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46回目 'Midnight's Children' by Salman Rushdie を読む(第2回)。

この小説の出版後 40 周年を記念する再出版に当たってCNNが報じた特集記事の邦訳を CNN の日本語サイトに見つけました(2021 年 4 月の記事)。ご参考まで。これに対応する英文記事も公開されています。


1. この物語の語り手は料理人、お客には超絶の料理を味わって頂くのだと精魂込めた 皿・物語 を差し出します。

お客(読者)に「"料理人" それも "お屋敷に付属の料理担当の召使い" に過ぎないのかねあなたは? そんな程度で私を満足させられるのかね?」と挑発された語り手は次の通り対応します。

[原文 1] And I grant, such mastery of the multiple gifts of cookery and language is rare indeed; yet I possess it. You are amazed; but then I am not, you see, one of your 200-rupees-a-month cookery johnnies, but my own master, working beneath the saffron and green winking of my personal neon goddess. And my chutneys and kasaundies are, after all, connected to my nocturnal scribbles -- by day amongst the pickle-vats, by night within these sheets, I spend my time at the great work of preserving. Memory, as well as fruit, is being saved from the corruption of the clocks.
[和訳 1] そこで私は料理人としての技と物書きの技の双方に長けるなんてそうはありえないですよねと同意し、即座に返す刀で、私はその例外なのですとニンマリしました。驚いていますね。私は、お客様が今ご想定の月200ルピーで働くそこいらの料理人なんかではないのですよ。私は独立した料理人です。自分個人の所有する輝ける女神(ネオンの広告塔)が発するサフロン色や緑色の光の下で仕事をしているのです。私が作るチャトニー(料理のたれ)やカソーンディ・ソースたるや私が夜中に練り上げる書き物とつながっています。昼間には漬物造りの幾つもの瓶に立ち向かい、夜となると何枚もの原稿用紙に立ち向かうのです。この世で最も重要な「保存・変質防止」が私の仕事なのです。記憶なるものをくだものと同時に、時が持つ腐敗作用から守り抜くのです。

Lines between line 4 and line 14 on Page 44,
"Midnight's Children", a Vintage Classics paperback


2. 語り手がその小説の「地の文章」において自らのこの役目へのスタンスをこんな風に語るのです。

将に命がけで「王様の気に入るお話」を来る夜も来る夜も繰り出す千夜一夜の物語にあるシェラザードの上を行こうとする意気込みようです。ところがこの文章、それと同時に社会を構成する人々、その一人ひとりが営む日々のあり方がその人のそしてその子、孫の存在・有りようを方向付け、その結果として社会をも形つくることを読み手に訴え、この辺りにこの小説のテーマがあることを示してもいるようでもあります。

[原文 2] Family history, of course, has its proper dietary laws. One is supposed to swallow and digest only the permitted parts of it, the halal portions of the past, drained of their redness, their blood. Unfortunately, this makes the stories less juicy; so I am about to become the first and only member of my family to flout the laws of halal. Letting no blood escape from the body of the tale, I arrive at the unspeakable part; and, undaunted, press on.
[和訳 2] 家族の歴史というものは、従うべき常識にそって文書にされるのです。それを書き上げる人は公開が許される部分のみを食して消化するのが当然とされています。書き上げて良いのはハラールに則った部分だけです。すなわち、それに混在する赤い血の色の部分は洗い落すことが求められます。残念なことにこうなるとその物語はジューシーさを減じるのです。そんな訳で私は、このハラールの規制を踏み外す、自分の家族の内で最初のそして唯一の人間になろうとしています。血であろうとも、物語の本体から逃しはしません。人に話せない部分にも入り込みます。恐れて躊躇したりはいたしません。突き進みます。

Lines between line 23 and line 30 on Page 74,
"Midnight's Children", a Vintage Classics paperback


3. 群集心理で人が煽られるシーンに Michael Morpurgo の小説 "Private Peaceful" の1頁を思い出しました。

青年の Lifafa Das はヒンズー家族に属する男ながらイスラム信者が殆どの居住区(muhalla)に写真覗き小屋を車で引いてきて商売をしています。この日の午前中にはこの地区にある倉庫建屋が放火され多くのバイクが焼かれ、その煙とにおいがこの地区に漂っていました。1947 年 1 月のことです。

