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『あの家に暮らす四人の女』三浦しをん 父親なき世界 

『あの家に暮らす四人の女』(三浦しをん・著)は、東京、杉並の洋館に暮らす4人の女性が織りなす物語です。

女だけの生活と、そこには存在しない父の影が、愉快に、そして清爽に描かれています。

『あの家に暮らす四人の女』はこんな話

自宅で仕事をしている刺繡作家で四十路前の娘、佐知とその母、鶴代の住む牧田家には、佐知の友人の雪乃、雪乃の職場の後輩、多恵美が同居しています。

牧田家は鶴代の祖父の代から続く資産家ですが、鶴代の父がぼんくらで資産は目減りし、現在はこの洋館と鶴代の老後資金が残るのみ。佐知は自宅で刺繍教室を開き生計を立てています。

ひきこもり気味で慎重な性格の佐知と、お嬢さん育ちで世間知らずの鶴乃。佐知の友人で同い年の雪乃は地方出身。「印象に残らない美人」で結婚願望はなし。一方、雪乃の10個下の多恵美は、あっけらかんとした性格でダメ男に弱い。

そして牧田家にはもう一人の住人「山田一郎」がいます。山田は牧田家の敷地内にある「守衛小屋」に住み、高倉健に憧れている老人。山田の父の代から牧田家に仕え、主従関係のない今も牧田母娘を「お嬢さん」と呼び、健さんさながらに守衛の心意気で暮らしている。

この4人+1人の暮らしは、いくつかの珍事に見舞われます。多恵美のストーカー撃退、雪乃の部屋の水漏れ事故、開かずの間で発見される河童のミイラ、泥棒侵入事件、佐知のイケメン内装業者への恋―。

これらの珍事とともに、この家にいない「父」の事情が明らかになっていきます。


4人の女性の名前からわかるように、この物語は谷崎潤一郎が旧家の4姉妹を描いた『細雪』をモチーフにしています。

没落した名家ー、というちょっと浮世離れした設定でありながら、そこに暮らす4人の女性それぞれの生き方や心情はまさに現代そのもの。特に佐知と雪乃のやり取りは、これから中年期に突入する女性の心を揺らします。

結局のところ、と雪乃は思う。佐知も私も、他人に対して不寛容なのだ。なにかを求めることも求められることも、許すことも許されることも、面倒だし自己の領域を侵犯されたかのように感じてしまう。そんな人間は一人でいるほかあるまい。 

『あの家に暮らす四人の女』より

評)父親が不在の世界にあるもの

佐知には父親の記憶がまったくなく、鶴代も父のことを語ろうとしません。とはいえ、佐知が父親のことをまったく気にしていないわけではないはずー、と思った雪乃はその手掛かりを探ろうと屋敷内の「開かずの間」をこじ開けます。

そこで発見されたミイラ! 当初はこれが父親ではないか、鶴代が殺害したのではないか、と騒然となるのですがー。

そこで突如、意外な「語り部」が登場。この「語り部」によって、少しづつ牧田家の真相が明らかになり、、さらにもう一人の「語り部」にバトンタッチされます。

物語の全容が明らかになるにつれ、最後は「語り部」の気持ちで『あの家に暮らす四人の女』を見守るような気持ちになることでしょう。


父親の記憶がない子供ー、というと「どこかで父親を求めているはず」と勝手に決めつけられることに違和感があります。かくいう私も父親の記憶はありません。

鶴代と同じように、私の母も父のことは一切会話には出しませんでした。私自身も父親のいる友だちを見てうらやましいと思ったり「どうしてお父さんがいないの?」と母に尋ねたりしたこともありません。まさに父が不在の世界でした。

母が亡くなって何年も経ち、親戚から父の人物像や別れた経緯(母が父を追い出した)、そして父もすでに故人であることを聞きました。その話は、私が知っているその後の母の生き方と寸分の狂いもブレもなく、母が、母自身にも、私にも、追い出した父にも真っ正直に生きたということを教えてくれました。

私自身は父親を求めたことはありませんでしたが、母の中にいろんな形で吸収された父の物語が今の私に残っているー。この本を読んでそんな思いにふけっている50歳を過ぎたわが娘を、二人はどこかで見ているのかもしれません。

あの世では、どうぞ仲良く。


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