
『スタッフロール』深緑野分 スタッフロールに込めた思いとは
『スタッフロール』は映画界を舞台にした2人の女性クリエイターの物語です。
直木賞でも有力視(惜しくも受賞は逃しましたが)され評判も上々。映画好きとしてはいやでも期待が高まります。
が、ちょっと期待し過ぎたのかもしれません。というレビューです。
『スタッフロール』の内容紹介
戦後ハリウッドの映画界でもがき、爪痕を残そうと奮闘した特殊造形師・マチルダ。脚光を浴びながら、自身の才能を信じ切れず葛藤する、現代ロンドンのCGクリエイター・ヴィヴィアン。CGの荒らしが吹き荒れるなか、映画に見せられた2人の魂が、時を超えて共鳴する。特殊効果の”魔法”によって、”夢”を生み出すことに人生を賭した2人の女性クリエイター。その愛と真実の物語。
映画ネタが満載! マチルダが自身を投影した怪物 ”X” の魅力
80年代の特殊造形師のマチルダと現代のCGクリエイターのヴィヴィアン。アナログとデジタルとを対比させながら、共通するモノづくりの情熱を描くお仕事ストーリーです。
連載当時は、マチルダとヴィヴィアンの章が交互に進められていたようですが、本では前半にマチルダ、後半にヴィヴィアンという構成です。
映画ネタがふんだんに盛り込まれ、「あの映画のことか」「あの監督のことか」と楽しめる要素もたっぷり。で、それ以上にたっぷりなのが特殊造形やCGの専門知識です。専門知識が単なる情報としてではなく、クリエイターという仕事のやりがいや苦悩、葛藤として描かれていてとても感心しました。
そしてマチルダが生み出した ”X” という犬の怪物も魅力的。
CGを受け入れられないマチルダ自身を投影した、臆病で卑屈で怒りに震える ”X”。この ”X” を世に送り出すと同時にマチルダはー、という前半です。
そこそこ面白かった前半から、もっと面白くなるという後半へ。
先が読める展開と残念なヴィヴアン

舞台は現代のロンドン。主人公はCGクエリエイターとして成功しているものの行き詰まり気味のヴィヴィアンです。
本作はミステリーではないとはいえ、後半は正直先が読めてしまって残念でした。安易に恋愛話をブッコんでこないのは好感ですが、あまりにも人間関係が淡白。いい人だらけなのも物足りない。
マチルダが伝説の存在になっているかと思いきや、案外あっさり会えてしまう。しかもあの ”X” に投影した臆病で卑屈で怒りに満ちた部分はすっかり落ち着き小柄なお婆さんになっている。
すっかり真っ白になった髪はくるくるした巻き毛、微笑みは朗らか、目尻にしわがたくさん寄っている。柔らかなクリーム色のカーディガンにブラウス、灰色のスラックス姿で、ヴィヴの顔を覗き込んでいた。名乗られなくてもわかる。マチルダ・セジヴィックだ。
わからんよ!長年 ”X” に込められたものをファンとして大切に思い続けていたとしたら、時が経ったとはいえ生み出した人をこんな風にイメージできる?
で、マチルダの名前をスタッフロールに載せようと頑張るんだろうな、と見え見えの展開の中、ヴィヴアンはこんなことを言うのです。
今でこそ自分の名前を見に映画館に行くことはなくなったが、生まれてはじめて自分の名がスタッフロールにクレジットされた時のことは、よく覚えている。<中略>自分が確かにその作品に関わったのだという証拠だった。見落とされていない、忘れられていないと思える対価だった。”自信“にどんよりと垂れ込む雲を、ひとつ残らず晴らす風だった。アニメーターであることを誇りに思った。自分の才能を信じられた。いつの間にか忘れていたけれど。
忘れとるんかいっ! 肝心の ”スタッフロール” に対する思いが中途半端すぎやしませんか? で、「あの感動を一度でいいからマチルダ・セジウィックに味あわせたい」って何様やねん!自己満ですか!?
おまけに、名前だけじゃつまらんな、となってひと頑張り。が、そのやり方がなんともあざとい。作中でリメイクの問題をあーだこーだ論じていましたが、こんなやり方では ”X” のファンは「何じゃそりゃ !?」となりはしませんかね? もう完全に ”X” ファンになっている私もどうかと思いますが。
こうなったら最後の頼みはマチルダよ。自身の苦悩を投影した ”X” のごとく「私はこんなことのためにクリエイターになったんじゃないっ」と激怒!
するはずもなく、ハッピーエンドか......。
これ、連載時のとおり、交互に描かれていたほうがヴィヴアンのつまらなさがごまかせて良かったんじゃないかな、なんてことまで考えてしまいました。
おまけ:スタッフロールまで見る?見ない問題
定期的に話題になるスタッフロールまで見るか見ないか問題。
この小説のレビューでも「すべての映画クリエイターに感謝したくなりました。なので必ずスタッフロールは最後まで見ます!」という声もたくさんあるようです。
ちなみに私(自宅鑑賞)は、気になるキャスト、音楽のチェックくらいで基本飛ばします。正直長すぎるとも思います。が、ときどきスタッフロールのあとにおまけ映像があったりするのでチェックはしますが。
そのスタッフロールが面白い映画といえばオーソン・ウェルズの『審判』(1962年) 自身でキャストを紹介し、最後に”My name is Orson Wells”というウェルズの王様っぷりが楽しめます。
もう1本はチャーリー・カウフマンの『もう終わりにしよう。』(2020年) 嫌がらせのように字が小さくてカウフマンの奇人っぷりが楽しめます。
ここまで”スタッフロール”と書いてきましたが、個人的には”エンドクレジット”のほうがなじみがありますかな。
あ、随分脱線してしまいました。
もし、まだ本作『スタッフロール』を読んでないのにこのレビューを読んでしまったというかたは、どうかすべてを忘れてクリアな心でお楽しみいただければと思います。おすすめです。
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