[原文 3-1] Lifafa Das stands silently, turning the handles of his box; but now the ponytailed one-eyebrowed valkrie is chanting, pointing with pudgy fingers, and the boys in their school whites and snake-buckles are joining in, 'Hindu! Hindu! Hindu!' And chick-blinds are flying up; and from his window the girl's father leans out and joins in, hurling abuse at a new target, and the Bengali joins in in Bengali … 'Mother raper! Violator of our daughters' …
[和訳 3-1] リファファ・ダスは、黙したまま、見世物の写真を順々に移し替えるべく写真箱のハンドルを回し続けていました。とその時ポニーテールに髪を括った、左右の眉毛が一本につながった顔の女の子がふっくらとした指でこの青年を指し示して何かを言い始め止める気配がありません。白いシャツとズボン吊りのS字金具が目立つ学校の制服姿の男の子がその声に合わせて同じことを唱え始めました。「ヒンズー」「ヒンズー」「ヒンズー」。今度は近くの家の窓に罹っていた草編みのブラインドが持ち上げられその女の子の父親が顔をのぞかせその声に参加したのです。この男は別の誰かに向かっても罵りの声を上げました。すると今度はベンガル人が罵り合いに参加しました。ベンガル語で「レイピスト、おっ母をレイプした奴、俺たちの娘をレイプした奴」と声を上げたのです。

Lines between line 26 and line 33 on Page 98,
"Midnight's Children", a Vintage Classics paperback

「Private Peaceful 一等兵のピースフル」では 15 才の少年が、村のメイン道路で第一次大戦におけるフランス・ベルギーの戦線へ送りだす兵士を募るための、儀礼服で着飾った兵隊のパレードに出くわします。見物する群衆の中にいたこの少年(語り手)に歯の抜けた老婦人が働きかけたのです。

[原文 3-2] Suddenly someone prodded me hard in the small of my back. It was a toothless old lady pointing at me with her crooked finger. "Go on, son," she croaked. "You go and fight. It's every man's duty to fight when his country calls, that's what I say. Go on. Y'ain't a coward are you?"
Everyone seemed to be looking at me then, urging me on, their eyes accusing me as I hesitated. The toothless old lady jabbed me again, and then she was pushing me forward.
"Y'an't a coward, are you? Y'ain't a coward?" I didn't run, not at first. I sidled away from her slowly, and then backed out of the crowd, hoping no one would notice me. But she did. "Chicken!" she screamed after me. "Chicken!" Then I did run. I ran helter-skelter down the deserted High-Street, her words still ringing in my ears.
[和訳 3-2] 私は突然に腰を後ろから強く突つかれました。すると今度は歯が抜け落ちた高齢の女性がその曲がった指を私に向けてしゃがれた声を上げました。「名乗り出なさいよ、あなた。」「兵士になって戦いなさい。男子全員の責任ですよ、国が求めている時には応じるのが責任ですよ。私は本気ですよ。行きなさいよ、臆病者じゃないのでしょう?」
  周りの人たち全員が私を見つめて、急き立てていました。人々の目はぐずぐずしている私を責めていました。歯抜けの女性はまたもや私を突きました。次には群衆の前に押し出そうとまでしました。
  「臆病者じゃないよね、どうなの?」私はすぐに逃げ出せなかったので、その後少しずつ場所を移しこの女性から距離を取ろうとしました。その後で走り出せば、誰にも気づかれないだろうと思ったのです。しかし、女性は見逃しません。私の後ろから「チッキン・チッキン」と大声を上げました。私は走りました。大通りの、人々のいなくなった箇所を見つけて全力疾走しました。耳の中ではいつまでもその言葉がなり続けていました。

Lines between line 15 on page 97 and line 4 on page 98,
'Private Peaceful', Published by Scholastic / Collins-HarperCollins


4. Study Notes の無償公開

Midnight's Children 原書の Pages 43-101 の対応する部分の Study Notes を以下に Word ファイル、並びに PDF ファイルとして公開します。無償でダウンロードできます。

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