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77回目 "Tell Me How Long the Train's Been Gone" を読む(第6回)。理屈をつけてする言い争いのシーンはさすがボールドウィン、見事です。

今回の読書対象は、Book 1, 2 & 3 の三部でなるこの小説の Book 2 の最終部分(Pages 181 - 235)です。

今回投稿では、理屈の応酬でなる口論、そのおもしろい箇所のひとつを取り上げ、じっくり読み味わって見ることにします。


Barbara King と Leo Proudhammer は劇団への加入を期して入団のためのオーディションに臨みます。審査するのは劇団のオーナーであって若手劇団員の教育の最高責任者 Saul San-Marquand です。Barbara は21才位、Saul は 50 才位でしょうか。ちなみにこの小説の語り手は Leo です。

1. Barbara と Leo は 10 分ほどの演技を終えると、劇団のエギュゼクティブ Saul からの質問責めに立ち向かいます。

[原文 1] Saul raised his hand.
  'As Miss King is the lady here, or' -- he coughed -- 'certainly, so to say, represents the female principle, we will interrogate Miss King first. Miss King' -- he straightened, and Barbara straightened -- 'why did you elect to do this scene?'
  'We liked it,' Barbara said. She paused. 'We felt that it made a connection -- between a private love story -- and -- a -- well, between a private sorrow and and a public, a revolutionary situation.' She paused again. Saul watched her. She watched Saul. 'The boy and girl are trapped. For reasons that they can't do much about, anything about -- and it's not their fault -- not their fault, I mean, that they're trapped.'
[和訳 1] ソールが片手を持ち上げ、発言を始めました。
  「ミス・キングが女性でいらっしゃる、女性として振る舞われていることに誤りはありません。ですから、先にミス・キングに質問をすることにします。」と咳払いしながら切り出しました。ソールもバーバラも背筋を伸ばせて集中しています。「このシーンを選択された理由をお聞かせください。」
  「私たち二人がこの部分が好きだったからです。」と言うとバーバラは口ごもりました。しかし直ぐに「私たちは、この部分が二つの要素をつなぐ作用をしていると、個人的な恋愛物語ともう一つ、何というべきか・・・、個人が抱える悲しみと社会的な活動、すなわち革命活動のあり様をつなげる作用です。」とつづけて、また言い淀みました。ソールは彼女に視線を向けています。彼女は「青年と娘の二人は落とし穴にはまっています。その原因が、当人たちにはほとんどどうにもできない事情にあるのです。自分たちにはどうしようもないのです。二人の責任でもありません。二人の責任ではないので、私は今しがた落とし穴にはまっていると表現しました。」

Lines between line 31 on page 229 and line 7 on
page 230, "Tell Me How Long the Train's Been Gone";
A Penguin Modern Classics paperback


