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64回目 "Midnight's Children" を読む(第16回) 殉教者の誕生なのか最後なのか、しばらく衝撃的なシーンが続きます。

体力の衰え(「気力もそうだ」とは意地でも認めはしませんが)の隠せない私には読むのも頭に浮かべるのも耐え難いシーンながら、実存主義に魅せられそのかけらを引きずる人間には目をつむる訳にいかないシーンなのかと思います。


1. お前たちを育てきれないと悲しんだ父に殉教者をプレゼントし名誉を与えたいと言っていた息子、15 (16?) 才のシャヒードの死。

殉教者になることが夢だと公言していた少年兵に、予言の通りの死が訪れます。思い描いていた夢では自分の手榴弾がもたらす死であったはずが、ざわめきの中から飛んできた、投擲者が不明の手榴弾にやられることになったのです。

[原文 1-a] Shaheed Dar, however, remained in the street; in the first light of morning he watched soldiers scurrying away from what-had-not-been-done; and then the grenade came. I, the buddha, was still inside the empty house; but Shaheed was unprotected by walls.
Who can say why how who; but the grenade was certainly thrown. In that last instant of his un-bisected life, Shaheed was suddenly seized by an irresistible urge to look up … afterwards, in the muezzin's roost, he told the buddha, 'So strange, Allah -- the pomegranate -- in my head, just like that, bigger an' brighter than ever before - you know, buddha, like a light-bulb - Allah, what could I do, I looked! -- And yes, it was there, hanging above his head, the grenade of his dreams, hanging just above his head, falling falling, exploding at waist-level, blowing his legs away to some other part of the city.
When I reached him, Shaheed was conscious, despite bisection, and pointed up, 'Take me up there, buddha, I want to I want,' so I carried what was now only half a boy (and therefore reasonably light) up narrow spiral stairs to the heights of that cool white minaret, where Shaheed babbled of light-bulbs while red ants and black ants fought over a dead cockroach, battling away along the trowel-furrows in the crudely-laid concrete floor.
[和訳 1-a] 一方、シャヒード・ダールは朝日のもと、外の道路に居続けました。彼はその時、大勢の兵士が、まだこれから何かが起ころうとしている何かから逃げるべく走りくるのを目にしました。次の瞬間には手榴弾が飛び来ていたのです。私、ブッダはまだこの空き家の中でした。シャヒードは私の様に壁に守られてはいなかったのです。
   何のためにどのように誰がなんて、一体誰に分かるというのでしょう。ただし手榴弾が投擲されたことは事実です。身体を二つに引き裂かれる以前の最後の一瞬において、シャヒートは突然のことで何故なのか意識する間もなく、上方に目を向けていました。・・・後になって、ムエジン(お祈り呼掛け師)用の部屋においてシャヒードがブッダに話したのは、「分からないよ、アラーの神様。ザクロが、私の頭に浮かんだのです。ザクロのようなものが、それも見たことがないほど大きくて明るく輝いていたのです。ブッダ、分かってくれるかな。電球の様に。神さま、私に何が出来たのでしょう? 自分の目で見ることができましたと。彼によると確かにそこに、頭の直ぐ上にあったのです。それは彼が夢の様に口にしていた手榴弾でした。それが頭の直ぐ上に降下しどんどん低いところにまできて、腰の高さのところで爆発したのです。彼の両脚をこの街のどこか他所の場所まで吹き飛ばしました。私が彼の居たところまで駆け寄るとシャヒードにはまだ意識があり、上の方を指さしました。身体が二分されたというのに。「ブッダ、あの高い所まで運んでくれ。あそこに行きたいのだあそこに。」そこで私は殆どこの少年の半分を(そのために軽くて楽だったのですが)持ち上げて狭いらせん階段を昇りました。静まり返ったミナレットの高い場所にまで。そこに着くとシャヒードは言葉にならない声で照明用の電球がどうのと漏らしました。その部屋の床には赤アリと黒アリが死んだゴキブリを取り合い争っていました。粗雑な仕上げのコンクリート床の鏝(こて)跡の谷間に沿って列をなして争っていたのです。

Lines between line 21 on page 525 and line 8 on page 526, "Midnight's
Children", 40th Anniversary Edition, A Vintage Classics paperback

