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都市は気候変動に適応できるのか? | WHY & HOW by NOSIGNER Vol.02

「WHY & HOW by NOSIGNER」は、デザインファーム・NOSIGNER(ノザイナー)がお届けするソーシャルデザインマガジンです。いまデザインが挑むべき社会課題(=WHY)を毎回一つ取り上げ、その背景を掘り下げるとともに、NOSIGNERが関わっているプロジェクト(=HOW)についてご紹介します。


WHY #02:気候変動への適応

気候変動における2大戦略

ハリケーンや台風、熱波、山火事、干ばつなど、歴史上類を見ない自然災害が世界各地で毎年のように発生し、甚大な被害をもたらしています。昨夏、歴史的な暑さに見舞われた日本で暮らしていても、年々進行する気候変動への危機感を覚えている方は多いのではないでしょうか?

このままでは2100年頃に地球全体の平均気温が1.5~4度ほど高まるという予測も出される中、気候変動への対策は待ったなしの世界的課題になっています。こうした中、気候変動への対策は、大きく2つに分けられるというのが現在の世界的なコンセンサスになっています。
ひとつは、地球温暖化を進行させている温室効果ガスを減らすことを目的とした「緩和」、そしてもうひとつが、気候変動による影響に対処し、被害を回避・削減することを目的とした「適応」です。

気候変動への対策は、「緩和策」と「適応策」の2つに分けられる。


IPCCは、いかなるシナリオにおいても少なくとも21世紀半ばまでは気温上昇が続くとしている。この先数十年の間に温室効果ガスの排出量を大幅に減少しない限り、今世紀中に世界の平均気温の上昇が工業化前と比べて少なくとも1.5度、最悪の場合には4.5度を超えてしまうと予測されている。

なぜ適応策が大切なのか?

緩和策については、温室効果ガスの排出抑制や森林等の吸収作用の保全・強化など、アプローチは非常にシンプルで、「カーボン・オフセット」「脱炭素」などを標語にさまざまな取り組みが進められています。一方で、防災、資源管理、農業、貧困、食料などさまざまな課題が絡み合う適応策は、その複雑さゆえに明確なヴィジョンが打ち出されておらず、緩和策に比べて進んでいないのが現状です。

しかし、巨大台風や線状降水帯などによって世界中に甚大な被害がもたらされている中、年々不安定化する気候に適応するレジリエントな都市や暮らしをつくっていくことがますます求められています。だからこそ、さまざまな立場の人たちが適応策に関われるようなヴィジョンを示し、適応策を産業として育てていくことが大切なのです。

気候変動の進行とともに増加する自然災害によって、住む場所を追われる人々は年々増加している。

「適応」は有史以来のプリミティブな営み

人間の活動が生態系に与える負荷を減らすことを目的とする緩和策に対して、適応策は、人間と自然環境の関係性を調停することに肝があります。そして、実はこうした適応は、有史以来人間が常に行ってきた営みでもあります。

例えば、災害から逃げる、治水をする、地すべりを防ぐといった営みは、どれもプリミティブな形の適応策です。適応策は長い時間をかけて磨かれてきたものであり、本質的な学びは、歴史の中にたくさん眠っています。

適応とは、レジリエンスな都市や暮らしの形をさまざまな観点から考えることができる非常に掘り下げがいがあるテーマであり、災害大国と言われ、さまざまな自然災害と付き合ってきた日本という国は、適応の知恵の宝庫なのです。

HOW#02:ADAPTMENT

気候変動に適応するレジリエントな都市とは?

「ADAPTMENT」は、気候変動に適応するレジリエントな都市開発のためのコンセプトです。2021年に環境省が発足した気候変動適応に関するワーキンググループでコンセプトディレクターを務めたNOSIGNERの太刀川英輔が、気候変動適応、動物生態学、持続可能な開発、防災、ODAなどさまざまな領域の専門家らとの対話を通してまとめたのが、このADAPTMENTです。

ADAPTMENTは、「ADAPTATION」(適応)、「DEVELOPMENT」(開発)、「MANAGEMENT」(調整)などを合わせた造語です。ネーミングの背景には、物質的・経済的豊かさを優先する従来の都市開発から、適応の概念を意識した21世紀型の都市開発へのポジティブな変化を促したいというプロジェクトメンバーたちの思いが込められています。

