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聞きたいことを聞き出す

下取材はとても大切だが本番の取材・撮影はもっと大切だ。すべての編集作業の中で、原則やり直しのきかない一発勝負。徹頭徹尾、集中して臨みたい時間である。二日酔いで行くとか時間にギリギリに着くなど、もってのほかだ。

webでは特に“取材しない記事”も多く、テレビ番組でのタレントの発言だけで記事ができてしまうわけで、「取材が大切だ」と言っても説得力がないかもしれない。ただ突出して面白い記事は必ずきちんとした取材に裏打ちされていることも確かで、“取材しない記事”が増え、取材できない書き手が増えていく時代、取材力をつけておくことは大きなアドバンテージになると思う。

『Hanako(ハナコ)』の下取材について、「ロケハンで何を書くか決めておけば本取材はほとんど要らない」と書いた。「トマトカレーを使ったユニークなオムライス」を紹介するために、試食しただけではわからないことを補足取材する。店の人が話したいことを聞くのではなく、こちらが聞きたいことを聞き出すのが取材だ。だいたい、飲食店は飲食を提供するのが仕事で、店のウリを上手に話せるとも限らない。あるいは、店の人がウリだと気づかず当たり前のようにしていることを取材して取り上げることもある。

「店の人が話したいことを聞かないのは失礼だ。店の歴史なり、キャンペーンなり、存分に話してもらって、そこから記事をまとめるべきではないか」と思う人がいるかもしれないが、それは広告の仕事であり、その店の特集を組むような時だ。こちらには、特集テーマがあり、ページテーマがあり、そのうえで取材したいのが、その店のオムライスなのであって、取材意図と内容は事前にきちんと伝えて了承いただかなくてはならない。

それでも、時には店の人からテーマ以外の思わぬ話が聞けることがある。「夏限定で冷やし中華をやるんだよ」と聞けば、臨機応変に急きょ撮影してコラムページに入れてもいいし、「洋食屋さんの冷やし中華」という次の企画にしてもいい。ただし、あくまで、今回の記事はオムライスなのだから、原稿を書く時には、冷やし中華のネタは思いきって「捨てる」(オムライスの写真と記事なのに最後に1行「夏限定の冷やし中華もオススメ!」などと入っている記事も頻繁に見かける)。

取材相手が話したいことを聞くのではなく、こちらが聞きたいことを聞き出すというのは、全ての取材に共通する。

『anan(アンアン)』の典型的なパターンはこうだ。例えば、「新生活」特集で、「朝1時間の早起きをしよう」というテーマで4ページつくるとする。このテーマで語ってくれる専門家、数名にコメント取材を敢行する。早起きを提言するベストセラーを出している著者のAさん、東洋医学の見地から語ってくれる漢方薬剤師Bさん、禅の教えをライフスタイルに落とし込んでいる禅僧Cさん。Aさん、Bさん、Cさん、それぞれの観点から早起きの効果を語ってもらい、そのコメントを「〜〜〜」に入れ、それを地の文でつないで構成する。

〈「4時30分に起きるようになって人生が変わった」というAさん。「〜〜〜」(Aさん)。これは東洋医学の考え方でもある。「〜〜〜」(Bさん)。陰陽の切り替えでカラダが整ってきたら、「〜〜〜」(Cさん)というココロを整える習慣も取り入れてみたい。〉

テーマの最初、見出しの近くに、「お話を伺ったかたがた」として、お三方の顔写真とプロフィールを掲載するのが『anan』のフォーマットだ。

まず大切なことは、必ず専門家に取材するということ。『anan』の編集者ならば「早起き」をテーマにページをつくることは何回もあり、すでに「早起き」について、いくらでも語れるのだが、編集者が取材せずに「早起き」のページを作ってもまるで価値がない。専門家が、それぞれの専門的見地から語ってくれるから、“権威”として意味を持ち説得力が生まれる。

webの記事で、まとめ記事をはじめ、書籍からの引用だけで構成している記事を見かけるが、どうして、ひとつ手間をかけて著者に取材しないのだろう。著書は読んだうえで(これも下取材だ)実際に話を聞けば、書籍以上の話が必ず出てくるし、記事が俄然信頼性を増すと思う。「予算がないから」と思っているのかもしれないが、雑誌の謝礼も決して高くはなく、数千円でお願いすることが多い。

次に大切なことが、専門家は1人ではなく複数に話を聞くということ。3人でも5人でも、その専門性のバランスも大切だ。同じ「早起き」というテーマでも違う意見は当然ある。また、前回の「早起き」のページで取材した専門家とは違った旬の人を入れることも、最新の理論や考え方を取材するという意味がある。

〈自身の体験から、起きる時間は「早ければ早いほどいい」というAさん。一方、Cさんは「7時が目安です。なぜなら〜」。「〜〜」(Bさん)という最近のデータもある。まずは今より1時間早く起きることから始めてみよう〉

違う視点をそのまま紹介することで、読者の選択肢になるし、記事の厚みが増す。ジャーナリズムというと少々大袈裟だが、「〜〜〜」は専門家から取材した言葉で、地の文はあくまでニュートラルというスタンスだ。『anan』では昔からこの専門家の人選、バランスをキャップと相談し注意深く決めている。

『anan』のこのパターンで、初めて取材する人と起こりがちなトラブルがある。校正を見せた時に、「こういう文脈ではなかった」「他の人と比べてコメントの量が少ない」「Aさんの言っていることは間違っている」などという指摘だ。コメントの切り取り方や文脈は修正し納得してもらうまでやりとりをする。しかし、他の専門家のコメントや地の文については任せてほしいと伝える。

専門家にタレントが入ることもある。特集や取材テーマを前もって伝えていても本人まで話が通っておらず、会ってみて「早起き、必要ないでしょ」「朝の番組だから仕方なく起きるだけですよ」などと言われてしまうこともある。専門家の人選が間違っていたわけだが、それでも、仕方なく早起きして何が変わったか「早起き」のテーマに使えるコメントを聞き出し、「必要ないでしょ」「仕方なく〜」はもちろんカットする。

繰り返しになるが、取材相手が話したいことを聞くのではなく、こちらが聞きたいことを聞き出す。取材相手が書いてほしいように書くのではなく、また話したことをすべて書くのではなく、テーマに沿ったことを読者が知りたいことを書く。取材では、この立ち位置がとても大切だと思う。

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