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『恋文の技術』森見登美彦 ただなんとなくつながりたい

あろうことか、「森見登美彦 苦手」 というキーワードで、このブログが検索されている。

たしかに独特のめんどくさい文体を使い、わけのわからない妄想ワールドに引きずり込む作家ではあるけれど、「苦手」だなんて思ったことはない。いや、ないはず。たぶんない。

いやいや「森見登美彦 苦手」という意識がないだけで、実は深層心理では「森見登美彦 苦手」と思っているのだろうかー。いやいやいや、これ以上「森見登美彦 苦手」と書くとこの記事もまた「森見登美彦 苦手」で検索されてしまうではないかー。

「苦手」かどうかはさておき、「好き」であることは間違いない。

聞くところによると、「彼氏・彼女の好きなところを100個書いてプレゼントする」とか、「自分の好きなところを100個書き出す」というワークがあるというが、なんの修行ですか!?

「好き」を出し惜しみしているわけではないけれど、そんなにポンポンと出てくるもんでもない。ムリにひねり出そうとすると「ホントに『好き』なのか? ムリして『好き』と思い込んでいないか?」「まいっか、とりあえずコレも入れとけ、『好き』なことにしておけ」と、好きなこと偽装に手を染めることになる。

いかん! 偽装はいかん! 本当の「好き」とは何か、それを相手に伝えるにはどうすればいいのか、その技術とはー。

といったことは、まったく書かれていない本書『恋文の技術』(もちろん森見登美彦・著) ですが、私のように「好き」を伝えあぐねている方々に強くおすすめしたい1冊です。

『恋文の技術』はこんなお話

『恋文の技術』は、大学院生・守田一郎が友人、知人と文通をするというお話です。

京都の大学の研究所から、なんらかの陰謀によって能登の実験所送りになった守田は、奇妙な指導者、谷口さんに翻弄されるだけの孤独な日々を送るなか、友人、小松崎の恋愛相談を機に「文通武者修行」を始めます。

およそ役に立ちそうにない恋愛アドバイスの末、なぜか三枝麻里子(マリ先生)を射止める小松崎。
そのマリ先生に思いを抱く、元教え子の間宮少年。
数々の攻撃を仕掛けてくる研究所の先輩、大塚緋沙子大魔王。
恋文のアドバイスを受けるはずが、執筆の懊悩(おうのう)ばかりを吐き出す作家、森見登美彦氏。
兄を兄とも思わず、「督促状」を送ってくる妹、薫。

守田は彼らに、能登の孤独な暮らしや実験所の状況などを書いた手紙を送り続けます。

そして一時的に能登から京都に戻った守田は、ある事件に見舞われることに。森見氏、マリ先生、間宮少年、妹、そして守田が思いを寄せる伊吹夏子に、「方法的おっぱい懐疑」の現場を目撃されてしまいー。

というお話です。

ストーリーはさておき、話は守田が書く手紙だけで進んでいきます。

そして守田の手紙の相手はもう一人いました。伊吹夏子。
彼女へはまともな手紙を書くことができずにいましたが、能登を引き払い京都に戻るのを機に、思いを伝えるための手紙を守田は書くのです。

評)「好き」を伝えよう、なんておこがましいことなのかもしれない

例によって例の如くの「森見登美彦ワールド」です。

主人公守田一郎は安定の妄想っぷり。この手紙だって「ホントに返事きてるの?」と疑いたくなる。京都の四畳半を離れ能登に行ったところで、あの世界観は変わりません。これこそが一部の人々に「森見登美彦 苦手」と言われるゆえんでしょうか。

しかし、ありとあらゆる言葉、表現によって「机上の妄想」を文章化しているこの作品のしめくくりが、なんともストレートで、しかも柔らかく、心に残ります。

僕はたくさん手紙を書き、ずいぶん考察を重ねた。どういう手紙が良い手紙か。そうして、風船に結ばれて空に浮かぶ手紙こそ、究極の手紙だと思うようになりました。伝えなければいけない用件なんか何も書いていない。ただなんとなく、相手とつながりたがってる言葉だけが、ポツンと空に浮かんでる。この世で一番美しい手紙というのは、そういうものではなかろうかと考えたのです。

『恋文の技術』より

「好き」を伝えよう、なんておこがましいことなのかもしれない。ただなんとなくつながりたいー、その思いがあれば充分。

そう思いました。


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