棄をするかを考える猶予期間は、熟慮期間とも呼ばれる。

 相続放棄をするにあたり、こうした期限が設けられているのは、相続財産に対する債権者等の利害関係人を保護するためである。

 債務者が亡くなると、原則的にその支払義務は法定相続人たちが引き継ぐ。
このとき、仮にいつでも相続放棄ができるとしたら、極端な話、支払いの請求が来たタイミングで相続放棄を行い、「自分は放棄したので関係ありません」と言うことも可能である。
その場合、債権者側からすると、結局相続人のうちだれに請求すればよいのかわからない上、いつまで経っても債権の回収ができなくなってしまうことも考えられる。

 このような背景から、タイムリミットを設けることで、相続財産に関わる利害関係人を保護する趣旨となっている。


2)熟慮期間の起算日ー「自己のために相続の開始があったことを知った時」とはー

 1)の条文中の「自己のために相続の開始があったことを知った時」というのは、「被相続人の死亡の事実」と「自分が相続人であること」の両方を知った時点を指す。
 そして、この2つのタイミングは必ずしも一致するとは限らない。
よって、起算日が死亡日とは異なることも、また相続人間で起算日が異なることも十分あり得る。
以下の事例を見てみる。

<事例>
 令和4年4月1日にAさんが亡くなり、その相続人はAさんの唯一の子Bさんのみである。
Aさんが亡くなった当日に、Bさんはその訃報を知った。
 このとき、Bさんにとっての熟慮期間の起算日は、令和4年4月1日である。よって、Bさんが相続放棄をするのであれば、そこから3カ月以内に家庭裁判所に申述しなければならない。

 このケースで、Bさんが相続放棄を行った場合はどうなるのか。
AさんにはBさん以外に子どもはいないので、Aさんの法定相続人としての資格は、法律上定められた次順位の人に移る。
 このとき、親(両親が亡くなっていれば祖父母)が生きていれば、Aさんの親が相続人となる。

 この事例で、Aさんの母Cさんが健在であった。
Cさんは、亡くなったその日にAさんの訃報を知っていたが、Bさんが相続放棄をしたことについては知らずにいた。
そして令和4年10月1日に、Aさんが生前借金していた債権会社から通知が届き、このときはじめて自分が相続人であると知った。
 以上の場合、Cさんの熟慮期間の起算日は、令和4年10月1日である。


 このように、相続放棄をするか否かを判断する上でのタイムリミットである熟慮期間の起算日は、状況によって異なり、また必ずしも被相続人の死亡日であるとは限らない。


4.申述期限を過ぎてしまった場合

 相続放棄自体が認められない。

 したがって、被相続人の借金が残っていた場合は、その相続人が返済していくことになる。


 一方で、財産状況を把握するのが難しく、相続放棄をするかどうかは、財産調査の結果をもとに判断したいという人もいるだろう。
 このようなときは、事前に期間伸長の申立を家庭裁判所に対して行うことも一つの手である。
 この申立が認められれば、熟慮期間を延長してもらうことができる。これにより、財産調査等に時間がかかりそうなときでも少し余裕ができる。
 ただし、この申立自体も熟慮期間内に行う必要がある点には注意したい。


まとめ

 以上見てきたとおり、相続放棄のタイムリミットである熟慮期間は、「自己のために相続の開始があった時から3カ月以内」とされている。
 ただし、その起算日は必ずしも被相続人の死亡日と一致するとは限らず、状況や相続人によって3か月のカウントダウンがいつから始まるのかは異なる。
 またこの熟慮期間の起算日は、通常、相続放棄の申述書に記載するので把握しておく必要がある。

 3か月以内に手続きを終えればいいとは言っても、そう単純な話でもない。
 申述する上での必要書類である戸籍集めや財産調査、申述書面の作成等を行い、期限内に管轄の家庭裁判所に書類を提出する必要がある。
 よって、早めに着手するに越したことはない。

 今回は、相続放棄の原則的な期限ということで記してきたが、上述した期間伸長の申立が通った場合以外にも、「相当な理由」が認められた場合は、例外的に熟慮期間経過後も相続放棄ができることもある。
 ただしこの場合、その条件にあてはまるだけでなく、相続放棄の申述の際に、その事情や経過をわかりやすく記した上申書や資料等を添えて提出し、家庭裁判所を納得させる必要がある。

 このように相続放棄の手続きに関しては、期限という観点に絞ってみても、その期限自体の把握や事前の準備、書類の書き方など注意すべき点・確認したい点が多くある。

 自分にとっては縁のない話だとは思っていても、いざ身内の相続がはじまると、これまで知らされていなかった財産が見つかったり、見知らぬ人や会社から通知が届いたりすることは決して珍しいことではない。
 そのようなとき少しでも不安なく対応できるように、司法書士への早めの相談・早めの相続手続きをすすめる。

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