[原文 1-b] Down below, amid charred houses, broken glass and smoke-haze, antlike people were emerging, preparing for peace; the ants, however, ignored the antlike, and fought on. And the buddha: he stood still, gazing milkily down and around, having placed himself between the top half of Shaheed and eyrie's one piece of furniture, a low table on which stood a gramophone connected to a loudspeaker. The buddha, protecting his halved companion from the disillusioning sight of this mechanized muezzin, whose call to prayer would always be scratched in the same places, extracted from the folds of his shapeless robe a glinting object: and turned his milky gaze upon the silver spittoon. Lost in contemplation, he was taken by surprise when the screams began; and looked up to see an abandoned cockroach. (Blood had been seeping along trowel-furrows; ants, following this dark viscous trail, had arrived at the source of the leakage, and Shaheed expressed his fury at becoming the victim of not one, but two wars.)
Coming to the rescue, feet dancing on ants, the buddha bumped his elbow against a switch; the loudspeaker system was activated, and afterwards people would never forget how a mosque had screamed out the terrible agony of war.
[和訳 1-b] 高台から見下ろす焼け焦げた家並み、割れたガラス製品、煙のたなびきが目に付く街には、アリの様に見える人々が屋外に繰り出していました。人々は平和の到来への備えを始めていました。アリたちはアリのような人間どもには関心を示さず争いを続けています。ブッダは、音を立てることなく立ち尽くしていました。その高台の小部屋に備え付けの家具、拡声器に繋がった音響装置を収めた小さな机と半分になったシャヒードの身体の中間に立って呆然と足下に目をやっていたのです。ブッダは半分になったこの相棒をこの場にそぐわない外観、いつも同じところできしむ様な雑音を混入させたであろう機械式お祈り時刻告知設備の外観が視界に入らない様に注意しながら、自身がまとうマントのようなワンピース服の折れ目から光を反射する代物をそっと取り出しうつろな視線をそれ、銀のスピトゥーンに向けました。一人考えごとに陥ったのですが悲鳴に引き起こされました。視線を床に転がっていたゴキブリに向けたのでした。(血液が鏝跡の谷溝に沿って流れ出していて、アリたちがその赤黒いネバネバした軌跡を追い始めていたのです。アリたちはすでにその流出元にたどり着いていました。シャヒードは外の戦争のみならず二つの戦争の犠牲にされ、怒りで震えていたのです。)
  助けねばと焦ったブッダの両脚はアリを踏みつけるべくダンスを始めました。そのとき、ブッダは肘をスイッチにぶつけたのです。拡声器が起動されました。その結果、戦争がもたらす苦しみもだえる悲鳴をこのモスクが発するという街中の人々には忘れられない出来事が起こったのでした。

Lines between line 8 and line 29 on page 526, "Midnight's
Children", 40th Anniversary Edition, A Vintage Classics paperback


2. 戦場にあって兵士として人を殺す行為に参加した自分を責めたサリームですが、何か月も経つと「自分が怒りをもって世間と対峙すること」の正当性にも心を動かされます。

前回の読書対象であったエピソード "In the Sandarbans" では海水の沼とその潮の巨大な動き・モンスーンの冒風雨・マングローブに死の瀬戸際まで追い詰められ、上官に命じられるままに罪のない人々に苦しみをもたらした自分たち兵士への天罰かとも思ったサリームも、やがて自分を責めてばかりいてもだめだとばかり怒りを噴出します。

[原文 2] Why me? Why, owing to accidents of birth and after-Nehru-who, for pepperpot-revolutions and bombs which annihilated my family? Why should I, Saleem Snotnose, Sniffer, Mapface, Piece-of-the-Moon, accept the blame for what-was-not-done by Pakistani troops in Dacca?
… Why, alone of all the more-than-five-hundred-million, should I have to bear the burden of history?
What my discovery of unfairness (smelling of onions) had begun, my invisible rage completed. Wrath enabled me to survive the soft siren temptations of invisibility; anger made me determined, after I was released from vanishment in the shadow of a Friday Mosque, to begin, from that moment forth, to choose my own, undestined future.
[和訳 2] なぜ自分が? その日その時に生まれたという偶然とネルーとかいう人間の所為、胡椒ボトルにまつわる革命行動の所為、更には私の一族を消滅させた爆弾の所為でかとも考えてもなぜなのか納得できません。 なぜ私、サリーム・シナイがパキスタン軍の兵士部隊がダッカの街で完遂しなかった事(するべきなのにしなかった事)への責めを受忍しなければならないのでしょう? この私なんて、鼻たれ少年、鼻クンクン、無表情面、お月様顔とあだ名されていた程度の男なのに。
    ・・・なぜ、全部で5億人以上もの中から一人だけが取り
    出されて、この私が歴史の重荷を背負うべきなのでしょう?
私の発見、不公正さの発見がきっかけで生まれたもの、それを私の心の中に貯まった怒りが完成にまで育て上げたのです。優しく接近され自分自身の目を持たない大衆迎合的な行動に巻き込まれることから、私を怒りが救ってくれました(怒りが私をして厄災を切り抜ける能力を与えてくれました)。金曜日モスクの建物が作る日陰の中で、私が抹消下の事態から解放された出来事の後、怒りが私をして決心させてくれたのです。この日この時からは自分自身で、運命だと諦めることなく自分の将来を選択するのだと。

Lines between line 15 and line 28 on page 534, "Midnight's
Children", 40th Anniversary Edition, A Vintage Classics paperback

私にはこの辺りの記述が、これでもかこれでもかと畳みかけるように、「人は目的を与えられて生まれてくるのでない。自分自身で世間の人々にとって何が役に立つのかを考え、そうなるような行動に自分を導くのだ」という実存主義の一節を唱え続けているように思えます。


3. Study Notes の無償公開

Episode 26, Sam and the Tiger 原書 Pages 522-535 に対応する Study Notes を無償公開します。いつもの通り、A-4 用紙に両面印刷すると A-5 サイズの冊子ができるように調整しています。

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