「気候リスク」という新たな概念とルール
「気候リスク(Climate Risk)」という新しい概念が生まれ、世界でルール整備が進んでいる。言うまでもなく、地球温暖化および気候変動の重大さの理解が、研究界だけでなく政治やビジネスの分野で進み、気候変動に対応するための共通概念として作られたものだ。
「気候リスク」は、「物理リスク」と「移行リスク」に分けられる(場合によっては、賠償責任リスク、というのもある)。そして、ネガティブなものとポジティブなものに分けられる。ポジティブなものは「機会」と呼べるが、ここではまとめて「リスク」と表現する。「物理リスク」は、地球温暖化により世界各地での気候パターンが変化し、台風や豪雨、干ばつなどの異常気象・気象災害の頻度・強度が変化したり、気温上昇や海面上昇などの慢性的な現象が発生したりするリスクのことだ。「移行リスク」は、気候変動を緩和するために実施する温室効果ガス削減のためのアクション自体やそれに必要なコスト、あるいは温室効果の大きい金融資産の価値(負荷)の変化のことだ。
リスクの考え方はいくつかタイプかあるが、この場合は「多様性」と「不確実性」に分けて考えると良いと思う。「多様性」は、将来に起きることが何種類もある状態のことだ。移行リスクについて、自動車産業で温室効果ガスを減らそうとしたときに、燃費性能を上げる・燃料を変える・製造時の温室効果ガスを減らす、などのアクションがあり得る。物理リスクについては、気候変動により台風や豪雨、海面上昇などの変化しうる現象がいくつも考えられる。一方で「不確実性」は、それぞれの事象がどれほどの確率で発生するのかということだ。温室効果ガスを減らすためにも様々な研究開発や経営改革が必要なので、それぞれのアクションが将来達成される可能性は100%ではないというわけだ。気候変動で変化する気象現象についても、地域ごとに各現象がどれほど変化するのか、ある程度は分かっているものの、天気予報と同じように、予測が必ず当たるわけではない。
このような気候リスクは、金融界から生まれた概念だと思われる。気候変動が騒がれる以前から、台風や豪雨のような気象災害に対して民間企業ができる対策は損害保険が代表的であった。頻繁には発生しないが発生すれば大きな損害を発生させるため、普段から税金のように多くの人から積立の保険料を受け取り、大災害発生時に損害分が払えるように備えるという仕組みであり、自然災害リスクをファイナンス手法で移転するという考え方である。今では、気候変動にまつわるリスクとファイナンスの考え方が、より広い領域で用いられ始めているということだ。
2017年にはTCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)宣言が公表され、世界の金融機関は気候変動にファイナンスの力で対応し始めた。日本では、事業会社・金融機関合わせて377機関(2021年4月26日時点)が賛同しており、世界最多となっている。
一方で、気候変動と、気候リスクという新しい概念に対して、事業会社・金融機関ははじめから正確に実施できているわけではない。ひとまず賛同はしつつ、これから対応するということで世界の潮流に載っていこうという意図なのだろう。実際、この世界の潮流は米国やヨーロッパではかなり広まっており、世界最大の株主とも言われるブラックロックなどの機関投資家は投資先に開示することを要求している。
このような世界の潮流に対して、日本の行政府なども対応を加速させている。この3月には、金融庁、日本銀行、国土交通省が民間企業に対して、気候リスクの情報開示を今後より促していくということが相次いで公表された。
世界は気候リスクという新しい概念を作り出し、気候変動に社会全体で対応しようとしている。資本主義経済を進めてきた米国やヨーロッパ中心の動きではあるものの、気候変動にファイナンスでも対応していこうという考え方は、これまでにはない強力な動きだと考えている。
一方で、日本はその動きへ十分に追随しているわけではない。そもそも欧米で生まれた概念だから、日本の対応が遅れるのはほぼ当たり前のことではあるが、日本では台風や豪雨などの気象災害被害は世界トップクラスである一方、防災技術や二酸化炭素削減技術などでは世界トップクラスの個別技術を持っている。つまり、欧米とは違う状況にあり、力を持っているのだ。そんな日本が欧米諸国で生まれたルールにただ従うだけでよいのだろうか。日本社会と日本企業に適合した考え方とルールは必要ないのだろうか。日本が長年培ってきた研究力と実績、そして世界第三位の経済力を踏まえたルールメイキングとグランドデザインが必要だと考えている。
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