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鉄が解放した二酸化炭素【持続可能エネルギー戦略04】

エネルギーのことを論じてきたこのシリーズですが、今回は電気以外のエネルギーに注目します。それは「鉄鋼」を作るエネルギーについて。人類の社会を発展する基盤を作り上げてきました。実は二酸化炭素を大量に排出します

本稿では鉄鋼業が抱える大きな課題「製造時に大量に二酸化炭素を排出してしまう点」について論じます。

鉄と二酸化炭素の関係

自動車や家電製品など、人間社会をありとあらゆる面で支える「鉄」。文明社会の発展はこの鉄なしでは語れないでしょう。様々な製品の材料として使われる「鉄鋼」は、現代では鉄鉱石とコークス(石炭を蒸し焼きにしたもの)から製造されます。鉄鉱石の酸素と鉄を切り離すことで鉄成分を抽出できますが、その時に大量の二酸化炭素を排出します。

鉄鉱石とコークス2

2017年度に日本国内で製造された鉄鋼(粗鋼生産量)は約1億100万トンでしたが、製造・輸送工程から排出された二酸化炭素は約1億6300万トンでした。私達は大量のエネルギーを使って、鉄鋼よりもはるかに大量の二酸化炭素を毎年製造していることになります

この排出量は国全体で見てもかなりの量があり、日本国内の産業部門から排出される二酸化炭素の約4割が鉄鋼業から排出されています(2017年度)。日本国内全体では約14%にも相当し、この二酸化炭素が地球温暖化に与える影響もかなり大きいと予想されます

鉄鋼業からの二酸化炭素

将来にも重くのしかかる鉄

3月30日、日本政府は気候変動に関するパリ協定にまつわる、2030年に向けた温室効果ガス削減目標を含む国別目標を発表しました。中期目標として、2030年度26%削減(2013年度比)を掲げていますが、以前に提出した目標から何ら変わっていないとして批判を浴びています。

この2030年に向けた目標の中で、鉄鋼業界(日本鉄鋼連盟)が掲げているのは、エネルギー起源の二酸化炭素を900万トン、約1.4%削減するという目標でした(削減努力をしなかった場合に比べて)。数値だけ見ると、日本国内の14%をも占めるセクターがほとんど削減しようとしていない、呆れた目標のように見えます。

しかしこれは、鉄鋼産業が他の産業の罪をかぶっているような構造になっています。二酸化炭素排出量の計算上、その素材を製造した事業者のみが二酸化炭素を排出していることになります。鉄鋼は自動車や建材、船舶や航空機、家電製品などありとあらゆる製品の基盤となる素材であるので、関連産業の基盤産業として、鉄鋼産業が二酸化炭素排出の責任を背負う構造になっています

逆に言うと、様々な業界で省エネや再エネ利用などの努力が進んでいますが、産業の基盤である鉄鋼業からの二酸化炭素を削減しなければ、日本として排出する二酸化炭素の量は大幅に減らすことはできません。もちろん鉄鋼業界も二酸化炭素削減のための様々な努力をしてきましたが、様々な課題があり、2030年までに大幅に削減することが難しくなっています。

【日本の鉄鋼業が抱える課題】
・鉄を製造する設備は世界最高の環境対策をしており、これ以上削減できる余地が少ない。
・日本の経済成長が続くことが見込まれ、基盤としての鉄鋼の生産量を大きく減らすことは難しい。
・二酸化炭素削減の切り札と呼ばれるCO2回収・貯留技術(CCS)の実用化にはまだまだ年月がかかる。

鉄と火力発電

製鉄所では石炭を用いて鉄鉱石を還元するだけでなく、鋳造や圧延の工程で大量の電気を使用します。また製鉄所では排熱や副生ガスを用いて自家発電もしています。製鉄所のこういった性質のため、製鉄所が火力発電所を保有したり、電力会社と火力発電所を共同運用していることも多くあります。そのため、製鉄所のある地域では石炭を大量に燃焼するため、大量のエネルギーと二酸化炭素が生産されることになります。

下の図は、日本の47都道府県において2015年度に排出された二酸化炭素とエネルギー消費量を表す面グラフです。この2つの指標のトップは、東京でも愛知でもなく、なんと千葉県です。これは千葉県が東京湾側に多くの製鉄所と火力発電所を持っているためです(都道府県別・市町村別の指標は下記サイト「(仮)温暖化対策を計画してみよう」で確認できます)。

都道府県ごとのマップ

下記のリストは日本における、1事業所あたりの二酸化炭素排出量のランキングを示しています。このように、火力発電所か製鉄所が日本のトップを独占しています。トップ30までを合計すると、火力発電所と製鉄所で日本全体の4分の1以上を占めるという実態になっています。

大排出事業者からの温室効果ガス排出量2015

出典: https://www.kikonet.org/press-release/2018-11-22/analysis-on-ghg-emissions-2015

鉄と経済成長

日本国内では、鉄鋼の製造と二酸化炭素の排出が切っても切り離せない関係にあります。これまでの日本の産業構造では、鉄鋼を製造し続けた上で高い経済成長を実現させてきましたが、今の産業構造で今後もやっていくのであれば、二酸化炭素排出を大きく削減できることはしばらくないでしょう。排出される二酸化炭素を回収・貯蔵する技術(CCS)を実用化するにも、まだ数十年かかると見込まれています。

そして、問題は国内だけに留まりません。日本で製造されている鉄鋼は世界の数%に過ぎません。2019年時点では、中国が世界の鉄鋼の半分くらいを製造しており、インド、日本、アメリカ合衆国がそれに続きます。そして、世界の鉄鋼生産量は今後も伸び続けることが見込まれています。この鉄と二酸化炭素の問題は、もちろん日本だけでなく他の国も解決できていないので、新しい技術が実用化されない以上、その分二酸化炭素排出は増え続けることになります。

このシリーズでは電気エネルギーについてこれまで扱ってきましたが、この鉄と二酸化炭素の問題は電気と同じくらい重大な問題です。この問題がある異常、日本では二酸化炭素の大幅な削減は見込めないし、世界でも同様です。この問題を解決するには、新たな鉄鋼の製造方法を発明するか、発生した二酸化炭素を回収・貯蔵する方法が必要です。今後は、そういった最新の技術についても調査して発信し、私たちが加速できるかもしれない対策を模索していきたいと思います。

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