『エンジェル』エリザベス・テイラー 凄まじき虚栄心
『エンジェル』は、ある女性作家の一生を描いた長編小説です。
有名女優と同姓同名の作者は、1912年生まれのイギリス人。代表作は1957年に書かれたこの『エンジェル』です。(1975年没)。
『エンジェル』の内容紹介
食料雑貨店を営む母と、貴族の屋敷で下働きをしている叔母(母の妹)と3人で暮らすエンジェルの趣味は妄想。ときに妄想のみならず虚言にいたることもあり、周囲の大人たちをうんざりさせるほど。
学校の課題で作文を書かせると、子供らしからぬ語彙で「なんじゃこりゃ」的な文章を書く娘でした。
虚言がもとで学校に通えなくなったエンジェルは、自身の文才(?)を生かして小説家を目指します。本も読まず知識もなく、自分の妄想力だけで書きあげたエンジェルの小説は、多くの出版社に門前払いに。が、唯一、その型破りさに魅力を感じた編集者セオによって出版されることに。
通俗小説として散々な批評を浴びながらも、本は売れます。
そしてエンジェルは次々と同様の本を書き、小説家として成功をおさめます。小説家としての評価は相変わらず酷いものの経済的な余裕もでき、周囲に人が集まるようになったエンジェル。大きな屋敷で母とともに暮らし、「運命の相手」と思い込まれた才能のない画家エズメやその妹のノーラ、慈善事業家のレディ・べインズらと出会います。
が、エンジェルの虚栄心や猜疑心が鳴りを潜めることはなく、自身の心が満たされることもありません。子どもの頃に夢見た「パラダイス・ハウス」を買い取り、そこにに住むことになったエンジェルの晩年はー。
評)エンジェルは自分の「暗部」を投影する存在
全編にわたって、エンジェル(アンジェリカ・デヴェレル)がどういう人間であるかが、イヤと言うほど克明に描かれています。
編集者セオは、出会った当初のエンジェルをこう言っています。
エンジェル......、アンタって人はー。
実はこの本、『世界小娘文學全集 文藝ガーリッシュ 舶来篇』千野帽子・著で紹介されていて俄然読みたくなったものです。
「トンデモナイ勘違い女の凋落ぶりが見たい」という、卑しさ120%の心です。
で、その期待を裏切ることなく、いや期待以上でした。エンジェルの虚栄心や猜疑心の凄さは、悲しいを通り越して笑いが出てくるほどなんですが、やっぱり悲しい。この手の話って主人公の愚かさにもなんとなく「共感」できる部分もあるものです。
が、この話にはない。エンジェルはそんななまっチョロい「共感」なんて許さないんですよ。エンジェルだけでなく周りの人もなかなかのクズで、エンジェルに関わることで自身の「暗部」が浮き彫りになっていくのです。
たとえば編集者セオの妻ハーマイオニ。彼女はエンジェルを敬遠しているのですが、敬遠しつつよく見ています。アンタ、なんだかんだ言ってエンジェルのこと好きでしょ? 気になってしょうがないでしょ?
セオが何の気なしにエンジェルに渡した1本の花について、ハーマイオニはこのことがエンジェルにとってどんな意味があることなのかを、セオに説明します。
もう、やめてあげて、そりゃ言い過ぎよ!
って普通はエンジェルに同情したくなるところですがー、なりません。
この本を読むことが「エンジェルに関わった」となるのなら、そのことで、私自身も自分の「暗部」を直視することになったのです。私はどうしようもなクズとか、ダメなヤツがどうにかこうにか生きていく映画や小説が好きなんですが、このエンジェルは今まで見た中でも最強クラス。
「といっても、どこかで改心するんだろうな」と思って読み進めていましたが、改心しない、ブレない! きちんと不幸になっていきます。
作者はなんでこんな女の一生を書いたんだろう?
エンジェルは、すっとした何食わぬ顔をして生きている「私」のような人間の卑しい気持ちを満たしてくれる存在です。
エンジェル、アンタも大概だけれど、私もそこそこのクズよ。
という、読後感に浸ってみませんか。
◆『エンジェル』は2007年に映画化されています。こちらもぜひ。
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