2. Saul から Barbara への質問が、双方の意地の張り合いに発展します

[原文 2] 'Then, your motives in doing this particular scene,' said Saul, 'were personal?' He looked briefly at me.
  'One's motives,' said Barbara, sitting very still and straight, 'are always personal.' Then, after a second, 'I hope.' And she lifted her eyes to Saul again.
  'One's motives, he said, 'may always be personal. But one's execution, as I believe you have heard us attempt to tell Mr Parker, can never be personal. One's motives, ah, that is one thing -- but one's execution of these motives, if one is attempting to work in the theatre -- these must be quite something else again.'
  'I don't,' she said, flatly, with a certain calculated rudeness, 'know what you're talking about.' And she watched him. The silence, like water, rose.
  'Miss King,' he said, 'we are suggesting that your execution of this scene -- which is, if I may say so, a very beautiful scene, and we had the distinction of being present the very first time it was ever played, has been somewhat carried away by your motives.' He raised his hand again. 'Do not misunderstand us. We admire your motives. We were revolutionary before you were born, Miss King -- and the scene you have just attempted to play is a revolutionary scene. Written by a revolutionary. So we are in sympathy with your motives.' He paused. 'But we must question your execution. That is what we are here for.' He paused. 'What you working for in this scene, Miss King?'
[和訳 2] 「するとここを演じることにされた動機は個人的な事情にあるということでしょうか?」と詰め寄るとソールは一瞬ながら、私にも目を向けました。
  バーバラは正面に向かって座った姿勢をピタリと止めて「動機とは誰にあっても、個人的な事情から生まれるものです。」と答えます。少し間が空いたのですが「そうありたいと私は思います。」と続けると同時に視線を持ち上げソールを見つめました。
  「人が何か行動を起こす時の動機とは個人的事情に支配されるというのはその通りかもしれません。 しかし、その行動の実行となると、決して個人的なものとは言えません。あなたも聞いてくれたはずですが、個人的なものではないという根拠は、つい先ほどパーカーさんに私たちがコメントした通りです。この動機なるもの、これは一つ独立したものですね。そして動機に基づく行動の実行なるものとなると、これは動機とは別の独立したものなのです。演劇の世界に生きる人々にとって、このことは非常に重要です。」
  バーバラは「私にはおっしゃることが良く分かりません。」と食い下がりました。 頭に秘めている考えがあって、意識して礼儀を破るこの行為に、周囲には静けさが、溢れる水面のごとく立ち上がります。
  ソールは声を荒げます。「ミス・キング、我々はあなた達二人の実行・演技は、あなた達の(あなた達がこのシーンを選んだ)動機に流され、大切なものが失われていると言っているのです。 ただし、あなた達の演技は非常に美しいシーンに出来上がっていたことに加えて(この演劇が私たち劇団にとって取り上げたことのないものであって)この演劇に対する我が劇団初めての取り組みに立ち会えたということですが、私はそれを誇りに思ったことを言い添えます。」 ソールは、もう一度片手を差し上げ合図しながら、「取り違えないで欲しいのですが、我々はあなた達の今回の動機を称賛しています。 この劇団にかかわる私たちはあなたが誕生した以前から革命家の集団であったのです。 ミス・キング、あなた達が今しがた頑張って演じたシーン、これは革命に関するシーンなのです。この演劇も革命家が書いたのです。 したがって我々はあなた方の動機に対しては賛意を持っています。」と語り掛けました。 ここで一息入れると「しかし我々はあなた方がその動機を実行に移したものである演技について問題だと言っているのです。このようなことを問題にするために我々はここにいるのですよ。」と続けたのでした。 再び一息つくと「ミス・キング、あなたはこのシーンを演じるに当たり、演じることで何を達成したいと考えていましたか?」とソールは質問を繰り出しました。

Lines between line 8 and line 31 on page 230, the same paperback


3. 口論は延々と続くのです。その中から Barbara の攻撃的発言だけを四つ。入団テストの試験官であり、この劇団のオーナーが相手です。

[原文 3-1] 《「この劇の全体を分かった上でこのシーンを演じているのだよね」との主旨で詰問されたのに対する Barbara の反応です。》

  In the silence Barbara said, 'When they're facing each other in this scene, she can't know, neither of them can know, if they're ever going to see each other again. You don't play what the playwright knows. You play what the character knows.'
[和訳 3-1] 静まり返った部屋でバーバラが発言しました。「あのシーンに於いて二人が向かい合って立っている時点では、あの娘は、いや二人のどちらもですが、ここで別れても、いつか将来にまた顔を合わせることになるなんて知る由はないのです。 演じる役者は脚本を書いた人の知識に基づいて演技するのではないのです。 役者は、演じる対象の人物がその時点で持っている知識に基づいて取る行動を演じるのです。

Lines between line 7 and line 11 on page 231, the same paperback

[原文 3-2] And Barbara said, 'I very much doubt that anything you can say will make me feel that your time on earth is more valuable than mine.'
[和訳 3-2] それに対してバーバラは「私は、あなた様がこの先、何とご発言されようとも、あなた様のこれからの一生が私のそれよりも重要度が高いのだなどと私に信じさせることができることはまずないだろうと思っております。」