生物の進化の構造に学ぶ都市開発

ADAPTMENTでは、生物における進化の構造を都市の構造と対応させることで、気候変動適応策を誰もが理解できるものとして構造化しています。

本来「適応」とは、生物学や進化学の分野で使われてきた言葉で、生物が周囲の環境や状況に適した形質を備えていることを指します。生物進化の構造をもとに創造性のメカニズムを紐解く思考法「進化思考」を通じて、新しい創造性教育のあり方を探求してきた太刀川は、かねてから適応進化の過程で生物が獲得してきた身体の構造から、レジリエンスな都市の構造を考える「文明の皮膚」というモデルを提唱していました。そして、ワーキンググループでの議論を経て、生物の「身体の進化」と「行動の進化」を、都市の「ハードウェア(建築や土木など)」と「ソフトウェア(市民の行動やコミュニティなど)」に対応させ、気候変動適応策を誰もが理解できるものとして構造化しました。

都市や生活を守る建築や土木などハードウェアとしての都市環境においては、ダメージを防ぐための生物の身体構造を参照。知覚性、冗長性、弾力性、循環性、頑強性、回復性というキーワードから環境に適応する都市の構造を考えます(左)。市民の行動や文化、コミュニティなどソフトウェアとしての都市環境においては、生物の適応的な行動に着目。観察性、記憶性、予測性、移動性、協力性という生物の行動に見られる特徴に学び、レジリエントな地域づくりを提案しています(右)。
生物の適応進化から適応型都市のあり方を学ぶ「ADAPTMENT」のコンセプトは、日本国内を中心に実施されている具体的な適応策とともに、 Webサイトを通じて全世界に発信されました。

日本の適応の知恵を世界へ

ADAPTMENTのコンセプトは、インドネシアの最高学府であるバンドン工科大学の共同セミナーにおいて、人口5000万人を抱える西ジャワ州の首長ら同席のもとで発表されました。これを受け、同大学に新たに設置される大学院の基本的な構想に組み込まれると同時に、インドネシアの風光明媚な地方都市・ラブワンバジョの開発におけるコンセプトとして導入する検討が進められています。

また、2013年の巨大台風から10年が経ったフィリピン・タクロバンで行われた防災セミナーにおいても発表され、同地においてもADAPTMENTが寄与できることを模索している最中です。

今後は国際的な発信を通して世界中のさまざまな専門家たちとともにこの運動を広げていくとともに、気候変動に適応する新たな開発のツールとなる技術などを持つ方々の積極的なアクションをサポートしていきたいと考えています。

ADAPTMENTが、気候変動時代に新しい人と自然の関係を築くためのモデルケースやインスピレーションソースとなり、持続可能な開発が世界中に広がっていく未来が訪れることが私たちの願いです。

プロジェクトの詳細を見る↓

ADAPTMENTに関わってくださる各分野の専門家を求めています。ご興味をお持ちの方は下記からご連絡下さい。

ADAPTMENTプロジェクトの一環として、能登半島の小流域をGIS(地理情報システム)で解析し、現在のハザードマップ(黄色などの色)と、能登半島地震によって斜面崩壊した箇所(赤)を示したADAPTMENTマップを公開しました。自然災害も生物多様性の喪失も同じく、流域単位で発生します。今後より強靭な能登半島をつくるには、こうした観点を見つめることが不可欠でしょう。この地図が能登の創造的復興に役立つことを祈ります。

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最後までお読みいただき、ありがとうございました。

NOSIGNERでは、いま私たちが挑んでいる社会課題(=WHY)や、デザインの実践(=HOW)を毎回1つずつ紹介する「WHY&HOW」から、NOSIGNERの最新ニュース、代表の太刀川英輔による近況報告、スタッフ持ち回りコンテンツなどさまざまなコンテンツが満載のニュースレター「WHY & HOW by NOSIGNER」を配信中です。

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ABOUT NOSIGNER

NOSIGNERは、社会の各セクターを進化へ導くデザインパートナーです。デザイン戦略のプロフェッショナルとして、ブランディング・商品企画・空間設計・ウェブサイトのデザインなど様々な領域で国際的に評価されています。また、地域活性・まちづくり・脱炭素・気候変動・防災などの分野で豊富な知識と経験を備え、代表の太刀川英輔が提唱する「進化思考」を通して、創造的な組織や人材の育成活動にも力を入れています。


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