『うちにユダヤ人がいます』ラーラ・ヴァプニャール 不合理の面白さ
『うちにユダヤ人がいます』は、ユダヤ系ロシア人作家による短編集です。作者ラーラ・ヴァプニャールは1971年生まれ。2008年発刊の本書がデビュー作です。
『うちにユダヤ人がいます』はこんな話
表題作の『うちにユダヤ人がいます』は、ユダヤ人の友人母娘(ラーヤとその娘)を自宅にかくまうロシア人女性ガリーヤの物語です。
舞台はナチスによるユダヤ人狩りが進むロシア市街地。戦地の夫からの連絡も途絶えがちになり、小さな娘と2人で暮らすガリーヤは、ナチスの支配から逃げ遅れた友人ラーヤ母娘を自宅にかくまうことにします。
ガリーヤの顔色をうかがうように生活するラーヤ母娘と、その存在にイラ立ちを覚えるようになるガリーヤ。気分転換のために街に出たガリーヤは、ナチス兵士のいるこの場所で「うちにユダヤ人がいます」と言ったらどうなるだろう、と考えー。
評)人間は合理的なことだけをする存在じゃない、面白さ
ガリーヤの心境が面白い。友情や親切心からユダヤ人である友人ラーヤ母娘をかくまったのに、次第にその狡猾さに嫌悪感を覚えるようになるガリーヤ。その微妙な気持ちがなんとなく理解できるな、と思ったところでむかえるラストは、けして心地のいいものではありませんが、味わって損はないかも。
そんな人間の心の複雑さが、短い話の中にギュッと収められています。
表題作のほか、計6作品が掲載されているこの本のなかで、私がもっとも面白く読んだのは「愛人(ミストレス)」です。タイトルから想像するなまめかしさは微塵もない、ロシアからアメリカに移民した家族の物語。
口うるさい祖母にうんざりし、その話相手になりたくないがために宿題に精を出す少年ミーシャ。アメリカに移って以来寡黙になった祖父は、家族に勧められて渋々「英語教室」に通うようになり数ヶ月が経ちます。
が、その英語教室も終わりに近づき、もとの祖母との生活が戻ろうとしているー。
そのラストで寡黙な祖父がミーシャに放つ言葉がすごくイイんです。
普通の人の小さな叛逆というか、抵抗というか、モチベーションもおかしいんだけど、それでもとにかく清々しい。人間って合理的なことだけをする存在ではない、という面白さが詰まった短編集です。ぜひ。
この記事が参加している募集
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?