Lines between line 17 and line 19 on page 231, the same paperback

[原文 3-3] 'I know that she has probably just finished washing the dishes, and her hands are probably still a little damp. I know she can't stand the house she lives in -- it makes her feel as though she's in jail.' She paused. 'She's scared -- scared that she'll never get out of jail. She's in love with Sid, but sometimes she almost hates him, too, and -- well, she's a virgin. That scares her, too. Maybe that scares her more than anything else.'
[和訳 3-3] 「私が頭に描いていたのは、今しがた、皿洗いを終えてその両手はまだ少し水にぬれているという彼女の姿です。彼女は今住んでいる家にいるのを耐え難く思っているのです。そこに居ると牢獄に居るような気がするのです。」 彼女はそういうと一瞬口を止めたものの直ぐに再開しました。「彼女は恐怖を感じています。この牢獄から抜け出ることがないのだという恐怖感です。彼女はシッドに愛を感じています。でも折に触れてはシッドに嫌悪感をも抱きます。えーっとそれから、そう、彼女は処女です。彼女にはこのことはおそらく何よりも怖い思いをさせているのです。」

Lines between line 25 and line 31 on page 231, the same paperback

[原文 3-4] ’Pardon me, Miss King. Have you ever lived -- as this girl lives?'
  'No, But I've never lived the life of Lady Macbeth, either. And no actress has.'
[和訳 3-4] 「一言よろしいですか? ミス・キング。この劇の女性と同じようなことを実生活で経験されていますか?」とソール。
   バーバラの答えは、「いいえ、経験してはいません。私はマクベス夫人の生活と同じような経験もしていません。マクベス夫人と同じ生活を経験した女優さんがどこかにいらっしゃるでしょうか?

《蛇足ながら、『この小説ではバーバラこそが生まれ育った家を嫌って飛び出した女性であること、ここではバーバラが口答えの為に嘘をついていること。』を書き添えておきます -- この記事の著者より --》

Lines between line 32 and line 34 on page 231, the same paperback


4. 演劇に生きる人たちのリベラルさが田舎の町の人々に嫌悪感を募らせ、一つ間違えば黒人のLeoが命を落としかねない事件になります。

上段に示した口論のシーンからは離れます。ところで、今回の読書部分、更には Pages 101 - 235 でなる Book 2 全体のストーリーは、この田舎町で展開します。Barbara と Leo は少しずつこの町の人々と接触することになり、それぞれにこの小説の主題を形作る事件が発生し治まることになります。

そんな訳で、この田舎町の重要な特徴、重苦しい側面をここに開示しておくことにします。

劇団員たちがやってきた時点での、リベラルとは程遠いこの町の人々の考えは、一例ながら、次の様に描かれています。(この文章が現れるのは Book 2 の始まり近くであり、私の 75 回目の投稿で読んだ部分に当たります。)

引用するのは、Jerry, Barbara そして Leo の三人が劇場公演に備える準備作業を終えた日の夕刻、訪れたイタリアン・レストランでのシーンです。

[原文 4] Also, in the pizza joint, since we were in the theatre, we were special, we were gentry. It didn't seem at all odd to them that I should be in the theatre -- It was not only logical, it was, so to speak, my inheritance, my destiny. The only Negros they had ever heard of had been in the theatre, or in the ring. They were in awe of Paul Robeson -- I must say that they really were. They loved Joe Louis.
[和訳 4] 加えて、このピザ・レストランでも私たちは特別な(一般とはかけ離れた)接遇を受けました。劇場公演にかかわる人物であったからです。格上の人間であったのです。 (黒人の)私がいることが、周りの人たちに全く違和感を与えることにはならなかったのです。 彼らの規定の概念と全く矛盾しなかったのです。いわゆる過去からの概念の継承という行為、私に向けて準備されていた運命でした。 ここの人たちが見聞きして、その頭に形成されて存在した黒人とは演劇俳優たちであり、でなければリングで活躍するポクサーだけでした。 彼らはポール・ロウブソンに畏敬の念を抱いていました。ほんとうにあがめていました。 またジョー・ルイスに愛着を持っていました。

Lines between line 1 and line 6 on page 120, the same paperback


5. Study Notes の無償公開

"Tell Me How Long the Train's Been Gone"(第6回)、原書 Pages 181-235 に対応する Study Notes です。A-5 用紙両面印刷、見開きの形に調製しています。

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