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29回目 "The Island of Missing Trees" を読む Part 2 です。ビクトリア女王の時代の英国支配の下にあるキプロス島は E. Said が 'Culture & Imperialism' に描いた苦悩・憤懣を思い出させます

1.読み手を魅了する為に工夫を凝らした「言葉使い・表現」

1-1.1974年以前のキプロス島を念頭に、二分された社会、その双方にまとわりつく相手側への嫌悪感を Elif Shafak は次の様に描きます。日本語訳を読んでいるのでは、こんな「表現上の工夫」の存在に気付くことが出来るとは思えません。(Lines 22-25 on page 112)

[原文] 'Because the past is a dark, distorted mirror. You look at it, you only see your own pain. There is no room in there for someone else's pain.' Noticing the confusion on Ada's face, Defne tried to smile - a smile as thin as a scar.
[和訳]
 「なぜならば、過去というものは写りが悪い上に歪みまである鏡だからなの。それを見ると見た人には自分たちの苦しいことしか写らないのです。その鏡には相手の人々が被っている苦しみが写らないのです。」アダの表情に良く呑み込めないなあというサインが見え隠れするのに気が付いたデフネ(母)は、自分の強張った表情を緩めようとしました。可能だったのは旧い傷跡程度の、見えたか否か良くは判らない程度の微笑みでした。(この部分では mirror を「ガラス窓・観察窓」と和訳するべきかな?)

1-2.雪嵐の朝に始まった一日、父と16才の娘の二人住まいのロンドンの家に初めて訪れた、今は亡き母の姉との三人で迎えるこの日の始まりは次のように描かれます。クリスマスを控えた一日の朝の描写は日本人が俳句や短歌で駆使したいと願う言葉の魔術そのものです。(lines 1-4 on page 122)

[原文] On the second morning of the storm, the entire city grew dark, as if night had finally won its eternal battle against day. A sharp sleet serrated the air, and just when it felt it would go on forever, it receded, giving way to a blizzard from the north.
[和訳] 嵐の日々、二日目の朝でした。町の全体に暗がりが覆いました。夜の暗さが昼間の明るさとの「毎度の戦い」に勝利を収めたかのように思えました。冷たい刺すようなみぞれが大気をギザギザに切り刻んでいたのです。今日はこのみぞれが延々と続くのかなと思ったとたん、みぞれが弱まり始めました。代わりに北からの強烈に冷たい風が街中を占領したのです。

1-3 家族が背負うことになる、あるいは背負うことになった傷・荷物・トラウマを著わすのに、こんなに重苦しくない表現があるとはと感服です。トラウマに打ち勝つ・トラウマを乗り越えるエネルギーの存在を、私に教えてくれました。(Lines 1-4 on page 128)

[原文] If families resemble trees, as they say, arborescent structures with entangled roots and individual branches jutting out at awkward angles, family traumas are like thick, translucent resin dripping from a cut in the bark. They trickle down generations.
[和訳] 親類一族というものが、世間で言われるごとくに木々に似ているとするならば、すなわち地面の下に複雑に絡み合って伸びる根っ子や好き勝手に伸び盛る大小の枝、均整の取れた枝ばかりではありませんが、これらに似ているとするならば、一族が抱えるトラウマは、樹皮に被った切り傷からにじみ出て垂れ落ち続ける粘くて透明な樹脂に似ているのです。この樹脂たるや幾世代にも渡ってしたたり続けるのです。

2.初めて完読する英語小説として、強くお勧めします。

子供向けでない原書を、初めて、辞書と首っ引きででも読んでみようという方には最適な一冊と信じます。理由は次の通りです。
1)文章はその一つひとつが短いこと。
2)文法構造も明瞭で理解し易いこと。
3)話題の変化・展開が速くて退屈しないこと。
4)扱うテーマが人々の生活・生き方・主義主張に関わる普遍的で重いのですがそれにも拘らず、文章に鬱陶しさがないこと。
5)上に例示した通り、表現がこの上なく美しいのです。

3.Study Notes の無償公開。Part 2 の今回は原書 'The Island of Missing Trees' by Elif Shafak, a Penguin Book の Pages 50-142 をカバー



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