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『お砂糖とスパイスと爆発的な何か』北村紗衣 批評眼を持つということ

本の読み方はさまざまといいますが、この本の読み、批評には感嘆させられることばかり。

年間に100本くらいの映画を見て、100本くらいの舞台や演劇も見て、さらに260冊ほどの本を読む著者の北村紗衣氏。しかも昼間はれっきとしたお仕事(大学教員)をしているというからにわかに信じがたいではありませんか。

が、そんな生活を続けるコツは「楽しむこと」。本を読んで映画を見てただ「面白かった」では物足りない。「批評することが楽しい」と。

その著者による本書の切り口は「フェミニスト批評」です。
「えっ?この映画にフェミ的要素ってあったけ?」と思ったり、「そうそう!この小説のモヤモヤの原因はこれだったのか!」と思ったり。

堅苦しい印象を持ちがちな「批評」ですが、この本を読むと読書や映画鑑賞がもっと楽しめそう、と思える1冊です。

『お砂糖とスパイスと爆発的な何か』の内容紹介

フェミニストの視点で作品を深く読み解けば、映画も演劇もこんなにおもしろい。自由に批評するために、自らの檻をぶち壊そう!映画と演劇を年に200本観るシェイクスピア研究者によるフェミニスト批評絶好の入門書!

書肆侃侃房HPより

フェミニスト批評という視点

知らず知らずのうちに身についてしまっている男性中心のものの見方。古今東西の作品の中に女性がどう描かれ来たのかを丹念に読み解くことで男性中心の視野から脱却し、より自由に作品世界を楽しむことができるー。私はこの本の主題である「フェミニスト批評」をそう理解しました。

まず初めに登場するのはマギーことマーガレット・サッチャーです。イギリス初の女性首相で「鉄の女」という異名を持つサッチャーは、男性中心の社会の中でも「女の勝ち組」といった印象。
余談ですがドラマ『ザ・クラウン』の中でのサッチャーとエリザベス女王の会話は、女性でありながら世の女性のことをまったく理解していない風でそこが面白くもあったのですがー。

「女のくせに生意気な」「女は男の後ろにいればいい」といったあからさまな蔑視による抑圧ではなく、サッチャーが抱えていた「女性も男社会に同化し成功しなければならない」という強迫観念も女性を抑圧している。著者は、自身もこの「内なるマギー」に苦しめられていたと振り返ります。

さらに「男らしさについて」、「ヒロインとしての女性像」を著名な作品の中に読み解いていきます。
驚きなのは映画『ファイト・クラブ』の批評。男性が好きな映画という印象ですが、ここに「ロマコメである」という読みがー。まさか、でも納得です。

さらに私が最高にモヤモヤしていた邦題の映画『未来を花束にして』にも言及。
婦人参政権を求めた活動家たちを指すサフラジェット。そのままの原題『Suffragette』がなぜこんな邦題になったのか。女性向けの「女性映画」って何!?が、フェミニスト批評でスッキリ!です。

映画『未来を花束にして』(C)Pathe Productions Limited, Channel Four Television Corporation and The British Film Institute 2015. All rights reserved.

批評眼を持つということ

この本はフェミニスト批評の本です。「なんでもかんでもフェミ論に持っていきやがって」とまでは思わずとも、「そうかな? そりゃこじつけでは?」と思うものも。

レイ・ブラッドベリのディストピア小説『華氏四五一度』に登場する主人公の妻ミルドレッド。その体制順応的な姿勢を差別的な女性観によるものと批評しています。うーん、あの小説は性別も年齢も職業も関係ない、まさにディストピアとして私は読んでいたので、ここはどうにもピンときませんでした。


この先は”フェミニスト”をちょっと離れて批評について考えてみたいと思います。

「批評」とはどうやってやるのか。本書のまえがきでには、「批評はテクストを丹念に読みこむことから始まります。」とあります。

文章なら一語一語を、映画なら細部の描写に注意を払って、一貫性のある形で読みを提供できるように見ていきます。<中略>それから、どういう内容だったのかわかるように作品を描写します。<中略>ここで大事なのが、何かひとつ、切り口を見つけることです。

『お砂糖とスパイスと爆発的な何か』より

批評は自由でいいー、には少々語弊もあるので、あえて言うなら「自由な読みのための批評」ということでしょうか。

批評について、もうちょっとだけ勉強したくなったので、こちらも読んでみたいと思います。



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