『祝福』 長嶋有 大切な誰かに贈りたい1冊
多様性への理解が求められる今の社会。
短編集『祝福』は、その社会の中のどこにでもいそうな人たちの何気ない日常のストーリーです。
世の中との距離のとりかた、接点の持ちかたが多種多様な登場人物たち。流されたり、流されまいともがいたりする姿に自分を重ねてしまう1冊です。
『祝福』の内容紹介
日常も、非日常も
さんまの塩焼き定食を食べに近所の定食屋に通う物書きの話『丹下』
マラソンの授業をさぼる男子高校生の話『マラソンをサボる』
父に代わって台風後の山荘を見に来る息子『ジャージの1人』
など、他愛もない日常の1ページが描き出されています。
『ファストブレッド』には、互いの趣味や興味のあるものをついばみ合う夫婦が登場します。
が、この短編集の中には、ちっとも何気なくない非日常を生きる主人公たちもいます。
閉山した古い炭鉱住宅に暮らす姉妹を描く『十時間』
この日なぜか母の帰りは遅く、姉妹2人だけで過ごす深夜に雪の重さで家の屋根が抜けてしまう。今度中学に上がるという姉「連」の醒めた目線に、その連が「フランダースの犬」のネロに対して思ったことと同じ ”簡単に悲しんだり共感できないような、畏怖の念のようなもの” を抱かされました。
極めつけは『噛みながら』の頼子。
”忘れていたことを、あるきっかけで簡単に思い出せるということと、ずっと思い出さずにいたという、その両方のことが” という書き出しで、銀行強盗に遭遇した話が始まります。銀行強盗に遭遇するというトンデモナイ事態を忘れていたというのかー。が、そういうこともあるかもな、と思わせる頼子の秘めた反骨さが愛おしいくなるストーリーです。
そしてこの10編の短編集のラストに置かれた『祝福』
元同僚の結婚披露宴に参加する男性の話です。新郎新婦や友人ら参加者の様子、披露宴の演出などを距離を置くように冷ややかに見つつ、自分の思い出とつながる部分ではナーバスな一面をみせる主人公はとてもリアリティがあります。
評)どういう選択をしてもいい。どんな世の中であれ、それが自分自身なのだ。
この本を読んだ2021年。新型コロナの感染拡大や東京2020オリンピック・パラリンピックの開催をめぐって社会が分断し対立の形を強めています。
そんな中で些細なことに迷い、不安を募らせ「自分はどうなんだ? どっちなんだ? みんなはどう思っているのだろう? 世間の人はどう思っているのだろう?」 と考えることが多くなりました。
大学の同級生と7年ぶりに再会し釣りに出かける『海の男』にはこんな一文があります。
どういう選択をしてもいい。どんな世の中であれ、それが自分自身なのだ。世の中に、そして自分自身に寛容でありたいと思いました。
文庫はまったく違うインパクトのデザインになっていますが、単行本の表紙が秀逸。装幀は坂野公一氏と吉田友美氏(welle design)。9編のそれぞれを象徴するイラストが紅白の市松模様で描かれ、全体で『祝福』を形作っています。
大切な誰かに贈りたい1冊『祝福』です。
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