48.水風井(すいふうせい)~常に在るもの②

六十四卦の四十八番目、水風井の爻辞です。
卦辞はこちらです。
https://note.com/northmirise/n/n94083ef1875f

48水風井

主爻

主爻は九五です。清い水が盛んに湧き出て、その恩沢が天下の万民を養うのです。

初六

井泥(にご)りて食(くら)はれず。舊井(きゅうせい)、禽(とり)无し。
象に曰く、井泥りて食はれずとは、下なればなり。舊井、禽无しとは、時舎(す)つるなり。

井戸(の底)に泥が溜まって、飲むことができない。古井戸には(水を飲みに来る)鳥すらもいない。

初六は卦の最下部にあり、井戸の底です。二爻より上には兌卦があり、六四の口が上を向いており、初六の水を飲む姿勢にありません。六四は初六と不応につき、初六を引き上げてくれる者はいないのです。

九二

井谷(せいこく)、鮒(ふな)に射(そそ)ぐ。甕(かめ)敝(やぶ)れ漏る。
象に曰く、井谷、鮒に射ぐとは、興(くみするもの)无きなり。

井戸の中の穴より清水が湧き出て、(井戸の底に住む)鮒(初六)に注ぐ。(地上の人が井戸から水を汲もうとしても)釣瓶が破れて漏れてしまい(組むことができない)。

互卦の離は釣瓶の象、兌は毀損の象です。中徳ある九二は清水の如くでありますが、九五と応じておらず、上に引き上げられません。せいぜい初六に恩沢を与える程度のことしかできないのです。これは九二に否があるのではなく、ただ位置が悪いだけなのです。

九三

井渫(さら)へたれども食はれず。我が心の惻(いたみ)を為す。用つて汲(く)む可し。王明(あきら)かならば、並(とも)に其の福を受けん。
象に曰く、井渫へたれども食はれず、行くゆく惻むなり。王の明かなるを求むるは、福を受くるなり。

井戸の底をさらって(泥を取り除き綺麗にしたが)誰にも飲まれない。(道を行く人々もそれをみて嘆き悲しむ。)(せっかくの努力が報われず)我が心は痛む。誰かこれを汲み上げてくれないだろうか。明らかなる名君が(これを用いてくれるならば)共に福を受けるであろう。

九二と同じく、挙げ用いられないことを嘆くのですが、上六と応じ、かつ比する六四を通じて九五との縁もありますので、九二よりは恵まれた境遇にあります。

六四

井甃(いしだたみ)す。咎无し。
象に曰く、井甃す、咎无しとは、井を修むるなり。

(井戸の内と外を)瓦で敷き詰めて修繕する。咎はない。

正位にあって心掛け正しく、柔弱にして井戸の水を汲み上げる能力は乏しいのですが、内側の瓦を修繕し、外側の地面なども瓦を敷いて土が井戸に入らぬようにし、自分の能力の範囲内で出来ることに専念しているので、咎はないのです。

九五

井洌(いさぎよ)し。寒泉(かんせん)食はる。
象に曰く、寒泉の食はるるは、中正なればなり。

井戸の水は清くして甘美である。冷たい水が(盛んに吹き出して多くの人に)飲まれる。

剛健中正なる天子であり、その恩沢が天下万民に遍く行き渡っていることを表します。

上六

井収(く)まる。幕(おお)ふ勿れ。孚有り。元吉。
象に曰く、元吉にして上に在り。大いに成るなり。

井戸(の水)が(盛んに)汲み上げられる。(これを幕で)覆ってはならない(存分に汲み上げさせよ)。孚(の如き清水)がある。大いに吉。

井戸の道の完成です。大いなる徳をもって広く天下に恩沢を施します。

まとめ

初六から段々と上に上るにつれて、爻の内容は良くなっていきます。他の卦は五爻が最も良い内容ですが、この卦は上六が最高に良いのです。水は上に汲み上げられることで用を成すからです。

内卦は深いところにあって容易に用いられず、三爻ともに苦戦します。九三の修繕も報われません。

外卦になってようやく、六四の修繕が功を奏して、九五と上六が清水を汲み上げて万民の用を成すのです。

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